あれれー、ボク間違えちゃいましたー?


 ピサロの家の前にて、奴らと対峙したわしとアヲイ。パッと見て一個小隊くらいに見えるので、奴が連れてきた黒服集団は少なく見積もって数十人くらいか。相変わらずの紫色のスーツに身を包んでいたサーマが、わしを見てギョッとしておった。


「なんでお前がここにいるんだぁッ!?」

「なんでじゃろうなあ。ここで再会したのも、何かの縁。二度と歯向かってくる気が起きんように、徹底的に懲らしめてやるわい」

「お前はエイヴェの用心棒か何かかぁッ!? いっつもいっつも邪魔しやがってぇッ!」

「ピサロさんの方ですけどねー。アンタら、革命軍に組しているんでしょー?」


 アヲイがそう口にすると、サーマが眉をひそめる。


「はあぁ、革命軍? 何言ってんのこの巨乳。俺らはただ聖族の屋敷になんか閉じこもりやがったエイヴェから、金を取り立てにきただけでぇ」

「「んんん?」」


 サーマの言葉に今度眉をひそめたのは、わしとアヲイじゃった。


「革命軍の一派として、ピサロさんをどうこうって魂胆じゃないんですかー?」

「なんで俺らがクレイヴ家を相手にしなきゃならないんだよぉ。用があんのはエイヴェだけさぁ。だいたい、金の縁もねえ聖族に喧嘩売って、なんか得でもあるのかぁ?」

「ちょっと待て。アヲイ、当事者を呼んでこい」


 話が違い過ぎる。事実確認をする為に連れてこられた、ピサロとシルキーとエイヴェ。


「あれれー、ボク間違えちゃいましたー?」


 事情を説明して問い詰めたら、間抜けな声を上げてテヘペロを披露したピサロ。


「すみませんでしたカナメ君。革命軍の一派を追い払ったのとエイヴェ君が来た時期が被ってたので、早とちりしてしまいましたね。てっきりそっちの話かと」

「お前ともあろう者が、裏を取ってなかったとは思えんのじゃが?」


 いやー、メンゴメンゴ、くらいのピサロのテンションに、わしは納得しておらんかった。こやつはわしを勧誘しに来た際に、アヲイのアルバイトの日時まで下調べしておったんじゃ。そんな輩が勘違いした等、どうにも信じられん。


「そんなことありませんよお。カナメ君に言わせれば、ボクなんかまだまだ若造ですからねえ。失敗だって、あるに決まってるじゃないですかあ」


 ご丁寧にわしが言った言葉で返してくるあたり、こやつの態度は全くブレておらん。予想外のことが起きたにも関わらず、この余裕さはなんじゃ? まるで最初からこうなることを見越しておったようにしか思えんが。


「兎にも角にも、彼らを追い返してください。エイヴェ君が目的みたいですが、ボクに飛び火が来ないとも限りません。雇い主の命令です、よろしく」

「テメーらの事情なんか知るかぁッ! エイヴェから毟るもん毟ってブチ殺せお前らぁッ!」

「金返さんかいゴルァァァッ!」

「あんま舐めてっといてこますぞオラァァァッ!」


 色々と我慢できなくなったサーマと共に、怒号を上げ始める黒服のお兄さん達。


「すみません。こういう血圧の高そうな人苦手なので、部屋に戻ってていいですか?」

「お前の所為でこうなってんじゃよ、責任取れぇぇぇっ!」


 結局はエイヴェを巻き込んで、サーマ達の相手することになった。ため息交じりのエイヴェとやる気をなくしつつあるアヲイのこちらに対して、取り立ての為なら基本的人権すら無視してきそうな黒服さん達。

 わしだって全然やる気にならんが、ここでサボったらピサロから報酬は受け取れんわ、風で俗な店に売り飛ばされる危険性があるわで、割と危険が危ない。戦わないといけないの。


「攻、射、創。燃え咲け。参華ぎょっこう赤薔薇之太刀アカバラノタチ

「攻、創、奪。堕ち咲け。参華ぎょっこう首萎之大鎌クビナエノオオガマ

「守、創、究。返り咲け。参華ぎょっこう斜光睡蓮華しゃこうすいれんか


 三つの参華ぎょっこうが咲く。真紅の大太刀を構えたわしと、純白の大鎌を構えたアヲイに、足元に黄色い睡蓮の華を咲かせたエイヴェ。そんなわしらに群がってくる、ブチ切れたガタイの良いお兄さん達。


「良いかアヲイ、殺すなよっ!? 殺人罪で軍に拘束されるとか、冗談じゃないわいっ!」

「はいはーい。あーあ。手加減するの、面倒くさいなー」

「では、後はよろしくお願いします。私はここにいますので」

「立てっ! 戦えっ! お前が連れてきた黒服じゃろぉぉぉっ!?」


 炎を舞わせて黒服さんを適温で焼くわしと、大鎌を走らせて黒服さんを薄切りで留めているアヲイに対して、一人睡蓮の中で座っているエイヴェ。その舐めくさった態度にブチ切れた黒服さん達が、奴に刃物や命脈弾での攻撃を試みてみるも。


「当たら、ねえ。なんだこれッ!?」

「ぜ、全部逸らされてやがる。この前と一緒だ」

「無駄です。この斜光睡蓮華しゃこうすいれんかは、全てを逸らしますので」


 一切の攻撃を受け流し、彼自身には一つの攻撃も当たらんかった。なるほど、そういう能力か。反射されるよりはまだマシかもしれんが、それはそれとしてこやつを相手にした時に、どうやって突破したら良いかのう。すぐには思い浮かばんわ。


「クソァッ、これ以上舐められて堪るかぁッ! やれ、お前らッ!」


 人数差があってもわしらの優勢。痺れを切らしたかのようにサーマが叫んだ次の瞬間、黒服達の顔に緊張が走った。今まで従順であったのが嘘であったかのように、躊躇っておる。


「なんだぁ? チミ達、俺の言うことが聞けないってのかぁ、あああッ!?」

「し、しかしこれは」

「つべこべ言ってんじゃねぇ、やれっつったらやるんだよぉッ! まさかテメーら、女や子どもに舐められたまま終わる訳ないよなぁ、あああッ!?」


 黒服の抗議の声にも耳を貸さないまま、サーマが怒鳴りつける。一体何が始まるっていうんじゃ。わしの疑問に答えるかのように、黒服達は内ポケットから掌に収まるくらいの小瓶を取り出した。その中に入っているのは小さいながらも、二本足の生えた漆黒の蛇。


「ち、畜生ァ、やってやらァァァッ!」

「「「オオオオオオオオッ!」」」


 一人が声を上げた後に、全員が一斉に声を上げた。その熱狂が群衆効果で広がっていき、取り出した小瓶の中身を次々と口の中に放り込んでいく。


「いかん、止めるぞアヲイっ! 手加減するな、死ななきゃ安いっ!」


 手近なところにいた何人かは、口に入れる前に殴り倒せたものの、ほとんどの黒服達は小瓶の中身を飲み込んでしまった。以前浜辺でアヲイと共に討伐した、世界を喰らう災害のような生命体。寄生害虫ニーズヘックを。


「ォ、ォ、オオオオオオオ」


 飲み終えた奴らの身体に異変が起こる。肌が漆黒に染まっていったかと思えば、胴体がまるで粘土のようにぐにゃりと曲がった。首が伸び、手足は内側から膨れ上がる筋肉によって膨れ上がり、その身の全体が大きくなっていく。尻の上側からは漆黒の尾が生えておった。口は裂け、歯は牙のように鋭くなり、その合間からよだれが絶えず流れ落ちていく。


「クワ、セロォォォッ!」

「「「キシャァァァッ!」」」

「こんのたわけ者がぁぁぁっ!」


 寄生害虫ニーズヘックを取り込んで変質した生物、魔獣ヘックビーストと化した彼らが、何もかもを喰らい尽くさんと襲い掛かってきた。


「お前、部下に何をさせたか分かっておるのかっ? 魔獣ヘックビーストとなってしまったら、もう元には戻れん。全てを埋め尽くす飢餓感に、死ぬまで苛まれ続けるんじゃぞっ!?」

「ハッ! それは単に取りつかれた時の話だろう? 俺のは一味違う」


 得意げなサーマ。奴は右手をゆっくりと上げると、静かに口を開いた。


「待て、だぁ」

「なんじゃとっ!?」


 あり得ない事態。サーマの一言で、魔獣ヘックビーストと化した元黒服達が、動きを止めたのじゃ。


「へ、へえ。半信半疑だったが、ちゃんと言うこと聞くじゃねえかぁ。こりゃ良いッ!」

「どういうことじゃ。何故魔獣ヘックビーストが言うことを聞いておる?」

「生態系も何もかもが不明で、調教や家畜化なんて不可能って言うのが定説なんですけどねー」

「親切に教えてやる義理はないねぇ。さあてお前ら、まずは囲めぇ」

「「「キシャァァァッ!」」」


 奴の指示通りにわしらを取り囲んだ魔獣ヘックビースト共。鼻息は荒く、よだれを垂れ流し続け、指示さえあれば今すぐにでも喰らってやろうという気構えが見えた。


「さあて、これで形勢逆転だぁ。どうするんだい、チミ達ぃ?」


 その輪の外にいるサーマが勝ち誇ったように笑っておる。わしはもう一度舌を打って、改めて周囲に目をやった。

 やがて、指示を受けた一体が特攻してきた。わしはそれを迎え撃ち、真紅の大太刀で切り裂いてやろうとしたが。


「そこだぁ、やれ」

「せんせー、横ッ!」

「なっ、ちいっ!」


 アヲイの言葉で横に目をやる。そこには横合いから思いっきり殴りつけてやろうとする、もう一体の魔獣ヘックビーストの姿があった。サーマの指示か。咄嗟にその場で急停止し、わしは大太刀を一回転させるように横に薙ぎる。


「燃やせ、赤薔薇之太刀アカバラノタチっ!」

「あー、惜しい。もうちょっとだったんだけどねぇ」


 振りながら刀身から発した炎で、二体とも焼き尽くしてやる。サーマの舌打ちが聞こえた。


「助かったアヲイ。まだ戦えるか?」

「体力的には全然大丈夫なんですけどー。相手がただの寄生害虫ニーズヘックじゃないってんなら、ちょーっと怖いかもですー」


 今までわしらが寄生害虫ニーズヘック相手に無双できたのは、数が少ないことに加えて相手が何も考えずに突進してくる単純な獣じゃったから。

 それが今や、人間の言うことを忠実に聞く兵士のよう。烏合の衆を相手にするのと統率の取れた一団を相手にするのでは、難易度が段違いじゃ。額から一筋の雫が流れ、頬を伝っていく。


「エイヴェ、お前はどうじゃ?」

「打開しろと言われたら、ちょっと色よい返事はできませんね。私の華も、基本的には守る方が強いですし」


 黄色い睡蓮の中にいるエイヴェも、難色を示している。


「なら狙いはあの車椅子の奴だ。行けぇ、魔獣ヘックビースト

「行かせんわいっ!」

「かかったねぇ、戻れぇ」

「ちいっ、舐めるでないわっ!」


 輪を離れてピサロの方に行こうとした一体に、わしが斬りかかる。その隙を逃さんとサーマが指示を出し、他の魔獣ヘックビーストが囲んできた。わしは間隙を縫って何とか離脱、綱渡りじゃった。

 問題なのはこれ、わしらが自分だけ守っていてもどうしようもないということじゃ。業腹じゃが、今はピサロに雇われておる状況。とっとと逃げてもらいたいが車椅子の奴は足が遅いし、サーマ達がそんな隙を見逃す訳もない。人質にでも取られてしまえば、更に状況が悪化するじゃろう。どっかで攻めに出ねば、ジリ貧じゃ。


 攻めあぐねておる現状を打破しようと頭を回した時に、真っ先に思い浮かんだことがあった。対多数の状況下と、負傷しておる味方。あと一息で、条件が整いつつあった。


(使う、のか。あれを……じゃがもし制御に失敗すれば、あの時のように)


 蘇るのは、過去の悔い。燃え盛る炎と二度と帰ってこなくなった、一人の友の姿。奴の顔は、今でも鮮明に思い出せる。わしが未熟であったばっかりに。


「いや、あんなもんには頼らん。いま出来ることで、切り抜けてみせるわ」

「せ、せんせー、何言ってんのー?」


 声を上げたわしに対して、アヲイが首を傾げておった。お前には話してなかったのう。ま、アオイにすら話してないことじゃし、吹聴するもんでもないが。

 手は、他にもある。かなり無理をすることにはなろうが、背に腹は代えられない。


「なんでもないわ。それよりもアヲイ、とにかく時間を稼いでくれ。エイヴェ、お前もじゃ」


 ピサロの元に、あとわしの方にも来ないように二人に願い出る。その後は瞳を閉じて、意識を頭の中へと持っていった。脳みその奥深くにあると言われておる、世界から命脈を引き出しておる器官、華脳帯かのうたいへ。

 大海からバケツで一杯ずつ掬い上げるような心地で、命脈を引き出していく。それを変換しつつ大太刀へと流していき、刃から炎が溢れ始めた。大太刀を天に向けて真っすぐ掲げた後、わしは口から言葉を紡いでいく。


「立ち昇れ、終焉の業火。焦がれ、懐かしむ命の源。始まりの熱が今、汝の最後を看取る」

「な、なんだアレはぁ? お、おいッ、誰か早くあれを止めろぉッ!」

「アヲイ、エイヴェ、礼を言う。下がっておれ」


 手に持つ大太刀から感じる圧倒的熱量。サーマの悲鳴に似た声を聞いた時に詠唱を終え、目を見開いたわし。空に掲げているのは、大太刀なんか目じゃないくらいの巨大な炎の塊。


「お前らの葬儀を執り行う。煙と共に、樹に還れっ!」


 叫びと共にわしは飛び上がり、真下の地面に向けて炎の塊を振り下ろした。


炎葬一閃えんそういっせんっ!」


 直後に発生するのは、業火の奔流。地面に叩きつけられた大太刀から炎が四方八方へと広がっていき、取り囲んでいた魔獣ヘックビーストらを飲み込んでいく。炎が通り過ぎた後、焼け焦げた大地以外、そこには何も残っておらんかった。


「ば、ばばば、馬鹿な。あ、あれだけの魔獣ヘックビーストが、一撃で」

「っぷはーっ! はあ、はあ、ど、どうじゃ見たか、わしのちか、らっ!?」


 驚愕の余り腰を抜かしておるサーマを見て、ニッと口角を上げたわし。が、直後に襲ってきた激しい頭痛でその場にうずくまった。筋肉痛にも近い激しい痛みが頭を襲ってきており、視界もチカチカしておる。か、華脳帯かのうたいを酷使し過ぎた、か。


「せんせーッ!? しっかり、しっかりしてよッ! 医者をッ!」

「凄いですね、カナメさん。参華ぎょっこうで、あれ程の威力を出せるとは」

「ああ、あれ参華ぎょっこうだったんですか。てっきり肆華いざよいかと。医者ならボクに任せてください。まあ、自腹でお願いしますけども。シルキー」


 アヲイ達の声が聞こえた気がしたが、最早耳から入ってくる情報すら頭が処理することができん。やがて防衛反応でも働いたのか、わしの意識は一瞬にして飛んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る