第三章 奴国侵入  ①侵入開始

西暦239年、夏。


 難升米は、魏の朝廷への朝貢を終えて、大倭連合の伊都国に帰ってきたが、今回は皇帝の喪に入ってしまったため、魏の国の武力の支援を得られなかった。


 難升米は、元は委奴国の武官なので、奴国との連合を考慮してか自分では動かず、伊都国の文官の爾支に、狗奴国と近畿奴国の和平交渉の斡旋を託した。


 筑後奴国の文官ジマクも、近畿奴国の交渉窓口を説得するためとして派遣されて、伊都国の武官セモクとエコクは、交渉の立ち合いとして駆け付けた。


 そもそも、大倭連合軍と邪馬台連合軍では、戦闘能力に大きな差があった。

 

 大陸や半島に近い大倭軍では鉄製の武器が当たり前だが、遠い邪馬台軍では鉄器の数が限られていた。 

 だから剣を使う一対一の接近戦に於いては、銅剣を使う狗奴国軍より、鉄剣や鉄戈を振り廻す奴国軍が、圧倒的に強かった。

 匈奴は体が大きく力があり、強い弓を引けたので遠くに矢を飛ばすことも出来た。山間部の戦いにも慣れていて、全般的な戦闘力では明らかに勝っていた。

 

 案の定、近畿奴国は斡旋を受け付けなかった。

 

 そのため、爾支は成すことなく伊都国へ帰って行った。セモクとエコクはもう暫く説得を続けるとして、近畿奴国に残った。


 皮肉にも、公孫氏の支援を受けて近畿奴国の侵攻を防ごうとの狗奴国の目論見は、外れるどころか逆に、奴国連合の侵攻に火を点ける結果と成ってしまった。

 交渉のため大阪平野を訪れた筑後奴国の文官ジマク、伊都国の武官セモクとエコク共に、京都盆地や大阪平野から奈良盆地の、魅力に気付いてしまったのだ。

 

 この交渉の後、兵庫の北部を領土とする近畿奴国が、狗奴国の領地の京都平野を、虎視眈々と狙う様になった。

 大倭連合が公孫氏に武力の支援を求める使者を派遣したが、上手く行かなかった事が伝わると、卑弥呼や倭王が紛争を止めようとしている思いと逆に、狗奴国との境界の丹波高地に居た近畿奴国軍の兵は、我先に侵略を始めようと沸き立った。


 大倭連合と邪馬台連合を揺るがす大事件は、秋が過ぎるのを待って勃発した。


西暦239年、冬。

 

 冬を迎えて奴国軍は、あろうことかセモクを軍師にエコクを参謀として、山陰道の老ノ坂峠を越え、狗奴国が関所を築く京都平野に侵攻して来た。


 その日は朝から、凍てつく寒さだった。雪が朝日に照らされて、煌めいていた。

 小畑川の水も全て凍っていて、吐く息が真っ白になる程だった。

 兵士の興奮はピークに達し、熱気で頭から湯気がもうもうと立ち上がっていた。

 京都の冬は寒いが、匈奴には全く支障がなくて、逆に川が凍るので好都合だった。

 奴国軍の先陣の一塊が木の茂みに隠れ、木立の間から京都平野を見下ろしていた。


 狗奴国軍は、関所の柵の向こうで、焚火を囲みながら談笑している。


「今日が、貴様らの命日になるのも知らないで、いい気なものよ」

 奴国軍の偵察の兵士が、独り言を言うのと同時だった。


「突撃」

 偵察兵が前線に戻る前に、先陣を指揮する将兵が命令を下し、五百人程の奴国軍が一団となって、狭い峠を駆け下りて行った。

 

 狗奴国軍は予め奴国の侵攻に備え、峠の出口に関所を作って長い塀を設け、簡単には侵入させない工夫をしていたが、奴国軍は周りの山のあちこちから塀の境を狙い、まるで蟻の行列のように大量の兵が押し寄せて来た。

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