第12話 大量発生した王子様
「ねえおはぎさん」
「はい、なんでしょう」
「私、それなりにいい感じにまとめたと思うんですよねぇ」
「そうですねぇ」
王子様と踊るマリーちゃんは大変美しかった。あの瞬間だけは、私も顔面の化粧の事なんて忘れて「綺麗だな」と本心で思えた。嬉しそうに、少し恥ずかしそうに微笑むマリーちゃんと、その二人を見つめて真っ青な顔色をしている継母さんとジャヴォットお義姉様。
うん、まさか入城して早々に王子様がマリーちゃんをかっさらって行くとは思わないよね。私もあんなに早く、かつ迷いもせずまっすぐに向かってくるとは思ってなかったんだわ。ああ、でも原作ではお城の前で待ち伏せしてたんだから、それに比べればまだマシか。今回はちゃんと“コゼット”として入城する必要があったからね。
「私の考えたシンデレラストーリーって、一応成功だったんですよね?」
私たちが今いるのはマリーちゃんの家だ。王子様がマリーちゃんの落とした靴を片手に訪ねてくるのを、どきどきしながら待つ。という段階はもう過ぎた。
「内川さんが突然駄々をこねなければ、王子が婿入りするパターンのシンデレラストーリーは完成したのではないでしょうか」
なんの含みもなさそうな声で喋るおはぎさんの言葉が、盛大なボディーブローとなって私を襲う。
いや、確かにそうなんだけど。もうちょっと労りというかさ? 一応完成間近だったんだから、お疲れさまとかさ? というか駄々ってなによ。そもそもの原因は私じゃなくてそっちじゃない?
「……だって」
マリーちゃんは無事王子様とダンスを踊れた。踊っている最中も継母さんとの約束をちゃんと守り、王子様にどれだけ話しかけられてもにっこりと微笑んでその場を乗り切っていた。それがまた可憐で儚げに見えたんだろう。王子様はしっかりとマリーちゃんに惚れた。一目惚れからさらにもう一段階先に進んで、マリーちゃんとの結婚を望むレベルで惚れた。
曲が終わって王子様からの二曲目の申し出が来る前に、継母さんたちの元へと戻ったマリーちゃんは英断だったと思う。多分あの王子様、あのままだと二曲目も三曲目もマリーちゃんを解放しなかったわ。
本当はもっと王子様と一緒にいたかっただろうに。きっと「王子様が貴女を探しにくる」って私の言葉を信じてくれたからなんだろうな。制止の声は届かないけど、届いた声にはしっかりと向き合ってくれる。これぞ純真無垢な主人公ですよ。
『ご令嬢、貴女のお名前は』
もちろんそんな事で諦める王子様ではない。すぐに継母さんとジャヴォットお義姉様にガードされたマリーちゃんへと近付いてきた。舞踏会を開いた王子様とはジャヴォットお義姉様もコゼットお義姉様も昨晩踊ったらしいけど、この王子様はそれを見てなかったんだろうか。それとも、当時はすでに知っている名前をもう一度聞く事に何か意味でもあるのか。
すかさずジャヴォットお義姉様が前に出て、まるで「あら、私の事?」とでも言うように微笑んだのには思わず拍手をしてしまった。コゼットお義姉様の敏腕っぷりを見せつけられた後だったから霞んでいたけど、ジャヴォットお義姉様も「旦那様より商売に向いている」と継母さんにお墨付きをいただいた人材だ。こういった心理戦のようなものもしっかり学んでいたんだろう。
王子様は紳士だから、その笑顔を無視する事が出来ない。その一瞬の隙を突いて、今度は継母さんが動いた。
継母さんと最初に約束した事を、マリーちゃんはしっかりと守った。喋らない事。笑顔を絶やさない事。守れなかったのは、継母さんのそばから離れないというある意味一番大切な事。
まあそれも王子様の独断で引き離したんだから、マリーちゃんのせいではない。マリーちゃんの一存でお断りができる相手じゃないんだから仕方だない。とはいえ、このまま舞踏会の会場に居続ければ王子様はまたマリーちゃんに声をかけるだろうし、目立てば目立つほど彼女が敏腕コゼットではない事がバレてしまう。急いでお城を出て、馬車まで戻りなさいと指示を出した継母さんナイスアシスト。
『舞踏会が始まれば自然と物語は進んでいくと思ったんですけど、正解でしたね』
『何もかもがノープランだったという事実をどう受け止めたらいいんでしょうか内川さん』
おはぎさんにはそう言われたけど、終わりよければそれで全て良しじゃない? 本当は私だって、適当なところでお城から出るように指示をするつもりだったんだよ?
真夜中の十二時を過ぎてしまえばシンデレラにかけられた魔法は解けてしまう。ガラスの靴と同じように、このエピソードもシンデレラストーリーには欠かせない要素だ。
『つまりですね、おはぎさん。魔法が解けるというのは馬車が消えてシンデレラのドレスが元の質素な服に戻る。っていう、直接的な意味じゃないと思うんですよ』
『詳しく聞きましょう』
魔法を使わずに舞踏会に参加させると私が宣言した時点で、おはぎさんはこの件についても諦めていたらしい。いや、諦めるとか失礼じゃない? おはぎさんが最低条件として出したシンデレラストーリーの中には、確かに十二時で魔法が解けるって部分は入ってなかったけどさ?
『舞踏会に参加できる身なりじゃないシンデレラが、舞踏会に参加できるようになる。それが名付け親さんがシンデレラにかけた魔法ですよね。だったら魔法が解けるのはその逆ですよ。シンデレラが舞踏会に参加し続けられないと判断された時に、舞踏会に参加できる資格である馬車とドレスが消える。マリーちゃんの場合は、マリーとして舞踏会に参加してません。今は、コゼットという“舞踏会に参加できる姿”になってます』
『コゼットという仮の姿が崩れたら、内川さんのかけた裏設定という魔法が解けてしまう。そういう事ですか?』
『その通りです。だからこう、踊り続けて疲れた頃に、うっかりコゼットお義姉様らしからぬ行動を取っちゃうんじゃないかなーと思ってたんですよ。そしたら、コゼットお義姉様じゃない事ってバレたから急いで逃げて! ってマリーちゃんを逃がそうかと』
結果は継母さんによる強制退場だったけど。
でもおかげで、マリーちゃんの謎めいた印象はさらに強まった。舞踏会が始まってまだそれほど時間も経っていないというのに、たった一曲だけ王子様の手を取ってダンスを踊って消えてしまった美しい女性。名前も教えてもらえず、声さえ聞けず。王子様の心と記憶に残るのはきっとマリーちゃんの微笑みだけだ。あと足の速さ。
マリーちゃんを連れて扉の外へと出て行った継母さんが、一人で戻ってきたのを確認した瞬間に王子様は走り出した。継母さんを呼び止めるよりも先にマリーちゃん本人を追いかけたのだ。名前が知りたいのなら継母さんに聞けばいいのに、後日改めてなんて待っていられなかったに違いない。ドレス姿で走る女性に、王子様が走って追いつけない訳がない。そう思った王子様は何も悪くない。片方残された靴を手にして肩を落とす王子様の背中はとても憂いに満ちていた。
ええ、走りましたとも。私も一緒に王子様の後を追って、マリーちゃんが走り去る小さな背中を見ましたよ。おかげで、王子様の足がマリーちゃんほどの俊足じゃなくてよかったなぁなんて、なんとも残念な結果を目撃してしまった訳だけど。
マリーちゃんは私の忠告通りに靴を片方残して行った。脱げたのか脱いだのかは分からない。わざわざ脱いで落としていくほどの器用さはマリーちゃんにはなさそうだけど、ダンスを踊っても脱げなかった靴が走ったごときで脱げるとも思えない。うっかり脱げかけて、踏ん張ろうとした時に私の言葉を思い出したって可能性もあるか。
『こ、これでっ、かんぺき、ですね』
『内川さんが言いたい事は大体伝わっているので、息を整える事を優先してかまいませんよ』
マリーちゃんは謎だけを残してお城から走り去った。ちゃんと王子様の手元に、マリーちゃんの足にぴったりな靴だけを残して。
そう、完璧だったはずなのに。
「王子様、マリーちゃんを見つけ出すの早かったですねぇ」
「まあ、継母と一緒に入城しているのは色んな人に見られてましたからね」
本来であれば身分の高い人から順番にガラスの靴チャレンジを行っていく王子様だけど、すぐに一緒にいた継母さんとジャヴォットお義姉様の身元がバレたからその過程をすっ飛ばした。それもそうだ。最初からマリーちゃんしか目に入ってないこの王子様は、例え靴がぴったり履けたとしても他の女性を選ぶ気なんてないんだから。
夜が明けて、継母さんとジャヴォットお義姉様、マリーちゃんの三人からそれぞれ舞踏会での出来事を何時間も聞き続けたコゼットお義姉様が「一度休憩を入れましょう」と言い出した頃にノックの音が響いた。そして、慌てた家政婦さんが四人を呼びに走る足音も。
『私はこの靴の持ち主と結婚したいと思っています。どうかご協力願えますか?』
太陽がようやく昇った爽やかな光の中、銀色の靴を片手ににっこりと笑いかける王子様は圧が強い。
私の考えた設定では王位継承権なんてほとんどないにも等しい王子様のはずなんだけどな? 王族に生まれた人間ってみんなこうなの?
有無を言わせないオーラが強烈すぎて、昨日の事を思い出したのか継母さんがふらりと倒れかけた。すかさず家政婦さんが背中を支えたけど、マリーちゃん以外全員の顔が青いのは誤魔化しきれていない。王家主催の舞踏会へ、招待されてもいない娘を連れて行った。名前さえ偽って舞踏会に参加した。この嘘は王族に対してどれほどの罪になるのか。そんな三人の気持ちなどつゆ知らず、マリーちゃんだけが昨日出会った運命の王子様に熱い視線を送っている。
『まずはジャヴォット嬢、試してみてください』
うやうやしく王家の家臣に差し出された靴に、直接のご指名を受けたジャヴォットお義姉様はちょんと爪先を当てた。もちろん踵を切るなんて蛮行はしない。ついでに、爪先を奥まで入れようともしない。
『申し訳ございません第十二王子殿下。わたしくの足ではこの靴は履けないようですわ』
それはもう、心から残念で仕方ないという表情を作ってジャヴォットお義姉様はため息を吐いた。この靴さえ履ければ、私は王子様と結婚できたのに。そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。私だったらうっかり「靴は履けなくても構いません。私と結婚してください」とジャヴォットお義姉様の手を取ってしまいそうなほどの演技力だ。本当はそんなこと欠片も考えてないと知っているから踏みとどまれているけど、王子様はいかに。なんて心配する必要はなかった。
私が改めてご都合主義を発動するまでもない。王子様はどうやら確信をしている。ダンスを踊った相手と自分は、間違いなく相思相愛だと。だから、どんな事情があれ本人に求婚すれば受けてくれるだろうという自信があるようだった。ろくに靴を履きもせずに断った時点でジャヴォットお義姉様は自分が探し求めている女性ではないと判断したらしい。
『おはぎさん、この王子様、十二人目の王子様ですって。さすがに子沢山すぎませんか? それとも今の王様が、色んな女性に手出ししてたって事になったんですかね?』
『童話の中の王子兄弟といえば、六人か十二人ですからね。とにかく王位から遠い王子様と内川さんが願ったので、十二人が採用されたのでしょう』
『えぇ……』
私、王様好色説まで生み出しちゃったかぁ。
次にコゼットお義姉様が呼ばれた。もちろんコゼットお義姉様も靴を履く気はない。マリーちゃんと比べてそれほど足の大きさに差はないように見えたから、爪先を切り落とさなくても多分履ける。それでもコゼットお義姉様は大げさに嘆いてみせた。
『ああっ、わたくしにこの靴は小さすぎます! この靴を二つ合わせても、きっとわたくしの足は入らないでしょう!』
いやいや、そんな事あるかいとツッコミを入れたかったけど、コゼットお義姉様による全力の拒否だと王子様は受け取ったようだ。相手が王子様という事で、靴を履く事そのものを拒否する事はできない。あからさまに嫌がる素振りは見せられないけど、残念で仕方がないという嘆きならいくらでもこぼして許されるようだ。悲しがってみせたジャヴォットお義姉様と、大げさに嘆くコゼットお義姉様。王子様の方も、さすがにここまでやられたら自分が踊った相手がこの二人ではないと気付くだろう。
『ジャヴォット嬢もコゼット嬢も私の結婚相手ではないようですね。ご婦人、この家にはもう一人娘がいませんか? 昨日、貴女が共にお城へと連れて来た娘が』
怖い怖い怖い。そんな笑顔を見せたら継母さん卒倒しちゃうから!
いえ、我が家にはそんな、舞踏会に参加したのはこのふたりだけで。そうしどろもどろに弁明する継母さんの後ろから、マリーちゃんは元気よく飛び出してきた。
『私も靴を履いてみて構いませんか?』
期待に満ちたまなざし。履ける気満々の笑顔。この時点で王子様も良い笑顔を返していたから、昨晩自分が一目惚れをした相手が誰なのか気付いたに違いない。それでもガラスの靴チャレンジは様式美。椅子に座ったマリーちゃんの足に、今度は王子様自らの手で靴をそっと合わせた。
よかったねマリーちゃん。ちゃんとマリーちゃんは王子様に見つけてもらえたよ。
身長からすれば一般的なサイズよりも少し小さいマリーちゃんの足は、なんの引っかかりもなくするりと銀色の靴に包まれた。マリーちゃんの足元に跪く王子様と、愛しげに王子様を見つめるマリーちゃん。すかさずポケットの中からもう片方の靴を取り出すあたり、マリーちゃんはセオリーというものをよく分かっている。ちなみにこれに関しては私は指示を出していないので、マリーちゃんの独断だ。私自身、靴さえ履ければきっと王子様はマリーちゃんを選ぶだろうという確信があった。
『美しいご令嬢、お名前を伺っても?』
王子様の問いかけに、マリーちゃんは嬉しそうに答える。
『マリーと申します』
シンデレラストーリー、完!
私としては全力でスタンディング・オベーションを贈りたい。が、それを良しとしない人間がここには四人いる。継母さんとジャヴォットお義姉様とコゼットお義姉様と、そして家政婦さん。全員が、マリーちゃんが家を離れてお嫁に行ってしまう事を阻止すべく戦ってきたのだ。コゼットお義姉様なんて、自分の名前まで貸して。
うっとりと見つめ合ったままの王子様とマリーちゃんの間に割って入るのは、相当な勇気が必要だっただろう。身分詐称の罰を受けるのであればもう今さら怖い事などない。そう腹でもくくったのか、継母さんは腰を落とし、頭を下げて王子様へと申し出た。
『第十二王子殿下、差し出がましい事をお許しください。その娘はこの家で、唯一の正当な跡取りにございます。わたくしと二人の娘にその資格はございません。どうか、どうかマリーに、この家の継承を許してくださいませ』
スタンディング・オベーション第二弾だ。結婚させませんと保護者の権利を主張するのではなく、お前のところに嫁入りはさせられないのだと婉曲に伝える手腕。その上で、王子という雲の上の存在に向けて「それでもどうしてもマリーが欲しいのであれば、その方法は分かりますよね」と暗に問いかけるという豪胆っぷり。
『もちろん』
元々将来は王家を出る身だ。第十二王子だって、新たに爵位を賜るよりも運命の相手と一緒にいるために婿入りする方を選ぶだろう。その家が下位貴族で、少々格が釣り合わなかったとしても。
『もしご婦人のお許しがいただけるのでしたら、私をマリーの婿として認めていただけませんか?』
こうしてマリーちゃんは、王子様との結婚という幸せを手にしたのだった。
したの、だけれども。
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