言葉

「ふぅ、トイレ行ってこよう。赤ちゃんを見ててね」

 

「だぁー」

 

「……」




 

「だぁー、だぁー」

 

「あー、お腹すいたなぁ」

 

「だぁー……。……やれやれ、どっこいしょっと。いやー、あなたも大変ですな」

 

「……えっ!?」

 

「いつもお疲れ様です。しょっちゅう私の世話を任されて大変でしょう」

 

「えっ!? えっ!? ……喋ってる!? 流暢に日本語を!?」

 

「そこまで驚かなくても。何かおかしいですかな? 私に話しかけられるとは思わなかったとか?」

 

「そりゃあそうでしょう……。だってあなたはまだ0歳の赤ちゃんで、言葉なんてわからないはずじゃ……」

 

「まぁまぁ。堅苦しいことは言いっこ無しにしましょう。隠し事なんてしなくても、我々は家族じゃないですか。どれ、ミルクでも飲みますか? 私の飲みかけとなってしまいますが、今は持ち合わせがこれしかなくて」

 

「赤ちゃんが……普通に、何ならおっさん口調で喋ってる……。ついこちらも敬語で返してしまうほどの貫録を携えて……」

 

「おや、喋るくらいそんなに特殊なことではないでしょう、あなたもこうして喋っているし。私だっていずれは言葉を話せるようになるのだから、それまでの時期が少し早まっただけですよ」

 

「いやいやいや、時期、早まるにも程があるでしょう!」

 

「私なんてそんな驚くような存在ではないですよ。まぁ、自分で言うのも小っ恥ずかしいですが、いわゆる神童というやつですな。なに、20歳を過ぎればただの人、と言いますでしょう。持て囃されたとしてもしばらくの間だけですよ」

 

「もう既に達観すら極まってるじゃないですか……」

 

「おっと、もちろん母上と父上には内緒ですよ。急に赤ん坊がこんなベラベラ喋り出したら驚かせてしまいますからな。機を伺いつつ、神童の片鱗は小出しにしていく計画です」

 

「きちんと今後の人生設計まで組んでいるんですね……」

 

「ここで相談なのですが、両親にとって私が最初に喋る言葉は何が良いと思います? 『ママ』や『パパ』が無難かとは思うのですが、そのどちらかに初の言葉を捧げてしまうともう片方に対して少々不公平でしょう。とはいえ公平を期して『ご両人』だとすると初めての言葉としてはインパクトが内角をえぐり過ぎる気配もしますし。ここは『ワンワン』あたりが妥当なラインでしょうかね?」

 

「ま、まぁそれでいいんじゃないでしょうか……」

 

「それと二足歩行も可能ではあるのですが、まだしばらくはハイハイでいないとまずいですよね? 移動速度的にまどろっこしい部分はありますが……我慢の時ですね。ははは、実はこっそりスキップの練習もしているのですよ」

 

「アスリートの才能まであるんですね……」

 

「私なんて全然ですよ。あなただってそのくらいできるでしょう?」

 

「そりゃまぁ、二足歩行もスキップもできますけど……」

 

「おっと、少し喋り過ぎてしまいましたね。母上がトイレから戻ってきそうです。とにかく、これからもよろしくお願いします。この気持ちが理解できる者同士、家族として仲良くしていきましょう」

 

「は、はぁ……。まぁ、隠し事をするのは私も得意ですから……」




 

「ふんふーん♪ 良い子にしてた? 2人で仲良く遊んでたのかなぁ?」

 

「だぁー」

 

「ワン」

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