ついでで構いません。ボクのこと、守ってくれませんかねえ?


 赤い炎が世界を照らし出す。宙に並び立つ真紅の大太刀、燃え盛る炎、焼け落ちる民家、逃げ惑う人々。その光景を作り出しておるのは、紛れもないわし自身じゃった。これは、いつかの夢の続きか。


(止まれ、止まらんかっ!)


 心の中で必死になって叫ぶが、湧き上がる力に翻弄されるばかりで、全く制御が効かん。飛ばすなと思った先に真紅の大太刀が放たれ、着弾と共に爆ぜる。動くなと念じた炎が舞い、辺り一帯を焼き払う。暴れ回る巨大魚を抱えているかの如く命脈に振り回され続け、その力を解除することすらできない。


(ま、待て。待たんかわしッ!)


 目の前に現れたのは、巨大な盾を構えた一人の男性。それはよく見知った相手であり、驚きと共に静止の声を心の中で上げる。


(逃げて、逃げてくれッ! このままではわしは、お前まで)

「安心しろ、絶対にお前も救ってみせる」


 男は笑みと共に、自分へと向かってきた。その姿を捉えているのに、そうしたくないと心の底から拒絶しているのに。真紅の大太刀はその彼に向かって放たれて。


「ジーク先輩ッ!」


 わしは叫んだ。仕事仲間であり相棒であり、唯一無二の友であった彼の名前を。



 床から跳ね起きたわし。身体中が汗ばんでおり、息も荒い。周囲を見回してみれば、瞳場どうじょうに併設されたいつものわしの部屋の中。炎が燃えていることもなければ、身体が言うことを聞かない訳でもない。


「はっ!? ま、また、夢か。わしはまだ、あの時のことを」

「こんにちはこんにちは」


 顔を伏せた時、かすかに誰かが挨拶をしている声を聞いた。時計を見てみれば、朝と呼ぶには遅いくらいの時間。今日はアヲイが朝早くからアルバイトじゃったから、起こされもせんかったという訳か。


「誰かのう?」


 さっさといつもの浴衣に着替えて部屋を後にし、瞳場どうじょうの入り口から顔を覗かせてみれば。車椅子に乗った小柄で病的に痩せておる童顔の男性と、それを押しておるメイド服姿の女性の二人組がおった。

 男の方は銀髪の坊ちゃんカットで丸眼鏡をかけ、ダークスーツを着ておるが、わしの関心は女性の方へ。


 腰まである白っぽい金髪に白い地肌、薄青色の目に同じく黒縁眼鏡をかけ、メイド服は黒を基調としたドレスに、白いエプロンがついたクラシカルなもの。頭にはホワイトブリムがついており、胸は豊満で、メイド服を内側から圧迫しておる。


「金髪眼鏡美人メイドさんじゃーっ!」

白銀細氷ダイヤモンド・ダスト

「へぶあっ!?」


 飛びつこうと思ったら、急に目の前に現れた巨大な白妙菊シロタエギクの葉っぱと正面衝突することになった。顔が痛いと思ったら葉っぱが砕け散り、破片が突き刺さってくる。


「ぬおぁぁぁっ、明日明後日刺さったぁぁぁっ!?」

「シルキー、ボクらはお客ですよ」

「はい、ピサロ様」


 地面でのたうち回っていたら、刺さっていた破片が消え失せる。月華瞳法げっかどうほうじゃ。つーか詠唱は聞こえんかった筈なんじゃが、まさかずっと展開してたの、嘘ーん。

 身体の治癒能力を活性化させる癒片ゆへんを展開しつつ、わしは再度顔をあげた。


「改めて改めて、初めまして。あなたがカナメ君ですね。車椅子から失礼しますよ」

「お主は誰じゃ? 何故わしのことを知っておる」

「申し遅れましたね。ボクはピサロ=クレイヴ。後ろにいるのが、世話係のシルキーです」

「初めまして、シルキーと申します。以後、お見知りおきを」


 軽く会釈をしたピサロさんと、スカートの裾を持ち上げて優雅に一礼してみせたシルキーさん。その身振りとメイドさんを連れているという状況と、彼の口から出たクレイヴという家名。

 平民より上の身分でないと家名を持てないのがこの国の決まりじゃ。つーことは、不味い。わし、後先考えずにヤバいお方に突撃してしもうたかもしれん。


「ど、どうもじゃ。ず、ずっと外というのも申し訳ないのう、中へどうぞ」


 内心で焦りつつ、彼らを中へ案内する。


「それでわしに何の用じゃ? クレイヴと言えば司祭の位を持った家。ピサロくん、わしのような平民とは一線を画す、良いとこのお坊ちゃんなんじゃろ?」

「ええ。ただボクは、坊ちゃんなんて言われる歳じゃありませんよ。三十路に入って、もう二年は経ってます」

「っ!? そ、そ、それはまた失礼したのう」

「いえいえ。この見た目じゃ仕方ないですし、言われ慣れてますから」


 しくじった。童顔丸眼鏡坊ちゃんカットのその見た目で、三十路を超えておるとは。失敗を振り払おうと、わしは少し声を大きくした。


「で、ではピサロさん。ご用件とは何かな? もしかして入門希望かっ?」

「いいえ、違いますよ。実は実はカナメ君に、一つお願いしたいことがあって」

「お願いしたいこと?」

「ええ。あなたには是非是非、ボクの家で身辺警護をしていただきたいのです」


 いきなり来た頼みごとに、わしは呆けてしもうた。


「身辺警護じゃと? 司祭の家ともなれば、護衛は多いイメージがあるが」

「それでもそれでも不安なのですよ。何せ、あのサーマ君達が近くをウロついていましてね」

「その名は、確か」


 記憶を掘り返したわし。サーマと言えば、エイヴェの奴が金を借りておったアコギな奴ではないか。


「その反応、やはりご存じでしたか。実はですね、ボクも彼らに狙われているみたいなんですよ。しかもしかもサーマ君、なんと革命軍との繋がりまで噂されていまして」

「なんじゃと?」


 革命軍という単語を聞いたわしの目は、自然と細められておった。


「おお、ご存知でしたか」

「革命軍『反天照アンチアマテラス』。この国を転覆させようと企んどる、阿呆共の集まりとの。冷戦下の現在、隣国であるニニギに寝返ろうとする一派の仕業とも言われておるが……何故そんな輩が、お前を狙っておる?」

「優秀な弟が継ぐことになっていて、ボク自身はクレイヴ家の跡取りではありませんが。それでもそれでも彼らは欲しているのですよ、ボクの持つ家名と財産を」


 仕方ないんですよ、とピサロさんは続ける。


「何せボクは、見ての通り身体的に不自由ですしね。家柄が良くて金を持っていて、いざという時にも始末しやすい。担ぎ上げる神輿には、最適最適だと思いませんか?」

「そうじゃな、反吐が出そうな理屈じゃ」

「ええ全く。ですが、今言ったことは実際に革命軍の連中から言われたことです。ボクを誘いに来たんですよ、奴ら。もちろん断って、その時は何とか追い払ったんですが。それからというもの、サーマ君達が家の近くをうろつくようになって。どうにもきな臭い感じじゃありませんか? アマテラス軍にも相談していますが、未だ未だ被害はありませんし。無理やり動かせないこともないですが、ベルセッティ家との派閥争いの兼ね合いもありまして。ニニギとの冷戦下において、国内で無用な争いをする訳にもいきませんし。こうなるともう、自分自身で身を守るしかないと思いませんか?」


 なるほどのう。クレイヴ家とベルセッティ家の、教会内における二大勢力。派閥争いの詳細までは知らんが、実害が出ていない以上、重い腰を上げてくれないのが警察というものじゃ。


「事情は分かったが、一つ聞かせてくれ。何故わしの瞳場どうじょうに来た? 見ての通り、わしはロリじゃ。頼るアテなら、もっと他におりそうなもんじゃがのう?」

「そうですね。ボクも最初は他の所に行こうと思ってましたが、とある話を聞きましてね。結果として三つの理由から、ここに頼みにくることにしました。まず一つは、前任者が契約更新をしなかったこと。続けてお願いしたかったんですが、向こうにも都合がありまして。単純に人手が足りなくなったんですよ。もう一つは、寄生害虫ニーズヘック討伐の件です。あなたとアヲイ君。群衆暴走スタンピードに近い量を二人で退けた、その実力。これは事実です、見た目は関係ありません」


 やったことに嘘はないからの。パッと見ではなく、成し遂げたことに対する事実を評価したということか。


「最後の一つは……瞳場どうじょうで先生を勤める年老いた腕利きの咲者さくしゃが幼い少女になってしまったと、聞いたからなんですよ、カナメ君?」

「攻、射、創。燃え咲け。参華ぎょっこう赤薔薇之太刀アカバラノタチ


 目の前の床に咲いた赤い薔薇から、一振りの大太刀を引き抜いたわし。真紅の刀身を車椅子に座っているピサロさんに向ければ、シルキーさんが彼を庇うかのように白妙菊シロタエギクの葉を展開し、短剣を手に立ちはだかった。


「何処でその話を聞いた? わしのことは、アヲイ以外には話しておらぬぞ?」

「ピサロ様には触れさせません」

「おお、怖い怖い。それが噂に聞く赤薔薇之太刀アカバラノタチですか」


 一触即発。わしは笑っておるピサロさん――ピサロを睨み、シルキーはわしを睨む。相手が車椅子であろうと、わしは一切油断しておらんかった。

 何せシルキーもさることながら、ピサロも瞳に華片はなびらが過ったからのう。彼も咲者さくしゃじゃ。


「なあに、そんなに殺気立たないでください。特別なことは、何も何もありませんよ。ボクはただ、当事者から話を聞いただけですよ」

「当事者、じゃと?」


 そこでわしはハタと気が付いた。アヲイ以外に話していないのは事実。であれば、他にわしのこの状況を知っておる当事者など、一人しかおるまい。


「エイヴェの奴を知っておるのかっ!?」

「その通り。ボクの家に食客として招いてエイヴェ君から、話を聞いたんです。彼を探していたんでしょう? あなたが裏で金を撒いていたお陰で、調べる手間も省けましたが」


 目を見開いたわしに対して、ピサロが軽い拍手をしておる。


「幼い女の子になるとは、貴方も不幸でしたね。ボクの身辺警護の話を引き受けてくれれば、その張本人に会うこともできます。これ以上散財するのも、もったいないと思いますがねえ。あっ、もちろん引き受けてくださらないのであれば、館にはお招きしません。縁もゆかりもない方を招き入れるのは、怖い怖いですからねえ。どうですか、カナメ君?」


 叩く手を止めたピサロが、ニヤリと笑った。


「ついでで構いません。ボクのこと、守ってくれませんかねえ?」


 生成した大太刀を下ろしたわしは、一度目線を落とす。再び目線を上げた時に、ピサロと目が合った。

 心底楽しそうにしておる彼。こちらをからかってきておるのもあるのじゃろうが、わしにはどうにもそれだけではないようにも思える。こちらを何かに引きずり込もうとしておるのではないか、そんな気がしてならんのだ。


「……良かろう。受けようではないか、その話」

「引き受けていただけて嬉しい嬉しいです、カナメ君」


 嫌な予感こそあったものの、これを断ってしまえばエイヴェのいる彼の家にすら入れないと言っておる。居場所が分かっておるのに手出しができなくなるとか、最悪じゃ。了承以外の選択肢がない。


「ではでは。明日のお昼頃、お迎えに上がりますので」

「なんじゃ。今から行くんじゃないのか?」

「アヲイ君にも来ていただきたいですしねえ。今日は彼女、アルバイトなのでしょう? ああもちろん、エイヴェ君が出て行かないように見張っておりますので、ご安心を。行きますよ、シルキー」

「はい、ピサロ様」


 話を終えて、瞳場どうじょうを後にした彼ら。わしは去っていくその姿を、何とも言えん心地で見送ることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る