え、キモ。何言ってんのこいつ?


 それから彼女は、陽が暮れるまで戦い続けておった。設置されていたトレニアの花灯(はなあかり)が点灯してからも、寄生害虫ニーズヘック側の勢いもまだあるかと思われたが。


「おっかわりー。はーい、次の方どうぞー」

「ま、まだ戦ってますよ、あの娘」

「なに、まだまだこれからじゃよ」


 まだまだアヲイは戦っておった。動きのキレは、一切鈍っておらん。やはり、アオイと同じ力か。お陰でわしも、そろそろ再起できそうじゃわい。


「さてと、わしも行くかのう。どおれっ!」


 アヲイの元へと駆けていき、彼女の近くにおった寄生害虫ニーズヘックを真紅の大太刀で真っ二つに裂いた。


「あれれー、せんせーじゃないですかー。お昼寝はどうでちたかー、よく眠れまちらかー?」

「寝てなどおらん。無駄口はここまでじゃ、さっさと終わらせるぞ」

「あーあ。これで最初にヘバってなかったら、恰好もついたのにー」

「やかましいわ」


 全く元気なアヲイに軽口を返すと、わしらは互いに背を預けた。そのまま息を吹き返したわしら寄生害虫ニーズヘックを斬って斬って斬りまくって。


「お、終わったわい」

「ップハーッ! だ、駄目だ。もう動けねえ」

「よ、良かった。これで海水浴場が再開できる」

「うーわ。良い歳した男共が一人も立ててないなんて、だっさー」


 日が半分以上暮れる頃。遂に発生していた寄生害虫ニーズヘックの、全てを狩り終えることに成功した。結果的にこの数で退けられたんなら、群衆暴走スタンピードではなかったな、本物はもっと酷いからのう。

 浜辺には死骸があちこちに転がっており、その合間に戦い疲れたわしらが座り込んでおる。ヒルデさんも安堵からか、ドサッと腰を下ろしておった。その中でアヲイは一人だけ立っており、元気にわしらを煽っておる。


「な、なんで彼女だけ元気なんでしょうか。他の方は、こんなになっているというのに」

「あたしってタフなんでー、この程度じゃ満足できないんですー」

(よく言うわい。本当はその参華ぎょっこうのお陰の癖に)


 ヒルデさんに対して得意げなアヲイ。疲れ過ぎて口を動かすのも億劫じゃったわしは、心の中で悪態をついた。

 彼女の参華ぎょっこう首萎之大鎌クビナエノオオガマ。その名と彼女の状態から察するに、アオイと同じ斬った相手の命脈を吸い取る大鎌なんじゃろう。


 月華瞳法げっかどうほうの華弁(かへん)の一つに、相手の命脈を奪う奪片だつへんという力もある。彼女の純白の大鎌はその奪片だつへんの力を強化し、斬った相手から瞬時に奪ってすぐに他に転用できるというもの。

 通常の奪片だつへんでは奪う為に相手に触れ続けなければならんのじゃが、彼女はそれを一瞬斬るだけで済ませることができる。参華ぎょっこうを維持し続けられるペース配分と合わせて、奪った命脈で自身を回復させ、ずっと戦い続けられるのが強みじゃ。


 そこに派手さはない。堅実であり、基本に忠実であり、同じペースで長距離走を走り続けるようなもの。しかしその内実は、確かに培ってきた努力と才能に恵まれた、紛れもない天才。


「ほーんと、ザコばっか。あたしに最後の最後まで付き合ってくれる人、いないかなー?」


 空に昇った満月を背に、こちらをチラリ見ておるアヲイ。わしはそんな彼女の姿を見ながら、心の中で一つの仮説に行き着く。もしや、こやつは。


「……で、アヲイ。すまんが手伝ってくれんか? もう動けんわい」


 そんな訳ないかとかぶりを振った後、わしは彼女にヘルプを送った。

 相手から体力の源でもある命脈を奪い続ける彼女とは違い、わしの体力は有限。流石に昼間っから戦い通しだったのは、疲れたというレベルではすまん。起き上がる気力もないわい。


「えっ、やだ」


 ノータイムで却下された。何故にホワイ。


「だってー、せんせーってば戦ってるあたしを、嫌らしい目で見てたしー」


 どうやら揺れ動くおっぱいと太もも、尻を堪能しておったことに腹を立てておるらしい。股間のビッグボーイこそ失ったものの、わしの心はまだまだピチピチの六十歳男子。女体を目で追うのは本能レベルの行為なのでどうしようもないが、それを気に入らんご様子。


「す、すまんかった。つい」

「えー? 聞こえなーい。それに言うこと、足りなくないですかー?」


 耳と腰に手をやって謝罪を促してくるアヲイ。何そのポーズ、絶妙にイラっとくる。


「……助けてくれて、ありがとうございましたっ! あと胸とか見てすみませんでしたっ!」

「もっともっとー。できれば舌っ足らずな感じでー、情けなさを前面に出してー」


 こっちが下手に出ておれば、つけ上げありおってっ! 爆発しそうな思いを全てブチ撒けるつもりで、わしは息を大きく吸い込んだ。よおく見ておれ、わしの全力の謝罪をぉぉぉっ!


「ごみぇんにゃしゃいぃぃぃっ! わしがわりゅかったのぉぉぉっ! わしは胸見てこーふんしてた変態しゃんでしゅぅぅぅっ! こんなわしを許してぇぇぇっ! 許してぇぇぇっ! そりぇがらめなら、もっといぢめてぇぇぇっ!」


 頭を地面につけ、尻を上げ、情けない土下座の見本となるような態勢を取ったわし。どうじゃ、これで文句あるまいっ!?


「え、キモ。何言ってんのこいつ?」

「くぁwせdrftgyふじこlpっ!?」

「あーっはっはっはっはっはっはっはッ!」


 こんな感じで、わしらの寄生害虫ニーズヘック討伐の日雇いは終わった。一番の功労賞は、もちろんアヲイじゃ。誰よりも多くの報酬をもらい、ついでのモヒカン男にザマアを突きつけておった。性格悪いのう。

 ともあれ、これ金を得ることができた。これを元手にして、エイヴェの奴を探さねばならん。「えー、これあたしが稼いだお金なんですけどー?」とケチってきたアヲイに再び三点倒立の土下座を決めつつ、わしは奴の足取りを追う為の金の使い道を考えるのじゃった。



 仕事を終え、カナメとアヲイの二人は瞳場どうじょうに帰ってきた。


「じゃーせんせー、おやすみなさーい」

「    」


 すっかり疲れ切って口すら利かなくなったカナメは、白目をむいたまま気絶するように眠りについた。そんな彼女を布団に置いて布団をかけた後、自室に戻っていったアヲイ。後ろ手で扉を閉めて鍵をかけ、敷いてある自分の布団にゆっくりと歩み寄った後に。


「ッハ。はーッ、はーッ、はーッ」


 口から息を突発的に吐き出した後に、布団へと倒れ込んだ。肩どころか全身を使って荒く息を吸っては吐きを繰り返している。身体中から汗が一気に噴き出し、めくることもしなかった掛布団を湿らせていった。


「はーッ、はーッ、こ、こんな、程度で、ップハーッ」


 酷使し過ぎた全身の筋肉が震えており、今になって痛み始めている。強がりを口にしてみたものの、むしろ呼吸を阻害したが為に、一層の胸の苦しみを覚えていた。


「こんな、ザマじゃ、笑われ、痛ゥッ!」


 何とか言葉を吐ける程度に回復してきた頃、次に襲ってきたのは頭の痛みだった。酷使し過ぎた華脳帯かのうたいが悲鳴を上げ、痛みが広がっていく。顔を歪ませながらも、彼女は歯を食いしばっていた。


「こんな、とこ。せんせーには、見せられ、ない。あたしは、天才なんだ」


 重くなっていく瞼に抗うこともできず、彼女の視界はどんどん暗くなっていく。


「せん、せー。あたし、ちゃんと、頑張って……」


 最後まで言い終わらない内に、アヲイは眠りの世界へと滑り落ちていった。

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