第3話 王子様は無限に湧く

「そう警戒しないでくださいよ内川さん」


 こんな選択肢もあるよね、って確認を取ったら全部採用されてしまった。そんなモノを見せつけられて、それでもまだ饒舌に喋れるほどの度胸なんかない。


「今回の事は特殊なパターンなので安心してください。本来の内川さんのお仕事は、内容の確定ではなく修正ですから」

「でもお父さん死亡説が確定しちゃったじゃないですか……」

「それは内川さんが、存在しているいくつもの設定全てを当てはめようと考え、その設定全てを採用しても大きな矛盾が発生しない内容だったからです」


 当てはめようと考えたんじゃなくて、こういうバージョンもあるよね? って確認しただけなんですけどね?

 ……ん?


「おはぎさん! 私、シンデレラが継母と義姉に虐げられてるのを父親に言っても、父親は発言権が低いから改善されなかったってバージョン知ってます! この場合父親は生きてないとまずいですよね!」


 どうだ! これで盛大な矛盾が発生したぞ! これで死亡説も相殺されて、父親設定自体がなかった事に!


「すでに父親死亡説が採用されてますので、今から生き返らせるのは無理です」

「これまでの雑さで採用してくださいよ!」

「設定も修正も、先に言った者勝ちみたいなものですから」

「……決定事項は何しても覆らないんですか?」


 脱力のあまりしゃがみ込みつつ、効果はあるか分からないけど上目遣いでおはぎさんに訴えかけてみる。訴えかけたかったけど、おはぎさんは私とほぼ同じ位置に顔があるから、上目遣いが成功してる気がしない。なんなら睨み付けてるに近いかも。気持ち的にはそっちの方が正しいからまあいいか。


「覆す方法は皆無ではありませんが、内川さんには向かない方法だと思いますよ?」

「あるんですか逆転方法!」

「最初からやり直せば自動的に」

「過ぎた事を悔やんでも仕方ないですよね! 残念ですがお父様には天の国からマリーちゃんを見守っていただく方向で!」


 事前準備を整えてからのリアルタイムアタックを目指している訳じゃありませんからね! 攻略本を作ろうとしてる訳でもありませんしね!


「内川さん」


 いける、やれる、まだ大丈夫。


「内川さん」

「っはい!」


 危険そうな設定にはできるだけ近寄らないようにして、原作の設定とかもう無視してマリーちゃんの動向だけ観察してればよくない? なんて後ろ向きな事を考えてたら、心の中を読んだかのようにおはぎさんのくちばしが側頭部に刺さった。


「内川さんが行うべき仕事が何か覚えていますか?」

「物語の修正、ですよね?」


 舞踏会前からシンデレラとお知り合いになったり、マリーちゃんの父親像を色んな作品から引っ張ってきてキメラにしちゃったり、修正とは程遠い事してますが。


「修正する内容については覚えていますか?」

「修正の内容ですか? えっと、物語の概念が大幅に逸脱しないようにするんですよね?」

「その通りです。では今まで内川さんが行った設定付けで、物語の概念が破綻するような事はありましたか?」


 だから原作にはない行動を、と言おうとして思いとどまる。

 名付け親とか木とか魔女とか妖精とかのご都合主義装置は、シンデレラとの初体面が舞踏会の日とは書いてない。父親が商人でも、貴族でも、お亡くなりになられていても、そもそも作中では影が薄いからストーリー進行に問題はない。そうか、本当に問題ないんだ。


「え、じゃあ私は何を修正するんですか?」

「やっぱり貴女、私が人間形状だった時にちゃんと話聞いていませんでしたね?」

「あー、いやー、その、あっ、ほら! あの時はまだ私混乱してましたし?」


 おはぎさんの、じっとりとした目が刺さる。地味にくちばしよりも痛い。


「昨今の情勢に合わせて物語は変容していきますが、その変容が過剰になった場合に上手くつじつまを合わせて物語の概念から逸脱しないように修正するのが、内川さんのお仕事です」

「過剰な変容ですか」

「よく引き合いに出されるのは赤ずきんですね。本来ならば狼に食べられて終わるか、狼が退治されて終わるか。どちらにしても物語の主軸は、若い娘は狼に狙われないように気を付けなさいという教訓です。ですがどちらの内容も子供向けではないとされ、最後は反省した狼と友達になってめでたしめでたし、というハッピーエンドが存在するんです」

「自分を食べた狼と……お友達に?」


 赤ずきん、それはもう心優しいとか心が広いとかそういう問題じゃないわ。危機管理能力が激しく欠如してる。別の日に別の狼に出会っても、普通に「お友達になりましょう」とか言うわ。親御さんの心配が何一つ伝わってない。


「なんでそんな事になっちゃってるんですか赤ずきんは」

「おそらく、狼であるというだけで迫害や差別を行うべきではない。話し合えば種族は違えと手を取り合う事ができる、といった教訓にしたのでしょうね」

「伝えるべき教訓がすり替わってますが!? あっ、それを元に戻すんですか、私が」

「はい」


 そんな根本部分が改変された物語を、どうやって修正しろというのか。お友達になる前に猟師に脳天撃たせるとか? 違うな、辻褄を合わせろって言ってたから、お友達になったふりをしただけで狼は実は赤ずきんを騙してました、とかかな?

 

「こういった“当時は通用した教訓”が時代に合わなくなったからと改変された物語は、修正が難しいんですよ。今回が初めての内川さんには荷が重いので、もう一つ物語の中で発生するつじつま合わせが必要な事象を担当してください」

「時代に合わせて、みんな仲良くぬるま湯ハッピーエンドになってしまった物語とは別なんですか?」

「別と言いますか」


 おはぎさんは小さくふるふると首を振った。心なしか座りが深くなり、胸の丸みが増したように見える。


「物語の中で起こる出来事に対し、現実的ではないと否定する声が大きくなると影響を受けてしまうんですよ」

「童話に……リアルを求めるんですか?」

「童話の非現実的部分に注目し、それが何かしらのメタファーだと推測するくらいなら構わないんですけれどもね。例えば内川さん、灰かぶりという物語の舞台はどんな時代だと思いますか?」


 言われて、ぐるりと室内を見渡す。

 やっべ、マリーちゃん放置してるわ。ごめんもうちょっと待ってて。

 床には絨毯、壁には植物総柄壁紙、猫足の家具、ちゃんと窓には硝子が入っている。ろくな知識はないけど、この感じだと多分……。


「中世よりは近代寄り? って、さっきおはぎさんが言ったじゃないですか! 皆がなんとなく想像する近世ヨーロッパだって!」

「言いましたねそういえば。ではその頃の身分制度を考えてください。本当に自国の王や皇帝が、素性の知れない人間の参加できるような舞踏会を開くと思いますか?」

「それは、だって、王子様に一目惚れしてもらうためにはまず出会わなきゃいけないから……というか、そのありえない身分差の恋がシンデレラストーリーですよね?」


 さらりと文句を聞き流されおはぎさんを睨んでやろうかと思ったけど、その後の王子様論で眉間にしわが寄った。

 いや、そこ疑問持っちゃう? だってシンデレラでしょ? なんでって聞かれても「それがシンデレラだから」としか言えないけど。


「はい、それがシンデレラストーリーです。ですが、実際にそういった疑問の声は存在するんです」

「ファンタジーにリアル持ち込んでどうするんですか。そんな事言ってたら、ドラゴンとかエルフとかが出てくる作品は全部読めないじゃないですか」

「リアル至上主義の方々が考える事は私にもよく分かりませんよ。ただ、そういった疑問の声が物語を変容させているんです」


 首からすらりと魅惑の湾曲を描くおはぎさんの身体では分からないけど、多分これが人間だったら肩を落としてたと思う。これは面倒な事を押し付けられた時の顔だ。表情ないけど。


「という訳で内川さんのメイン業務は、物語の大筋を変えずにリアル至上主義者の方々も納得できるような理由を考えていただく事です」

「無茶言うな」


 すみません即答させていただきました。無茶振りにもほどがある。何をやらせようとしてるんだこのアヒルは。実際に痛くはないけど、頭が痛くなりましたアピールも兼ねてこめかみに指を当てる。ここまで盛大な前振りをしていただいた後だけど、さすがにこれは無理だ。

 ちらりとおはぎさんを見ると、つぶらな瞳が私に向けられている。そんな顔したって無理なものは……これどんな顔だ? エフェクト、おはぎさんエフェクト出して。


「おはぎさん、あの、ですね。それは私にはちょーっと難しいんじゃないかなぁ、と思うんですが」


 真顔というか感情が読めない目で凝視されると、見た目が最強に可愛いおはぎさんでも結構怖い。


「あの、おはぎさん?」


 せめて、せめて何か言って。ほぼゼロ距離からの無言凝視はつらい。


「私でも、できる内容、なんでしょうか?」


 とにかく何か喋ってもらいたくて、少しだけ前向きな返事をしてみる。途端に、ぱぁっとおはぎさんから喜びの感情だろうなというエフェクトが出てきた。


「もちろんです。そのために私というサポートがいるんですから! まずは“そもそも出会えるはずがない問題”についてを教材にして、予行練習をしてみましょう!」


 うん、いい笑顔。やっぱりあの感情を見せない無言凝視は意図的にやってたのか。


「さて内川さん。内川さんご自身は、王族主催の舞踏会に素性の知れないシンデレラが乱入できると思いますか?」

「現実的に、の話ですよね? 多分無理だと思います。王子の嫁探し舞踏会真っ最中のお城がそんなザルな警備っていうのはちょっと。よその国の王女だと勘違いしてたとしても、招待状も持たないシンデレラはつまみ出されるんじゃないですか? というかどこぞの王女様だったら国際問題になるんで余計に無理ですよ」

「では逆に考えましょう。貴族かもしれないし大商人かもしれない、少なくとも本来であれば王子との面通りも難しい身分の男の、その娘であるシンデレラが正式な招待状も持たずに参加できる舞踏会の規模とは?」


 なるほど、身分の低いシンデレラを城にねじ込むんじゃなくて、シンデレラが迎え入れられる城の方を用意する。シンデレラのいる場所に私が行くんじゃなくて、私が行く先にシンデレラがいるのと同じ考え方でいけばいいのか。


「身元不明のシンデレラが入城できたのは、見た目が王女レベルだったから……つまり……あ! 馬車! 立派な馬車と豪華なドレス! 王女くらいの地位にいないと揃えられないような恰好してたから、それが身分証明代わりになったんですね? だとしたら、実際の身分は不明でも札束着て歩いてるシンデレラを結婚相手に選んでもおかしくないくらい財政が危ない国だったとか」

「それであれば国政のためにという理由が付けられますね」

「ですよね! 王家に嫁げるレベルじゃないシンデレラ一家も招待する非常識さとか、身元調査もしないまま一目惚れで結婚を決めるとか、よく考えたらもっとちゃんと国の事考えろよって感じですもんね! 持参金目当ての結婚なんだとしたら、一番金かけた恰好してる女性を狙えばいいだけだし、ある意味国のための政略結婚と言っても過言ではない!」


 一目惚れとか頭お花畑か? なんて思ってたけど、王子は自分の身を犠牲にして札束と結婚したのかもしれない。一目惚れしたのは、シンデレラの顔じゃなくて背負った札束の方だった。シンデレラに登場する王子がどんな人間かなんて深く考えた事なかったけど、これはちょっと面白いな。


「……でもおはぎさん」

「はい、なんでしょう」

「この設定でいくと、魔法が解けたシンデレラはお金持ちじゃないってバレちゃうじゃないですか。だとしたらガラスの靴がぴったり履けても求婚はされないんじゃないでしょうか」


 自己犠牲のシンデレラと自己犠牲の王子様、実は良いコンビなんじゃない? と国の行く末なんか考えたところで脳内国王がストップをかけた。


「ガラスの靴の持ち主を嫁にするっていう告知はしちゃったけど、そこはほら、シンデレラにしか履けないようなサイズの靴でしたし。シンデレラの存在を見なかった事にすれば告知の撤回もできる訳ですし……」


 いざとなれば、身分詐称で不敬罪とか全部シンデレラが悪かった事にもできる。それが身分差で権力だ。


「ではどうしましょうか」


 おはぎさんは優しい声で、羽でふぁさふぁさ私の頭を撫でながら聞いてくれる。私は自分で言った内容に勝手に落ち込んで、じっと絨毯を踏みしめる自分の靴を見た。

 せっかく王子様に手を取ってもらえたと思ったら、それが自分を床に引き倒すための手だったなんて。さすがにシンデレラが可哀想すぎる。いっそガラスの靴なんて履けなければ罪人扱いにもならずに済んだのに。


「内川さんはシンデレラに感情移入しすぎる傾向にありますね」


 ダメ出しのような言葉だったけど、後頭部のふぁさふぁさが大振りになったから多分頭をぽんぽんと叩いてる感覚なんだろう。特にエフェクトは出てないけど、私をなぐさめようとしてるのが分かる。


「内川さん、困った時は頼ってくれてもいいんですよ。私は内川さんのサポートが仕事ですから」


 床に落としていた視線を上げると、おはぎさんは私の顔をのぞき込むようにして首を傾けていた。


「おはぎさん……えっと、やっぱり金目当てのプロポーズだとハッピーエンドに辿り着けない可能性が高いと思うんです。だから“シンデレラストーリー”にするためには、ちゃんとシンデレラ本人を見て選んでくれる王子様じゃなきゃいけなくて……」


 そんな王子様は架空の物語にしか存在しない。そんな事は分かってるけど、それでもシンデレラには王子様が必要なんだから仕方ない。


「リアル至上主義の方々にはですね」


 おはぎさんは言う。


「リアルをぶつけてやればいいんですよ」


 くちばしは硬いから口角なんて上がらないし、目尻が下がる事もない。でも確実に今のおはぎさんは悪い顔をしていた。


「当時は数々の物語が紡がれ、語られ、現在でも童話集などにはいくつもの物語がまとめられていますよね」

「えっと、はい」


 壮大すぎる長編の童話は滅多にないから、文庫本サイズで数十話収録されている物もある。


「王子の人数、多すぎると思いませんか?」

「王子様が多すぎる?」


 そんなに大量の王子様が出てくる話あったっけ? お兄様がやたらといる姫の話はあったな。


「童話の中には気軽に王子が出てきますよね。そんなに大量の結婚適齢期王子が、同時期に存在していたのかという事です」

「それはちょっと……確かに子沢山すぎですね。ヨーロッパってハーレム文化ありましたっけ」

「大奥や後宮など多くの女性を胎として集めるのは、どちらかとえいば東洋的な文化ですね」


 一つの童話には一人しか出てこない王子様も、大量の童話を集めれば異様な人数になる。シンデレラみたいに王家に嫁ぐにはちょっと身分が……という女性と結婚する王子がそんな大量にいてたまるか。いや、庶民派好みの王子が一人いてあちこちの女性に手を出してるとか? なんだその泥沼。


「内川さん、王子様と聞いて思い浮かべるのはどんな人ですか?」

「次期王位継承者?」

「それでは女王や女帝も、元王子という事になってしまいますよ」

「えぇ……それじゃあ、王様から生まれた男の子?」

「それは紛う事なき王子様ですね。内川さん、日本に王子様はいますか?」

「日本は王制じゃないので……。あ、でも中大兄皇子なんかは“おうじさま”ですね!」


 白馬に乗った王子様って言い方はは日本独自らしいし、日本にもいたわ王子様。


「そう来ましたか。では内川さん、現代の日本で“王子様”と呼ばれるのはどういった人物ですか?」

「へ?」


 現代の日本には、王子様はおりませんが?

 王子様なんて呼ばれるのは精々……。


「あっ! わー! そういう事ですか! 金持ち爽やかイケメン好青年!」

「だいぶ直接的な表現をしますね。ですがそういう事です。王子様、と呼ばれるだけなら王位継承権を持っていなくてもいいんです。一般人にとって、雲の上の存在であるだけで王子様扱いされても不思議じゃありません」

「と、いうことは、シンデレラに出てくる王子様も王子様じゃない可能性が!?」

「言葉が足りていませんが、辿り着いていただきたかった結論はそこです」


 当時の平民からしたら貴族籍を持ってるだけで充分王子様だ。本物の王子様なんて見た事ないだろうし、きっと見分けもつかない。上品なお金持ちが全員王子様に見えても全然おかしくない。


「自分が住んでいる村の領主様、くらいの規模で王子様の条件はクリアできちゃうんですね?」

「はい。日本でいう“うちの殿様”くらいの感覚でしょうね」

「はー……なるほど。それならちょっとお金持ちの領民が舞踏会に参加するのもあり得ない話じゃないですね。よその国の王女様も他家のご令嬢レベルまで落とせるから、求婚しても国際問題まで大きくはならない」


 シンデレラ、王子様に見初められても問題ない! シンデレラと王子の出会いは可能です!


「そっか、そういう風に考えればいいのか。王子様が多すぎるなんて考えた事もなかったです。王子様は無限に湧き出てくるものだとばかり」

「無限湧き王子ですか。それもちょっと面白いですね」


 くっくっく、とおはぎさんから笑い声が聞こえる。


「今後も私が答えられる限りの情報は提供します。この調子で修正をお願いしますね、内川さん」


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