第7話 父の心と母の心痛
「奥様、お薬をお持ちしましょうか?」
「いえ大丈夫よ」
明らかに大丈夫そうじゃない継母さんが、こめかみをぐりぐりと指先でこねくり回してる。
この人はこれから、マリーちゃんを一人前のレディ……というか、家事ができるように育てなきゃいけないのか。パン作りって大変なんだなって思いながら見てたけど、あれはもしかしなくてもマリーちゃんの手際が悪かったんだね?
「明日からはマナーよりもダンスレッスンが優先ね。先生方にはスケジュールの変更をお願いしなきゃ。あの子たちに踊る気はなさそうだけど、曲がりなりにも舞踏会だもの。万が一、万が一どなたかが手を差し出してきたら踊らない訳にはいかないし」
「奥様あまり根を詰め過ぎないようにしてくださいませ。お嬢様方も、休憩時間ですらマナーレッスンの時間になっているじゃありませんか」
こめかみのぐりぐりか、継母さんの眉間の皺か、その両方かを心配して家政婦さんの眉がハの字になった。どうやらこの二人はそれなりに良い関係を築けてるらしい。
うん、面倒ごとに巻き込まれた状態で家の存続を願う同志みたいなものだもんね。仲間意識は芽生えるよね。でもってマリーちゃんの現状を考えると、家事を教えてるのはこの家政婦さんっぽいもんな。もしかしてマリーちゃん、継母さんとお義姉様だけじゃなくて味方だと思ってた家政婦さんにも虐められてるって思っちゃってないかな。
「旦那様よりもうちの娘たちの方がまだ商売に向いてるとは思わなかったのよ。取り引きの場には今までと同じ人間に表へ立たせるけど、裏はジャヴォットとコゼットにも混ざってもらうわ。ゆくゆくは交渉の席にもつかせたいから、そのためにも早くマナーと会話術を身につけさせたいのに」
お父様ってば散々な言われようだな。そんなに商才なかったのか。十代そこらのお嬢さんの方が使えるってどうなのよ。
「おはぎさん、継母さんたちって商売に携わってたんですか?」
継母さんの話を聞くかぎり、お義姉様たちはともかく継母さんには商売の心得がありそうだ。商売に手を付けたのが再婚前か後かは分からないけど、そんなエピソードあったっけ?
「内川さんがそう決めたのでは?」
「私が?」
「内川さんが」
やっべぇ、私またなにかやらかしたか。継母さんの前の夫ってどんな人だったんだろうとは思ったけど、継母さん本人についてはそこまで突っ込んだ話はしてない、よね?
「そうですね、関係がありそうな事柄で言えば……内川さんはこの政略結婚の事を、嫁の実家への借金と称しましたよね。その際にどんなご実家を想像しましたか?」
「どんなって、お金に困った貴族がお金目当てで結婚するんだからやっぱりお金持ちですよね。基本を押さえるなら、没落貴族と成金がそれぞれ地位とお金を交換しあう形になるんじゃないですか?」
我が家の曾祖父母がその典型だった。歴史だけはある武士の家系に、山持ち地主の娘が嫁いだんだとか。家同士はともかく当人たちは仲睦まじかったらしいけど。
「では内川さんが想像する、地位を持たない成金とは?」
「多分貴族じゃなくて、でも地主って言ったらヨーロッパでいったら貴族になっちゃうか。地位が無いって事は多分庶民だから……じゃあ、商売で一発当てた人、とか? ……あ」
「それですね」
あ、ああ、はい、私ですね、原因。継母さんは商家の生まれだと思い込んでたのか。
もしかしたら継母さんの実家は、シンデレラ父の取り引き相手だったのかもしれない。商才皆無のお父様が継母さんの実家に借金をして、それを出戻り娘との結婚でチャラにしたとか? 娘を通して商売に口出しする権利を要求したとか? 継母さんの実家、なかなかのやり手だな。そりゃ商売乗っ取りの噂も出てくるわ。
え、マリーちゃんのお父様他殺だったりしないよね? なんて想像すると余計な事件が発生しそうだから考えない考えない。お父様は安らかにお眠りください。
「生まれ育ったのが商家なら年齢性別関係なく金勘定できますよねぇ」
物心つく頃から親の仕事を見てたんだとしたら、再婚相手の壊滅的な仕事ぶりを改善しようと継母さんが手出し口出ししてても何もおかしくない。継母さんとの結婚も、商売のやり方をうちの娘から教わりなさい、なんて親切心だった可能性すら出て来た。
「子供は財産であり、働き手ですからね。商売に関われるレベルに育てた娘であれば、離縁されたとしても十分に利用価値はあります」
「パンが食べたければ働けっていうのは、継母さんもお義姉様たちも同じように言われて育ったからなんですねぇ」
マリーちゃんが泣きながら教えてくれた言葉を思い出す。
え、そうやって育ったのにマリーちゃんにだけ押し付けるの? 今まで散々こき使われてきた鬱憤をマリーちゃんで晴らそうと? いやいや、それを許してくれる継母さんか?
「おはぎさん、この家って裕福じゃないんですよね」
「そういう事になっていますね」
「飯が食いたきゃ、てめぇも働けって家なんですよね」
「内川さん、言葉が乱れてますよ」
「お義姉様方、母親の再婚に浮かれて遊んでる余裕ってあるんですかね」
おはぎさんに聞きつつも答えは自分の中で出てる。
そんな余裕、無いよなぁ。でもテラスでお茶する仕事ってなに?
「疑問が残るのでしたら、これまでの状況を組み合わせて裏設定を作っていただいても構いませんよ。もちろん物語が破綻しない程度のですが」
「構いませんよと言われましても」
無茶をおっしゃる。いや、このアヒル最初から無茶しか言わなかったわ。
どこまで出来るか分からないけど、せっかくだし言われた通りこれまでおはぎさんと一緒にやってきた問答を自分だけで試みる事にした。何事も経験って前向きに捉えれば……いやどう頑張っても無茶だとは思うけど。
まずは現状観察から。立派な椅子に座る継母さんの顔にはどう見ても余裕がない。よく見たら、妖艶だと思った理由は結構な化粧をしてるからだ。ああ、お肌ぼろぼろ。
相手には見えていないのをいいことに、物書き机に近寄り継母さんの顔を正面から間近で見つめる。
本当に疲れてらっしゃるなぁ。労働の意味を教え込んだ継母さんが、実娘の散財豪遊を見逃すとはどうしても思えない。ジャヴォットお義姉様もコゼットお義姉様も、母親に対して反抗期やってる様子もなかったし。でもマリーちゃんに無理矢理家事押し付けてきゃっきゃうふふとお茶を楽しんでるんだよね? どこをどう繋げればいいんだろう。テラスでお茶はマリーちゃんの勘違いとか?
「内川さん、サポートをご利用になりませんか? 今回はまだ初回ですし」
継母さんに負けないくらい眉間に皺を寄せている私に、おはぎさんが心配そうに声をかけて来た。表情は真顔なのに、心配してますってエフェクトが背後に漂ってるもんだから思わず口元が緩む。
そうでした。私はまだド新人なので、おはぎさんに全乗っかりでも許される。よし、貸していただける胸はいくらでもお借りしましょう!
「えっとですね、ジャヴォットお義姉様とコゼットお義姉様が、マリーちゃんに家事を押し付けつつテラスでお茶しながらお仕事してる、という状況をどうすれば成立させればいいのかと悩んでおりまして」
「その部分がクリアできれば、内川さんの中で継母の性格と義姉たちの行動に整合性が取れるという訳ですね」
「はい」
ふむ、とおはぎさんも考えるような素振りを見せた。むにっと胸が丸くなったので、深く座りなおすのがおはぎさんが真剣に考えている時の姿勢なのかもしれない。
というか、おはぎさんでも悩むんだ。
「テラスでお茶、とはどういう状況だと内川さんは考えますか?」
「どういう状況って、お茶はお茶ですよね? ティータイム。お菓子食べてお茶飲んでお話して」
「一日中ですか?」
さすがに一日中お茶のんでたらお腹ちゃぽちゃぽになる。紅茶大国のイギリスでもそんな事してないと思う。食事も入らなくなるし。というかお菓子の方が嗜好品なんだから高価だよね? そんなの食べてないで朝昼晩の食事で腹膨らませておけよ、ってこれリアルに「ケーキを食べればいいじゃない」をやってる状態だね?
「一日中、って事は無いと思います。ティータイムって日本でいう三時のおやつ感覚ですよね?」
「いい例えですね。では三時のおやつの事を、世間一般で何と呼びますか?」
悩みおはぎさんが通常モードおはぎさんに戻ってきた。
三時のおやつとはなんぞや。哲学かな? 何と言われても、お茶も飲むからお菓子の事じゃないしデザートでもないし、スイーツって意味でもない。お茶請けに漬物とかあるから甘味である必要はない。そもそもお茶請けなんて、来客があればお出しするものだから三時に限定した物じゃないし。ん?
「三時のおやつとは、特定の物体の事じゃなくて三時におやつを食べる行為の事ですね? 休憩時間ですね? 休憩時間もマナーレッスンをしてらっしゃるそうですよねお義姉様方は! さっき家政婦さんから聞きましたよ!」
見つけた糸口! 継母さんはジャヴォットお義姉様とコゼットお義姉様も営業に回したいから、そのためのマナーを学ばせてるって言ってた! テラスでのお茶会はマナーレッスンの一環だったのか。
よしこれでいける! と強く握った拳から、ゆっくりと力を抜いていく。
「えぇ……休憩時間は休憩させてあげてよ」
糸口は見つけたけど、途端にお義姉様方が可哀想になってきた。可哀想になってきたけど、マリーちゃんに駆け寄ってきた時の様子は、所作というかお作法というか色々と残念だった。あれで貴族令嬢を名乗って営業するのは確かに難しい。でも、だけど。
「父親が亡くなった事で、彼女たちも急遽戦力扱いになったのでしょう」
「お父様は部下にも恵まれてないって言ってましたもんね……部下に恵まれてれば壊滅的商売なんかしないだろうから当たり前か」
突然投げつけられた借金だらけ、かどうかは分からないけど黒字は出せてなさそうな商売。急いで娘を教育したいのに、アホ王子のせいでそれもままならぬ。挙句、持ち直させようと努力してる事業を引き継がせる跡取り娘はその事実を理解してない。なんなら家ごと放り出そうとしてる。
「どうしましょうおはぎさん。継母さんが不憫でならないんですが」
「でしたら、内川さんが義母義姉が不幸にならないエンドを目指してあげればいいんじゃないでしょうか」
じっと見つめてくるつぶらな瞳を見返す。
今、内川さんがって言ったよね? 私がここから軌道修正を? そうか、お義姉様二人に高位貴族を紹介するペロー版にもっていけばいいんだ。
「……マリーちゃんが王子様と結婚して王家に嫁いで、二人の娘も大貴族と結婚して家を出て、継母さんってそれで幸せになれますかね?」
「幸せの定義は人それぞれですから」
うわ、正論で誤魔化された。娘が幸せなら幸せ、って事でいいのか。いや、娘たちはそれで幸せか? 舞踏会でも商人狙いだったよね? 大変現実的なお母様のおかげで、ジャヴォットお義姉様もコゼットお義姉様も、年不相応に現実が見えてる感じでしたよね?
「ここで考えても仕方ないわね。すぐ先生方に手紙を書くから、準備をお願い」
「はい、奥様」
ぐるぐると悩んでる私を置いて、継母さんは眉間の皺を解放し家政婦さんは部屋を出て行った。途端に、常にぴしりと伸びていた継母さんの背中が前傾姿勢になる。ぼんやりとした視線に深いため息。マリーちゃんの時と同様に「お疲れ様」と肩を叩いてあげたくなってしまった。
「ダンス……立ち居振る舞い……喋り方は形になってきた……あとあの子たちに必要なのは何かしら……舞踏会の日までに間に合うかしら……」
継母さんの独り言があまりにも哀愁漂いすぎている。
これ以上盗み見をしているのさえ申し訳なくなってきて、私たちはアイコンタクトの後こっそりと部屋を出た。
「おはぎさん」
「どうしました?」
廊下に出て、でもどこに行く当てもないので壁に背中を付けて天井を見上げる。
「リアル至上主義者どもに継母さんの人生と胃痛を追体験させてやりたいです」
「その意見には概ね賛同させていただきましょう」
完全なる真顔でおはぎさんが息を吐く。
跡継ぎ問題? 王子無限湧き? 身分差ありえない? 知るか! 童話ってのはそういうもんなんだよ! 意図された教訓が汲み取れればその他は些末地でしょうが! シンデレラは! 幸せになってめでたしめでたしが! 鉄則でしょうが!
「あ、え? 王子無限湧き?」
さっきの正答が出せた喜びとは違う理由で握った拳は、振り上げる前にちゃんと自分の意思で下げた。
私、今何か思いついた。なんだ、どれだと必死で自分の記憶を遡る。
そうだ、王子無限湧きシステムの時に考えたじゃん私。そんなに大量の王子様が出てくる話あったっけ? って。あるよ、王子様が大量に出てくるお話。
「おはぎさん。シンデレラストーリーって、虐められてる娘が王子様に見初められてハッピーエンド、っていう物語ですよね?」
「ざっくりですが大筋はその通りです」
「名付け親との初対面が舞踏会の日だって明確なエピソードが存在しないから、私というご都合主義装置はもうマリーちゃんと交流しちゃってるんですよね?」
これだ。ここの部分が使えるのなら。
「そうですね。何か思いつきましたか?」
「じゃあおはぎさん。シンデレラの物語で、舞踏会を開く王子様が一人っ子ってエピソードはどこにもないですよね?」
おはぎさんの目がぱちぱちとまばたきを繰り返す。そのまますくっと立ちあがり、またすとんと肩に座った。
「続きを聞きましょう」
どういう反応だよと言いたいけど、おはぎさんが相当驚いたらしい事は分かる。可愛い。
「幸せの定義は人それぞれなんですよね? シンデレラはハッピーエンドだけど、シンデレラの幸せが“王家への嫁入り”とは限らないですよね? 急に上流階級の人々に混ざるなんて気が休まらないだろうし、なんか余計なしがらみとかありそうだし」
主に他の高位貴族からの攻撃とか、王家のしきたりとか。
小さく揺れるくちばしが、おはぎさんの相槌を教えてくれる。
「王子様との結婚が幸せの条件になるのなら、他の、もっと王位継承権の低い王子様が婿入りしに来てくれてもハッピーエンドシンデレラストーリーになりません?」
王様の弟って確か領地貰って王家から離れるんだったよね? 元々国王になる予定無く生まれて来た王子なら、最初から領主としての勉強してたかもしれないし。そんな人が婿入りしてくれたら継母さんも心置きなく経営をバトンタッチできるんじゃない? マリーちゃんは幸せ。継母さんも安心。お義姉様たちもなんかいい感じに収まってくれれば、これは完全なるハッピーエンドと言えるのでは?
物凄いこじつけた感はあるけど、今まで見せられてきたゆるふわご都合主義の条件を考えればセーフ判定が入ってもいい、はず!
「どう、ですかね?」
もふんとおはぎさんの胸が丸くなった。返事がないのが不安だけど、即座に「なりません」と言われなかった事に期待を全部乗っけた。
目の乾燥が気になる程度にまばたきが減ったおはぎさんが、熟考の末に私を見る。それから、硬いくちばしがどうなってるのか分からないけど、にやりと笑った。
「面白いですね。ではその方向で内川さんのシンデレラストーリーを作り上げてみましょうか」
よっしゃ採用された!
今度こそ本気で拳を握り肘を引き寄せる。勢いをつけすぎて思いっきり壁にぶつけたけど、達成感が大きすぎて痛みを感じない。じゃあ次は、と言おうとした瞬間、目の前がぐらりと揺れた気がした。
「おはぎさん……飛ぶ時は言って……」
三半規管が強くなったからといって、これまで身に沁みついた視覚酔いの経験がなくなる訳じゃない。一言も無しに急にやられると、身体的にじゃなくて記憶で酔う。
「内川さんが次の行動に起こせるなと判断された時が飛び時ですよ」
「えぇ……なんですかそれ。私がタイミングを決めてるって事ですか」
「そうですね。現状ではもう出来る事が無いと認識した時、と言い換えてもいいでしょう」
「結局私基準なんですね」
と、言われましても私にその自覚は一切ない。出来る事がないというよりも、もう何が出来るか分からないの間違いじゃないかな。でもまあ、確かに舞踏会の話題が出たらさっさと次に進まなきゃ。合間に入るエピソードは特にないんだから。
ゆらりと揺れた視界がクリアになると、そこは戦場だった。
「で、えっと。まあアレですよね、この状況は」
「お察しの通りでしょう」
本当に、誇張抜きに戦場だった。マリーちゃんは一心不乱にレースをドレスの袖に縫い付けてるし、継母さんはドレスルームを行ったり来たりしてアクセサリーを並べてる。その横ではジャヴォットお義姉様が「もう少しいける気がする!」と家政婦さんに指示を飛ばしてコルセットの紐を締め上げてもらっていた。コゼットお義姉様は静かだな? と思いきや、すでにコルセットをぎちぎちに絞められた後らしく白い顔をしてソファーに沈んでいる。さながら戦い抜いた戦士の休息だ。
「知ってはいたけど、いざ自分の目で見るとなると迫力が半端ないですねぇ」
「姉たちにとっては自分自身が商品ですからね。少しでも高く買ってもらえるように着飾るのも仕事なんですよ」
「ドレスが女の戦闘服ってやつですか」
「ついでに彼女たちはマネキン役でもありますので」
そうだった。お義姉様方はレースとダイヤモンドの売り込みにも行くんだった。初の舞踏会参加らしいし、知った顔がいないのなら見た目で興味を惹かせられなきゃ営業が始まらない。
「ジャヴォットお義姉さま、このレースは一段だけ長く取るよりも長さを変えて二段重ねた方が広がりが美しく見えますわ」
「そうなのね? お願いするわマリー」
マリーちゃんもセンスの良さをしっかりと発揮している。マリーちゃん自身は舞踏会には参加した事ないはずだから、そのセンスは実のお母様が教え込んだのか、それとも時代の最先端を作り上げちゃうタイプなのか。ジャヴォットお義姉様もマリーちゃんのセンスを信頼しているらしくほぼ丸投げだ。ちらりとレース位置を確認した事で呼吸が乱れたのか、ブチッとコルセットの紐が切れる。
「お嬢様、やはりこれ以上はお体に差し障りが」
ぎりぎりとコルセットを締めていた家政婦さんは、紐が切れるのと同時に後ろへとよろめき何本目かも分からない紐の残骸にため息を吐いた。
「お姉様、舞踏会の最中に紐が切れたらどうなさるんですか」
「コゼットはそこで呼吸の練習でもしてなさい!」
ぐったりとしたコゼットお義姉様と、まだまだ戦う気満々のジャヴォットお姉様の対比が面白い。マリーちゃんに対して厳しいのは同じだけど、自分のどこに商品価値としての重きを置くかが違うらしい。
「もう一度いくわよ」
こうなる事を予測していたのか、継母さんが新しい紐を家政婦さんに手渡した。
「私はレース飾りよりもローブの金の刺繍を目立たせたいから、それほどドレス自体にボリュームは無くて構わないもの」
「本当にっ、腹立たしいわねっ、あんたはっ!」
再びぎゅうぎゅうに締め上げられていくジャヴォットお義姉様は、お胸が豊かな事もあってウェストラインを絞るたびにどんどん悩殺ボディになっていく。なるほど、ドレスにレースを盛ったら全体的に膨張するから、中身はこのくらい締め付けないといけないのか。
比べてコゼットお義姉様は、コルセットで持ち上げられている分の胸のお肉を引いたら完全にスレンダー体型だ。ウェストも元から細いらしい。顔色も相まって儚げにも見える。
「マリー、それが終わったら私の髪をお願いできる?」
「はいコゼットお義姉さま」
手際よく真っ赤なドレスにレースを縫い付けていたマリーちゃんは、コゼットお義姉様に呼ばれて最後の一針を終わらせた。
刺繍がご令嬢の嗜みの一つとは聞いてるけど縫物も自分でやるんだっけ? それとも、これもマリーちゃん凄いぜ設定?
「あまり頭を重くしたくないのだけれど、どうにかならない?」
やっぱりコゼットお義姉様は、着飾るよりも快適さ重視らしい。
「コゼットお義姉さまはローブのダイヤモンドを目立たせたいので……髪飾りは羽根をふんだんに使うのはどうでしょうか。そうすれば高さを見せられますし、代わりに巻いた髪の毛に小さな真珠を編み込んで前に流し、首の細さを強調する方がお似合いですわ」
「いいわね、それでお願い」
おお、髪型の相談にも乗ってるよマリーちゃん。という事は、実のお母様からそれなりに手ほどきはされてたんだろうな。素人扱いしてごめんよ。でも貴族のドレス準備といえば、何人ものお針子さんに囲まれて広い部屋を行ったり来たりしてるイメージが強かったから、こうしてマリーちゃんと家政婦さんの二人で回してる様子は少し物足りなく見える。
「マリー! 私の髪は思いっきり高く結い上げてちょうだい!」
いや、ジャヴォットお義姉様が元気だからこのくらいで丁度いいか。
「大はしゃぎですねジャヴォットお義姉様」
「継母の静かな闘志もなかなかですよ」
おはぎさんのコメントに継母さんを見れば、娘たちを飾る宝飾品をじっくりと見定めている。
三人にとって今夜の舞踏会は、間違いなく戦場という訳だ。
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