二十
子規は俳句に執着している。彼が高等中学に通っていた頃、江戸期に繁栄した
のちにこの作業は刷新への手がかりとなり、明治二十五年に子規は新聞「日本」の誌上に「
肺臓を結核菌に貸し与えている子規に残された時間は少ない。彼の抱えている肺結核は、明治の世において
結核菌はその間も活動を続けて増殖していく。増えた結核菌たちは、住まいとする肺臓だけでは飽き足らず、血管を介して
子規はそのような病を抱えたがために
句会の席上で、
子規は句会を終えると行動に移った。鴎外に声をかけ、
しかし、鴎外にはそれが既知の事実として脳中にあり、子規の「獺祭書屋俳話」を読みくだし、それに続く俳句の教則本ともいうべき「
(正岡くんは何を言いたいのだろう)
と子規の真意を測りかねるが、疑問は告げずに、
「ふむ、それで」
と、かわりに
「その道は半ばながら、あしはいずれ短歌の
そういったあと、鴎外に女性歌人を紹介して欲しいと頼んだ。子規が不意に女性歌人に興味を抱いたのは、俳句の分類に没頭するような彼の粘り強い習性と、病を抱えたことによる焦燥とが結実し
雑誌の目次にある何人かの女性歌人の中から、子規は一葉に興味を抱いた。それは鴎外が一葉のことを
「つてもなければ住まいも知らぬ。当然ながら会ったこともない」
と、鴎外はそっけなくいった。
そのとき、子規の表情は悲哀に満ちていた。眉尻は下がり、唇は
(なんとまあ、子供のようだ)
と思った鴎外は、
「いまの歌人は
と子をあやすように慰めた。
現に、一葉は歌人としては平凡であったといえる。その短い生涯において四千首を超える和歌を詠んでいるが、歌詠みとしてはさほど名声を得たとは言い難く、文壇が求めていたのはやはり小説となるだろう。
しかし子規はあきらめなかった。現況を見極めることも刷新には必要であるという。
「それならば森さんの妹さんはどうじゃろか」
子規は食い下がるが、
「あれはいま家事や育児に忙しい」
鴎外は
「では周りの者にも一葉の所在を聞いてみよう。何かあれば連絡するよ」
と答えてやった。子規の表情は鴎外の脳中に深く刻まれ、それが斎藤緑雨との一件につながり、
「それから何日か経って、森さんからきた葉書をみて、あしはたまげた」
と、目の前に座る一葉に、子規は興奮しながらいった。
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