②クーデター
西暦250年、春。
張政は、魏の中郎将である難升米を東倭国王にと、大倭連合の倭王天帯彦に書面で任命を依頼した。
「天帯彦様、近畿奴国と、旧狗奴国、狛国、越国にも伝えました。
難升米殿を東倭国王とする事に、異議は有りませんでした。
若し有ったとしても、異議なぞ言わせません」
ところが、この件を納得できない者が、近畿には多数いた。
まず、近畿奴国の連中で、少なくとも京都盆地や大阪平野の一部を新たな領土に、旧狗奴国の兵士や農民を奴隷に、出来るものと考えていたからだ。
次に、旧狗奴国王一族の卑弥氏で、氏は句呉国の末裔の本家であり、分家の天氏が旧狗奴国の全部を取り上げて、全てを東倭国にするとは考えてもいなかった。
そうは思っていても、大倭連合の倭王に異議を唱える決心はつかなかった。
西暦251年、春。
正式に、難升米が新たな東倭国の王となり、大毗毗(おおびび)と名乗った。
大毗毗は、春日の伊耶河宮で近畿を統治し、精力的に政略結婚を進めた。
丹波の匈奴の娘と結婚して生まれたのが、彦由牟須美である。
大毗毗には天氏と匈奴の血が混じっていたが、更に濃くなった。
卑弥弓呼の二番目の嫁と結婚して、御真木入彦が生まれた。
御真木入彦にも、大毗毗と同じように、天氏と匈奴の血が混じっていた。
丸迩臣の祖先の妹と結婚して生まれたのが、彦坐である。
彦坐のやしゃごが、息長帯姫になる。
息長帯姫には、天氏の血が、色濃く残っている。
そんな中、大毗毗ではなく天帯彦に反対の声を上げ、クーデターを起こしたのが、旧狗奴国武官の多芸志彦・将軍の諸進・副将の刺肩別である。
多芸志彦が、諸進と刺肩別に命じた。
「卑弥弓呼様や狗古智卑狗様は、倭王の天帯彦や倭女王の卑弥呼様に遠慮して異議を唱えなかったのに、天帯彦が卑弥呼様を殺してしまった。
このままでは、卑弥弓呼様や邪馬壹国王の卑弥彦様の命もどうなるか分からない。俺たちはどうなっても良いが、お二人の命は必ず守らなければいけない。
張政を人質に取り、お二人の命を救うのだ」
「オー。必ずや、お救い申し上げるぞ」
諸進と刺肩別は、全身に血が漲るのを感じた。
筑後奴国軍や投馬国軍など、殆どの大倭連合軍は、既に地元に引き上げていた。
残っているのは近畿奴国軍と張政軍に、東倭国軍となった旧狗奴国軍だけであった。
多芸志彦は東倭国軍に声を掛け、狛人と越人にも頼み込み、近畿奴国軍と張政軍が占領する纏向の都を秘かに取り囲み、静かに攻撃を仕掛けて行った。
地の利は多芸志彦に有った。少ない人数でも、包囲は簡単には解けなかった。
クーデターは、大倭連合軍に鎮圧されるはずだったが、「天帯彦には反対」の声が以外にも列島中に拡散し、倭王である天帯彦も鎮圧に乗り出さざるを得なくなった。
筑後奴国と、投馬国に邪馬壹国も加わって、加盟国同士で大規模な戦闘が始まり、互いに殺し合い千人が死んだ。
東倭国王である大毗毗(難升米)も死んだ。
大倭連合にとっては大きな損失であり、連合に加盟するそれぞれの国にとっても、大きな禍根を残すこととなった。
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