第5話 招待されたい令嬢と招待されたくない令嬢

「シンデレラの家の事情が確定しましたので物語が進むみたいですね。飛びますよ」

「えっ、待ってちょっと待って!」


 飛ぶってあれでしょ!? 視界が歪んでおえってなるやつ!

 身構える前に目の前はぐにゃりと歪んだけど、今回は「わぁ、カラフル」と詳細を観察する余裕があった。


「三半規管が強いって最強ですねおはぎさん!」


 効果が半端ない! 今なら遊園地でアトラクション乗り放題!


「そこまで喜んでいただけたのなら魔女設定を付与した甲斐がありました。さあ内川さん、物語が本格的に動き出しますよ」


 きりっとしたエフェクトでおはぎさんは言う。

 よく見れば私が立ってるのはまだ見た事のない部屋だった。大きな物書き机と立派な椅子。調度品はシンプルだけど安っぽさは感じられない。でも亡きお父様の書斎にしては威厳というか厳めしさというか、そういった緊張感が足りない。もしかして継母さんのお部屋なのか?

 そこに集まるのは義理のお姉様方ともう一人、多分継母さんの三人。


「お姉様っ! 舞踏会への招待状ですって!」

「へぇ、王子の嫁漁りね」

「ジャヴォット、言葉が乱れていますよ」


 ジャヴォットお義姉様の肩に手を乗せてぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねるコゼットお義姉様と、なんだか随分な言いようのジャヴォットお義姉様と、ジャヴォットお義姉様に妖艶さをプラスしたこれまた迫力美人さんが一枚の封筒を覗き込んでいる。


「失礼いたしました。王太子殿下と共に、この国の行く末を担う女性を見初めるための場が設けられるのですね」

「……まあいいでしょう」


 しれっと言いなおすジャヴォットお義姉様、なかなか強いな。


「でもお母様っ、これはチャンスですよね?」

「その通りよコゼット。ようや私たちにも運が巡ってきたのね」


 継母さんはうっとりと招待状を見つめ、それからちょっと悪だくみでもしてそうな笑みを浮かべた。招待状から視線を外すと、じっと虚空を見つめ始める。

 ああ、これ脳内で何か計画を企てている顔だ。


「舞踏会への招待は王命ですからね、私たちが参加しても文句を言われる筋合いはありません。いいですか? ジャヴォット、コゼット。舞踏会であなたたちがやるべき事は分かっていますね?」


 継母さんはぴしっと背筋を伸ばして二人の娘に厳しい目を向ける。


「えっ? 私も行くんですかっ?」

「もちろんですよコゼット。ジャヴォット、何事も最悪の事態は想定しておきなさい。お城の中での最優先事項は?」

「万が一にも王太子殿下の目に留まらない事。可能な限り、視界にも入らないよう気を付けます」

「よろしい」


 えっ、目指せ玉の輿じゃないの? 王子様との結婚を夢見てるんじゃないの?

 思わずおはぎさんに目配せをしてしまう。

 これは物語として矯正した方がいいんじゃない?

 継母さんと義姉たちを指さしアイコンタクトを取っても、おはぎさんは首をふるふると横に振るだけだった。


「内川さんは主人公以外の登場人物には直接介入できませんので」

「そうだった! マリーちゃん呼んでくればいい!?」

「マリーに何を言うつもりですか?」

「分からないけど! 分からないけど、口突っ込めないじゃん私たちだけじゃ!」


 そんな事を言っている間に継母さんは、娘に対して言い聞かせるようにゆっくりと言葉を続ける。


「仮にも次代を担う息子の嫁を、派閥の考慮どころか我が家のような下級貴族にまで声をかけてその場で決めようだなんて正気の沙汰ではありません」

「うわ、どうしましょうおはぎさん。お義母様がとても真っ当な事を言ってらっしゃる」


 継母さんへと頷くジャヴォットお義姉様もコゼットお義姉様も、これに関しては不満そうな顔なんかこれっぽっちもしていない。本気で同意してる。もっと王子様への憧れとか、お姫様待遇とかに憧れるものなんじゃないの?


「あっ、これがリアル至上主義が介入する事で発生した著しい逸脱ですね!?」


 真っ当じゃない事をする人間には、きっとその行動を起こさなきゃいけないだけの理由があったに違いない。継母と義姉にはシンデレラを虐げる理由があったはずだ。その理由を裏付けるために、原作では描かれていない設定があった。いや、あるべきだ。そんな現代人の考えが継母と義姉の性格に影響を及ぼしている。

 そういう事ですね!? ともう一度おはぎさんに問いかけたら、おはぎさんは満足そうに頷いてくれた。


「嫁の候補はすでに決まっていて余興に付き合わされるだけの可能性もありますが、その“ついで”で何かしらの役割を押し付けられてしまったら……そのくらいはやりかねないアホとの噂も聞いていますからね。用心に越したことはないでしょう」

「アホ言いましたよあの奥様」


 今すぐマリーちゃんを呼んでこなければという気持ちと、このまま三人の思惑を確認しておいた方がいいのでは? という気持ちが行ったり来たりしている。

 いや、正直に言おう。継母さんがこの後何を言うのか、興味がありすぎる。


「コゼット、狙うべき相手は分かっていますね?」

「嫁ぎ先の相手という事でしたら……王家御用達として招かれているはずの商人か王城で働いている下級貴族です」

「よろしい。ただ、私たちの事情と付け焼刃のマナーを笑って許してくださる度量がある方々の息子であれば、自分の気持ちを優先しても構いません」


 うんうんとコゼットお義姉様のお返事を聞きながら、継母さんが補足を入れた。


「度量のある殿方じゃないんですね」

「時代を考えれば、最終的に結婚の許可を出すのはご両親ですからね」


 聞こえないと分かっていても、どうしても声は潜めてしまう。


「ですが、できるだけ商人との接触を優先しなさい。王城に招かれているという事は確実に商才はありますからね。貴族令息に見初められた場合はその場で言質を取られるような発言を控える事。再度の連絡は、改めて相手の財政を調べてから許可します」

「「はい」」


 お二方ー! もっと夢持って! いや貴族の結婚ならこれが正解なのかもしれないけど! でもちょっとくらいは出会いにときめきを持って!


「おはぎさん、リアル至上主義者さん達ってこんなに王子様に対して批判的なんですか?」

「おそらく内川さんが王子に対して“もっとちゃんと国の事考えろよ”とおっしゃっていたので、それが影響にブーストをかけているのではないかと」

「あれ採用されちゃったんですか!? 私決定事項としては言いませんでしたよね!?」

「ですが政略結婚の設定もなくなりましたので」


 ああ、そう、そうですね。政略結婚じゃないってなると一目惚れ万歳嫁漁りパーティーになってもおかしくはないですね。そうか、アホ王子になってしまったか。


「身分違いの恋に落ちてどうしても苦労がしたいというのであれば、私も反対はしません。できる限り援助もしましょう。ですが自分で選んだ未来だという事は忘れぬように」

「継母さんは大変現実的なお人なんですね」

「子持ちで再婚したとなると、これまで相当の苦労を経験しているでしょうから」


 確かに。継母さんの前の夫ってどんな人だったんだろう。そういえば彼女たちがシンデレラの家に来る前、どんな生活してたかって何も知らないな。

 ふと、最初の結婚式の場面を思い出す。

 一応笑顔だけど目が笑ってなかった。あの再婚こそが政略結婚だったか。


「それからジャヴォット、貴女はレースの売り込みをしなさい。まだ仕入れたばかりのレースが余っているから、いくらでも使って構いません。貴女には同年代のご令嬢との交流を任せます」

「はい」


 ん? 嫁ぎ先の話じゃなくなってきたぞ?


「コゼットは招かれた御令嬢の母親を狙って新しいカッティングのダイヤモンドを披露してちょうだい。流通経路が定まればもっと手軽に入手できる事を伝えるのも忘れずにね」

「……私も行かなければなりませんか?」

「王命で招かれているんですよ。我儘を言わないでちょうだい」


 おっと? コゼットお義姉様の様子がおかしいぞ?


「このままだとこの家を維持するのも難しいんですよ。立て直しの必要があるのは理解していますね? 明日の食事の心配をしたくないのであれば、貴女も相応の仕事をなさい。まだ令嬢の身分があるうちに良縁を結ぶのでも構いませんが……貴女は家に入るより事業に携わった方がいいでしょう。今回の舞踏会は、今後の練習だと思いなさい」

「はぁい」


 明らかに渋々といった顔でコゼットお義姉様が返事をする。

 商売を手掛けている貴族が使用人の数を減らさないといけないほどに倹約してるとなると、事業に失敗したのが原因か? そっか、お偉い貴族様が大量に集まる舞踏会は、取り扱ってる商品を宣伝するのに格好の場所なんだ。


「大変現実的なお母様ですね。これが内川さんの想定する貴族、もしくは商人の現実ですか」

「これも私のせいなんですか!?」

「ここは内川さんの物語ですから」


 しっかりして私の想像力。童話、これは童話なんだから、金勘定とかとりあえずはいいの。シンデレラではそこは重要事項じゃないんだから。


「うー……でもこのままだと、ジャヴォットお義姉様はともかくコゼットお義姉様はドタキャンとかしません? 当日具合が悪くなりましたとか言って」

「そんな小学生みたいな理由で破棄できるほど王命は軽くないですよ」


 規模は領主程度だけど物語の中では“王子様”だから、招待状が送られてくるって事は王命とイコールなのか。ああ、それで継母さんは「王命だから参加しても文句は言われない」って言ってたんだ。やっぱりシンデレラの家は、王命って免罪符がなければ城には入れないレベルの身分なのか。


「でももうちょっとコゼットお義姉様にもやる気出してもらいたいなぁ。違う! いや違くない! マリーちゃん呼んでこなきゃ!」

「今からマリーを呼んでどうするんですか?」


 急に走り出した私に、おはぎさんが慌てたように体を寄せて来た。なんか不思議な力で肩に乗ってるんだろうとは思ってたけど、一応踏ん張らないと振り落とされるのか。


「マリーちゃんが舞踏会に行きたいって言ったら、嫌がらせも兼ねてあんたは無理だけど私は舞踏会に行けるんですのよおほほほって自慢すると思いません? 自慢した後でなら、やっぱり行かないって二人でお留守番はさすがに無いと信じたい!」


 私が何をしてもポルターガイストにならないと聞いたから、部屋の扉だって乱暴に開けちゃうしパンプスの踵もガツガツ鳴らして走っちゃう。急がないとコゼットお義姉様のやる気が! モチベーションがっ!


「マリー!」

「っ! 魔法使いさん?」


 マリーちゃんがどこにいるかなんて想定もつかなかったから、最初に出会った暖炉のある部屋に飛び込んだ。もちろんマリーちゃんは暖炉の横に座ってる。こういう時のご都合主義は便利で大変よろしい。


「マリー貴女、お城から舞踏会への招待状が来ている事は知ってる?」


 名前を叫んで登場した時点で台無しだけど、それを挽回するためにもできるだけ威厳ある口調を意識して喋る。まずは事実確認から。知ってるけど関係のない話だと追いやられた場合と、まだ知らない場合とでは焚き付け方が変わってくる。「あ、それ知ってます」とか言われたら魔法使いさんの威厳は床下までめり込んでしまう。


「お城の舞踏会、ですか?」


 よっし、まだ情報未到着!


「ええ、お妃様選びの舞踏会を行うんですって。今あなたの義理の母親と姉たちがその話をしているから……」

「分かりました! 行ってきます!」


 すくっと立ちあがったマリーちゃんは、あの軽やかな足取りで部屋を飛び出していった。呆然と見送る羽目になった私は、止めようとして差し出した行き場のない自分の手をじっと見つめる。


「えっ、待って私まだ途中までしか喋ってない」

「内川さん追いかけてください。物語内での重要場面はしっかり見届けるのもお仕事ですよ」

「はいっ!」


 おはぎさんに言われて私も部屋を飛び出す。往復ダッシュしんどい! 廊下に出ると丁度継母さんたちがいた部屋の扉が閉まったばかりだったので、なんとか核心に近い会話には間に合いそうだ。

 出た時同様に勢いよく扉を開けると、マリーちゃんのはきはきとした声が飛んでくる。


「お義母さまお義姉さま! 私も舞踏会に行きたいです!」

「おはぎさん、シンデレラってあんなぐいぐい行く子だったっけ?」


 ド直球にもほどがある。


「マリー落ち着きなさい。貴女はお城に行って何をするつもりなの?」

「王子様と結婚したいです!」


 継母さんの険しい表情にも負けず、全力で前のめりな良いお返事が返ってきた。


「マリーちゃんちょっと肉食すぎません?」

「内川さんがこうなる事を想定してマリーを呼びに行ったんですから、その役目をしっかりと全うしているんですよ」

「わぁ、優秀だなマリーちゃんは」


 もう何も言うまい。私はマリーちゃんを焚き付けた本人だ。コゼットお義姉様のやる気を出すためには、マリーちゃんが舞踏会参加を羨ましがらなきゃいけないのは事実だから、うん、仕方ない。


「マリー、こちらにいらっしゃい」

「はいお義母さま」


 眉間に皺をくっきり刻んで、継母さんがマリーを呼ぶ。これはコゼットお義姉様からじゃなくて継母さんからの虐めになるのか?


「貴女はもう、必要最低限の事くらいは理解していると思い込んでいた私にも非はあると認めましょう。ですがさすがにそろそろ世間というものを知りなさい」


 おや? 虐めじゃなくてお説教?


「私は……お城に行ってはいけないのですか?」

「マリーはお城で何が行われるのかを理解していますか?」

「王子さまが、お妃さまを選ぶための舞踏会を」

「きちんと分かっているではありませんか」


 はぁ、と肩の荷でも下りたようにため息を吐いた継母さんだけど、マリーちゃんの顔を見てもう一度ため息を吐いた。


「王家が嫁取りをするのですよ? マリーが選ばれたら誰がこの家を継ぐんですか」

「え」

「あ」


 マリーちゃんと私の声が綺麗に重なる。

 そんなの考えた事もなかった。シンデレラは王子様と結婚して、義理の姉たちは高位貴族と結婚したり鳥に目くり抜かれたりして、その後は? シンデレラが生まれ育った家はどうなった? お父様が生きてるバージョンであれば、継母さんにもう一人頑張ってもらうって可能性もあるけど。いやいや、継母さん何歳よ。当時の平均年齢を考えたら今から三人目は命がけすぎない?

 何を言ったらいいか分からなくて、継母さんを指さしておはぎさんに目で訴えかける。


「こちらもリアル至上主義の方々から生まれた疑問です。家を継げる正しい血統を持つのは、一人娘であるシンデレラではないのか、と」

「でも、でもですよおはぎさん、例えば……えっと、待ってください……あ、商売! 商売の方はほら、番頭さんみたいな人が正式な跡取りよりも優秀で店を任されるとかありますよね! 貴族の場合は遠縁から養子をもらったり!」

「そういった事例であれば考えられますね」

「ですよね!」

「それに関する決定権を持っている父親はもういない訳ですが」

「あう」


 舞踏会に招待されたのは国中の女性、なんて言いつつも結婚適齢期に限ってるはず。義理の姉たちは十代半ば。シンデレラはさらに年下。成人扱いされる年齢が今よりも低い当時であっても、さすがに今のマリーちゃんは未成年だろう。未成年の令嬢ってどこまで家に関する権限持ってるんだろう。


「マリー、今回舞踏会を開く王子は王太子殿下です。我が家に婿入りしていただけるお立場でない事は理解していますか?」

「でも私は王子さまと結婚したいんです!」


 私がどうにかマリーちゃんを嫁入りさせられないかと唸ってる横で、マリーちゃんは挫けずに肉食系女子を発揮している。これ、シンデレラの設定から離れていってない?


「我が家にはお義姉さまがいるじゃありませんか! ジャヴォットお義姉さまかコゼットお義姉さまがお婿さんをとればっ!」

「マリー」


 継母さんが静かに一言名前を呼んだだけで、その場の空気ははぴしりと引き締まった。これが、女手一つで苦労して娘二人を育て上げた者の威厳か。


「マリーがジャヴォットとコゼットを実の姉のように思ってくれていたとしても、あの子たちは私の連れ子。この家と家名を継ぐ正当な血は流れていないのです。分かりますね?」


 お義姉様方を実の姉のように思ってる訳じゃなさそうだけど、自分の幸せのためならその他の物全部あげちゃいそうではあるな。困った。マリーちゃんがどんどんシンデレラ感を失っていく。


「でも、でも、お義姉さまたちは行かれるんですよね?」


 継母さんがこめかみに指を当て、苦い顔をしている。

 そんな母親の様子を見て、二人の“いじわるな”義姉が互いに小さくうなずき合った。


「マリー、貴女そんな恰好でお城の舞踏会に行く気?」


 ジャヴォットお義姉様はパンッと威嚇するみたいに扇を広げ、口元を隠してうっすらと目を細め侮蔑の表情をマリーに向ける。今まであまり感情を見せないような顔しか見てなかったから、これはなかなかの迫力がある。


「これはただのお仕着せです。ちゃんと着飾れば私だって……」

「着飾れば? マリー、あんたは自分が出来損ないだって理解してる? 舞踏会に参加して、この子が私の義妹ですって紹介しなきゃいけない私たちの気持ちが分かる?」


 ジャヴォットお義姉様に負けじとコゼットお義姉さんも嘲笑う表情になった。一応焚き付け作戦は成功か?

 新たな問題が発生してしまったけど、コゼットお義姉様を舞踏会に行かせるという課題はクリアできたっぽい。さてじゃあ次の問題に取り掛からねばとマリーちゃんを見ると、すでに扉から走り去る背中だけになっていた。


「待ってマリーちゃん!」


 私の制止なんか聞こえちゃいない。制止の声が届かないのなら、私も全力で追いかけるしかないだろう。何度同じ廊下を走らせるんだ。しかも全速力で。

 思いのほか足が速いマリーを追いながら長い廊下を走る。これが王子様から逃げ切った脚力かと称賛を贈りたい。そして重みはないけど、私の肩の上で優雅に風を切ってるおはぎさんの姿が今は腹立たしい。


「内川さん息が切れていますよ。あちらは深窓の御令嬢なのに」

「じゃあおはぎさんも自力で走ってみてはいかがですかね!?」


 まさか日々の運動不足がこんなところで祟ってくるとは。


「自力で走っても私は構いませんが、よろしいのですか?」

「よろしいって、なにがっ、ですかっ!?」


 言葉が途切れ途切れになる。


「アヒルが自力で全速力で頑張って走るんですよ? 私、大変可愛らしくなってしまいますよ?」

「よろしくねぇですわ!」


 想像してしまった。ぺったぺった必死で走るおはぎさんなんて絶対可愛い。そんなのが自分の後ろから一生懸命ついてきてたら私は確実に立ち止まる。手を広げて迎え入れてしまう。マリーちゃんかおはぎさんかなんて選択肢を与えられたら、まず間違いなく私はおはぎさんを選んでしまう。今の私がやるべきはマリーちゃんを追いかけて物語をあるべき姿に近寄せる事! おはぎさんと戯れるのはその後のお楽しみ! その時は覚悟しとけ!


「内川さん何か言いました?」

「言ってません!」


 暖炉がある部屋への三度目になる暖突入を果たすと、さっきと同じようにマリーちゃんは暖炉の横に座っていた。違うのは、その目から涙がはらはらと流れている事。


「マリー」

「魔法っ、使いっ、さん」


 しゃくりあげながらマリーちゃんは顔を上げた。

 泣きはらした顔も綺麗なんだから世の中って不公平だよなぁ、なんて思いつつ、そもそもこの子は「美しい」って属性を付けられた存在だったなと思い直す。マリーちゃんが欲しかったのは、美しさじゃなくて優しい家族だったのに。


「私もっ、舞踏会に行きたい」

「うん」

「私だってっ、王子さまとっ」

「そうだね」


 喋りながら、またマリーちゃんの目からは綺麗な涙がはらはら零れ落ちる。


「マリー、まだ詳しくは説明できないけど、私が貴女を舞踏会に参加させてあげる」

「本当ですか?」

「もちろん」


 理由付けも方法も何も決まっていない。でも、この世界のご都合主義である私がシンデレラを舞踏会に参加させるのは確定させなければいけない。だってシンデレラは、王子様に選ばれなきゃいけないんだから。


「シンデレラは王子に見初められる成功譚ですからね」


 おはぎさんも私の決意を後押しするように頷いてくれる。


「マリーはね、幸せになるの」

「私が、幸せに?」

「うん」


 幸せ、と言葉の意味を噛み締めるようにもう一度ぽつりと呟いたマリーちゃんは、まだ少しぎこちないけど、ようやく笑顔を見せてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る