第14話 シンデレラであるための条件

「では何故、第一王子はここにいるんでしょうね」


 おはぎさんの言葉が脳みそに入ってこない。

 何故、でしょうね?


「これは試験には関係のない、私の疑問ですので気にしなくて構いませんよ」


 いやいや、そんな事言われましても。え、気になるじゃん。そんな事言われたら気になるじゃん!


「ジャヴォットもコゼットもマリーの結婚を喜んでいますが、第一王子が肝心の才女を見つけていないので今晩も舞踏会ですね」

「そう、ですね?」


 え、嘘でしょ、舞踏会三日連続パターンだった? お妃様探しは明日が本番?


「でっ、でもマリーちゃんは幸せですもんね!」

「そうですね」


 がばっと顔を上げて、マリーちゃんは幸せを手に入れたんだという現状をアピールする。声が大きい方が勝ち! の、はずなのに、さらりと流されたおはぎさんの返事がやけに引っかかった。


「おはぎさん、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

「どうぞ、なんなりと」

「虐げられた娘が王子様に見初められてハッピーエンド。シンデレラストーリーの核となるこの要素は、クリアできたんですよね?」

「はい」


 シンデレラの結婚後、継母と義理の姉たちの動向については色々な説があるから気にしなくても構わない。今日も、明日も、明後日も舞踏会に参加し続けてるかもしれない。

 いや、いいのか?

 才女として招かれたジャヴォットお義姉様とコゼットお義姉様は、舞踏会の最中に立派に営業をこなしていた。これは相当点数が高い。自分たちよりも高位の貴族相手に、自分の売り込みを成功させたようなものだ。だったらもう彼女たちは……。

 私は必死でこれまでの出来事を思い出す。最初から、お義姉様たちを初めて見たところから、それよりも前、マリーちゃんと遭遇したところから。


「おはぎさんは試験官だって言ってましたよね」

「サポート兼試験官です」

「試験って、丸かバツかの二択だけですか?」

「それはどういう意味でしょうか」


 修正方法の確認、裏設定の採用不採用、物語のあらすじから外れた箇所の解説、おはぎさんの仕事は本当にそれだけなんだろうか。


「もしかして、もしかしてなんですけど。おはぎさん、採点もしてません?」


 思い返せば、小さな違和感はあった。

 私の仕事は物語の修正だったはずなのに、修正のための裏設定を私が考えて作らなきゃいけなかった事。私はご都合主義装置なんだから、設定なんて考えないで「そういう物なんで!」って言い張ればきっと物語は進んだはずだ。なのに、おはぎさんは都度私に設定を考えさせた。ヒントを与え、破綻の発生を最小に収められる設定が作れるまで、何度も一緒に考えてくれた。

 そして何よりも。


『それが採用できるかは別ですよ』


 私がアホ王子の設定を変えたいと言った時、おはぎさんそう言った。試験官としてのお仕事が成功か失敗かのどちらかだけなら、マリーちゃんが王子様に求婚された時点でもうやる事はない。新しい設定を追加する必要だってないし、それを採用する意味もない。

 なのにおはぎさんは追加の設定を採用してくれた。何故か。


「加点方式ですか?」


 私がマリーちゃんにガラスの靴を手渡してないところだっておはぎさんは見てた。その時点であらすじから大きく離れてるから、リカバリー不可能として失敗扱いにもできた。なのにおはぎさんは、そこからどうやって私がマリーちゃんにガラスの靴を与えるかという設定と解釈を聞いてくれた。

 失敗とあらすじからの逸脱は前提として設定されてある。おはぎさんは、それをどうやって修正していくかについて見ていたんじゃないだろうか。


「内川さん、その質問に意味はありますか?」


 物語が終わって問答をする必要もなくなったのに、おはぎさんは首を傾げないで問いかけてくる。もちろんエフェクトも出てないから緊張感が半端ない。

 そして、私の投げた想定は否定されなかった。


「もし加点方式なら、私はもっと点数を稼ぎたいです」


 売られた喧嘩は買う性質だ。正確には喧嘩なんか売られてない。でも私は、お前にそれが出来るのかと挑発されたら乗ってしまう性質なのだ。普段なら面倒だから受け流すけど、ここは私の物語だとおはぎさんは言った。だったら、私が考えられる最善を投げつけてやりたい。


「シンデレラストーリーに必要なのは、虐げられた名もない娘と、それを見出す王子様。そしてガラスの靴を本人確認の証拠にしてプロポーズ。ですよね? じゃあ、これに“シンデレラが舞踏会を開催した王子様と結婚して次期王妃となる”設定が付け加えられるとしたら。私の点数って上がります?」


 ぴくりとおはぎさんの片眉が上がった気がした。おはぎさん眉ないけど。


「マリーは家の跡継ぎで、その事実を設定に盛り込むため第十二王子の婿入りが確定しました。今から結婚相手の変更はできませんよ」

「はい、マリーちゃんの婿取りは確定です」

「ではどうやって?」

「おはぎさん、私ですね、一度もマリーちゃんの事をシンデレラって呼んでないんですよ」


 だってそれはあまりにも残酷な呼び方だったから。


「それに私、この物語の中では名付け親の役を選びました」


 おはぎさんは私に言った。私が呼んだ名前が、その子の名前になると。だからシンデレラの名前は名付け親である私が決めないといけない。だとしたら。


「私、マリーちゃん以外にも名前つけた子がいるじゃないですか」

「コゼット、ですか」

「はい」


 普通の貴族令嬢がやらないような仕事を任されている娘はマリーちゃんだけじゃない。ジャヴォットお義姉様もコゼットお義姉様も、貴族令嬢であればやらないであろう仕事を手掛けていた。休憩の時間すら仕事の一環として費やし、慣れないマナーを身に着け、挙句突然決まった舞踏会のためにダンスレッスンまで詰め込まれた。

 血の繋がらない家族に家事経験の習得を強要された事を虐めだというのなら、血の繋がらない父親という存在に母親の物だった持参金を使い込まれ、その結果として貧乏になった家計を助けるために商売という仕事を強要されるのだって十分虐めだ。


「コゼットもマリーちゃんと同じで、丸一日働き詰めでした。令嬢らしからぬ生活はシンデレラの条件です。そして舞踏会で大量の契約をもぎ取ったことで、継母さんに一人前になったとのお墨付きも貰ってます」


 シンデレラであるための条件その一。虐げられている事。

 シンデレラであるための条件その二。一人前のレディになる事。


「それからシンデレラの正体を王子様が知らないという要素も必要ですよね。初日の舞踏会で王子様と踊ったのは本物のコゼットで、翌日の舞踏会ではマリーちゃんと入れ替わった。そのせいでコゼットの存在と“コゼット”という名前の同一性が薄れてしまった。王子様たちはどっちが本物のコゼットか分からない。第一王子がコゼット本人を、名前の知らない女性だと思い込んでてもおかしくないと思いませんか?」


 シンデレラであるための条件その三。王子様に名前を知られていない事。


「では内川さん。ガラスの靴についてはどう解釈し直しますか?」


 どうやらここまでは、おはぎさんにとって聞く価値無しとの判断はされてないらしい。しっかりと視線を合わせたまま自分が見つけた一本の糸を手繰り寄せていく。言葉に詰まったら、思考が途切れたらそこで終わりだ。


「解釈は変えません。というか、私にはガラスの靴という表現について他の解釈が思いつきません」

「靴を落としていったのは、コゼットではなくマリーですよ」


 うっすらと細められたおはぎさんの目が、この矛盾をどうするのかと聞いてくる。エフェクト無しでも案外おはぎさんの表情って分かりやすかったんだな。


「ガラスの靴は、王子様がシンデレラを探すために見つけた鍵です。本当にシンデレラが存在していたかを確認するための。でもそれは、ガラスに例えられるほどに曖昧な物でもあります。普通の女性が履けないほどに小さな靴は不安を煽り、それでも確かにシンデレラは存在していたという証がガラスの靴なんです」

「そのガラスの靴を、第一王子は手に入れたと?」

「はい。曖昧で不安を煽る靴は、間違いなく王子様のに残っています」


 シンデレラであるための条件その四。ガラスの靴を頼りに王子様が探しにくる事。


「ほら、おはぎさん。王子様が動きましたよ」


 きっとシンデレラが幸せになるのに、ガラスの靴は必要なかった。心根の美しさ、善良さ。手にした才能を開花させるための人脈。一人前のレディになる事。シンデレラが幸せになるために必要な物は全部、シンデレラ本人が持っていた。ご都合主義装置である木や名付け親が与えたガラスの靴はシンデレラが必要としていた物じゃない。ガラスの靴が必要だったのは、王子様の方だ。

 岸さんの顔をした王子様は、第十二王子を伴ってマリーちゃんの家へと向かう。その顔は相変わらず優しく微笑んでいた。


「この度は我が弟の願いを聞き入れていただき感謝する」


 第一王子の登場に、継母さん、ジャヴォットお義姉様とコゼットお義姉様、マリーちゃんが深く頭を下げる。


「マリー嬢、弟を頼む」


 ついでに名指しで呼びかけられたもんだから、マリーちゃんの「はい」という声はか弱く震えて今にも消えそうだった。一目惚れした第十二王子とは普通に会話が出来るのに、そうじゃない王族相手だとマリーちゃんでも一般的貴族の反応をするらしい。


「皆、顔を上げて構わない」


 その言葉は許可を与えるものだけど、発言者が第一王子なのでほぼ命令だ。恐る恐るといった様子で継母さん、ジャヴォットお義姉様、マリーちゃんが顔を上げる。


「コゼット嬢?」


 今度はコゼットお義姉様の肩がびくりと動いた。さすがに二度も命令に背いたとなれば不敬にあたる。ゆっくりと、視線は下に落としたままコゼットお義姉様は顔を上げた。


「さてコゼット嬢。貴女の靴は、何色かな?」


 突然の質問にコゼットお義姉様を含む全員が疑問の表情を浮かべる。貴族歴が短いので表情筋を固定する訓練が足りていないんだろう。貼り付けたもので構わないから、常に微笑みを。という鉄則が完全に抜け落ちている。

 最初に我に返ったのは、第一王子に問いかけられたコゼットお義姉様だった。


「金色でございます、王太子殿下」


 自分の一言が家族全員の今後を左右すると、コゼットお義姉様は分かっているはずだ。一音ずつ確かめるように、自分が今履いている靴の色を伝える。その返事を聞いて破顔したのは第一王子だけではなかった。


「兄上!」

「ああ、間違いない」


 女性たちを完全に置いてきぼりにして野郎どもだけが喜んでいる。第一王子の記憶に残る靴は、コゼットお義姉様が履いている金色の靴だったんだろう。

 ところで、コゼットお義姉様を迎えに来た第一王子はともかく何故第十二王子まで大はしゃぎ?


「一日目の舞踏会で私とダンスを踊った“コゼット嬢”は、金色の靴を履いていた。二日目の舞踏会で弟とダンスを踊った“コゼット嬢”は銀色の靴を残して行った」


 ひゅ、と継母さんの喉が鳴る。一目惚れをして婿入りまで宣言した第十二王子とは違い、第一王子が持つ権力は桁違いだ。しかも、身分を偽りマリーちゃんを参加させた舞踏会の主催者でもある。その第一王子に詐称がバレた。何かしらの罪に相当するのは確実だろう。

 そんな、今にも倒れそうな継母さんとジャヴォットお義姉様、コゼットお義姉様の三人を見て、第一王子は少し困り顔で笑った。


「そんなに怯えないでくれ。私は、金の靴を履いたコゼット嬢を我が妃として迎えたい」


 そう言って、第一王子はコゼットお義姉様の手を取る。

 ああ、そうか。継母さんが連れていたから同じ家の娘だとは分かっていたけど、銀色の靴を残した“コゼット”が確定しない限り、金色の靴を履いた“コゼット”もまた、誰なのか確定しない。同じ顔をして同じドレスを着て、見分ける鍵は靴の色だけ。


「畏れ多い事に存じます。わたくしにはこの家の血は流れておりません。とてもお側に立てる身分ではございません、高貴なお方」


 畏れ多いと思っているのは本当だろう。身分の違いもお断りの理由になる。でもコゼットお義姉様、あれは絶対に自分は妃なんて柄じゃないって顔だ。


「コゼット嬢、聞いてほしい。我が妃となる者に望むのは高貴なだけの血では足りないのだ。この家に名を連ねているのであれば、すでにコゼット嬢も我が国の貴族。私が求めるのは、共に国という領地を豊かにする才を持ち合わせている者だ」


 身分不相応だと知りながらも舞踏会へと参加したお義姉様たちは、血筋だけでは足りぬという第一王子の言葉に面食らった顔をする。何故自分たちにも招待状が届いたのかという疑問の答えは得られた。その資格があったからだと暗に言われ、それでも三人は困惑の表情を戻せずにいる。

 そして第一王子は、ふ、と笑った。


「舞踏会でのコゼット嬢の活躍、なかなかのものであった」

「っ!」


 今度はコゼットお義姉様が息を呑む。コゼットお義姉様の舞踏会での活躍、といえば思い当たる事は一つしかない。継母さんも気付いたらしく、青かった顔色が少しずつ羞恥のためか赤くなっていく。

 そりゃまあ、あれだけの活躍をすれば王子様の耳にも入るよな。


「どうだコゼット嬢。気難しい高位貴族たちを相手取り客にするその手腕、我が元で振るってはみないか?」


 ジャヴォットお義姉様も、マリーちゃんもさすがに気付いた。舞踏会の会場でコゼットお義姉様が全力で営業している姿をこの王子様は見ていたのだと。見た上で、自分の元へ嫁いで来いと言っているのだと。


「コゼット嬢が抜けてしまう分の補填は任せてください。これでも領地の差配経験はありますから」


 まだ迷いを見せているコゼットお義姉様に、第十二王子から最後の鐘が鳴らされた。元王子が婿入りするとなれば金銭人脈難からは解放される。継母さんは安心してマリーちゃんに家を継がせられるだろう。家が貧困から脱すれば、ジャヴォットお義姉様もその美貌と才覚で嫁入り先を選ぶ立場に這い上がれる。コゼットお義姉様が家族に対して抱える憂いはすでに解消された。

 そして自分に求婚してきた相手は、その才覚のためであれば王家主催の舞踏会へ身代わりを立てた事すら承知の上で手を差し伸べている。商売など令嬢がする事ではないと見下す事もせず、逆に称賛を贈った。

 コゼットお義姉様の手が、ゆっくりと持ち上がる。


 シンデレラであるための条件その五。身分違いの幸せな結婚。

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