③水攻め

西暦242年、秋。


 多芸史彦は、諸進と刺肩別に、改めて命じた。

「大堰川の脇の崖を崩して川を堰き止め、亀岡城を水攻めにしろ。抵抗する者は皆、捕まえて殺してしまえ」


 そうは言ったものの、この後、亀岡城攻めは長丁場となった。

 大堰川が丹波高地を横切る辺りの崖を切り崩して、川の堰き止めには成功したが、     

川の水は時間を掛けて、徐々に徐々に、亀岡盆地に広がるだけだった。

 ダムに出来た湖の様だったが、盆地は広く湖が深さを増すには時間が必要だった。

川の水が満ちて、亀岡城が水没するのがいつになるのか、誰にも分からなかった。

 

 それから三か月が経った頃、やっとのことで、亀岡城の周りにも水が堪り始めた。兵糧が尽きる頃、でもあった。


西暦243年、春。 


 城の周りを囲む狗奴国軍の陣に、騒ぎを聞きつけた伊都国の難升米が駆け付けた。

「多芸志彦殿、困りましたな。形だけでも謝罪と弁償をすればよかったのに。

 大倭連合の天帯彦様ばかりか、卑弥呼様に対しても弁明が出来なくなりましたぞ。

 元はと言えば、狗奴国側からの仲裁の依頼に、卑弥呼様が天帯彦様に口添えをし、私が使者として大陸に渡り、魏の国の支援を受けて、仲裁を行ったものです。

 それを、近畿奴国の僅かな干渉に大げさに反応し、奴国軍を殺すばかりか奴国領に侵攻し、亀岡城を火責めにして水攻めまで行うとは、言語道断だ」


「そんな事を言われましても、困りますな。元は近畿奴国が勝手に侵略したのです。それをさて置き、謝罪と弁償なぞ、出来る筈が無いでしょう。

 こんな事になるのなら、仲裁など頼まなければ良かったと、後悔しています。

 卑弥弓呼様も狗古智卑狗様も、亀岡城攻めを了承されております」


 倭女王卑弥呼と狗奴国男王卑弥弓呼が不和、と言う話はこの時からである。


 多芸志彦は、難升米がどうしても卑弥弓呼様を説得したいと言うので、奈良の都へ案内して、纏向の宮城に参内した。

「卑弥弓呼様、今日は命を懸けて、説得に上がりました。

 近畿奴国の、侵略と嘘には我慢出来ないでしょうが、匈奴とはそんなものです。

 まともに相手しては、何時まで経っても、戦争は終わりません。

 やはり、大倭連合と魏の支援を得て、奴国が勝手を出来ないようにするべきです。

 そのためにも、大倭連合と邪馬台連合の、大連合を目指しましょう」


「難升米よ、余も随分と我慢したつもりだ。

 ところが、奴国は性懲りもなく、わが領土を狙い続けている。

 聞いた話では、匈奴自身は農耕が出来ず、食料を作れないそうだ。

 そんな輩だから、大連合を結んだところで、大人しく約束を守るとは思えない。

 かつては邪馬台連合と大倭連合の大連合を考えていたが、今となってはどことも、大連合を組む意味や利益が考えられなくなった。

 この上は、邪馬台連合の総意として、いかなる国いかなる連合とも、妥協しない。

 行く行くは邪馬台連合として倭の国を統一し、狗奴国が宗主国として邪馬台連邦を作り上げる事にする。

 伊都国も邪馬壹国も、連邦に加入するなら、喜んで歓迎する。

 不弥国も、希望するなら加入は認めるが、大倭連合は解散してもらうつもりだ。

 近畿奴国と筑後奴国は、残して置く訳には行かない」


 難升米にいくら説得されようとも狗奴国は、卑弥呼弓を始めとして狗古智卑狗も、謝罪と弁償の話を聞く耳を持たなかった。


 難升米は流石にあきらめて、すごすごと筑紫へ帰って行った。

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