7「女神の干渉」
目が覚めると、そこはまだミマスと戦った旧王都の城、謁見の間だった。
「あ、やっと起きた! 遅いよラック」
「エルナ……?」
目の前の、結構近い場所にエルナの笑顔。後頭部に感じる柔らかい感触。
これはまさか、何故かわからないけど膝枕をされている!?
「っ――い、今の、状況は?」
途端恥ずかしくなり、起き上がって照れ隠しをするようにそう尋ねた。
状況――そうだ、セトリアさんのファイブナンバーズの反動で倒れたんだ。
そしてすぐに気づく。やけに静かなことに。膝枕なんてしてたらセトリアさんがブチ切れそうなのに。僕と同じように気絶したままなのだろうか。
「ん……?」
視線の先に、ケンツが妙なポーズで立っていた。慌てた様子でこっちに手を伸ばし、だけど、その瞬間固まってしまったような感じだ。なにしてるんだ? その横にはセトリアさんが倒れていて、中途半端に手を上げていた。手を伸ばそうとしているみたいだけど、そこからピクリとも動かない。
「あのねラック。信じられないと思うけど、時間が止まってるみたいなんだよね」
「――は? そんな……」
そんなバカな。そう言いかけて、そんなことができそうな存在に思い当たる。
「よくやりましたね、ラック。お見事です」
「――転生の女神!?」
突然、周囲が緑色の光で包まれ、謁見の間の玉座の上に転生の女神が現れた。
「な、なんで急に現れたんだ? しかも時間を止めるなんて、そんなことできたのか? ていうかエルナが――!!」
何故か止まっていないエルナの存在を思い出し焦る。なんでエルナは動けている? ていうかこれどう説明すればいいんだ? 今思いっきり転生の女神って呼んじゃったぞ。もう誤魔化しようがないんじゃないか?
「あはは……実はラックが気を失っている間に、もう女神様とはお話してるんだ。だから焦らなくていいよ」
「え? えぇ? 女神と話したって……なにを、どこまで」
「ラックってすごかったんだね。40回も転生して、魔王と戦い続けてたなんて……。本当にすごいよ」
「――――!!」
言葉を失い、僕は口をパクパクさせながら女神の方を見る。説明、してくれ。
「言いたいことはわかっていますよ。ですが……どうしても、彼女に謝罪したかったのです。そのためにはラックの転生の話をする必要があると思いました。あなたも、彼女には話そうと思っていたのではないですか?」
「それは――……まぁ」
エルナだけじゃない。ケンツとセトリアさんにも、話さないといけないだろうなと思っていた。とりあえずエルナへの説明は省けたけど……。
転生の女神、エルナと話をした後に一旦消えて、僕が目覚めるのを待って出直したってことだよね。なにしてるんだろう。
まぁそんなことどうでもいいか。
「……で? 女神。どうして急に、現れたんだ?」
何度か呼びかけたことはあったけど女神は応じなかった。聞きたいことはたくさんある。
「あなたが魔王ミマスを倒したからです」
「ミマスを……?」
「もとより私は、世界の外側から干渉することはできても、内側、世界に存在する者への干渉があまりできません。その上、魔王の存在は私の力を強く阻みます。そのせいで一度しか声をかけることができませんでした」
「そう……だったのか?」
僕にスキルを授けて、転生させる。これが外側からの干渉ということだろう。
だとしたら、今のこの状況は? かなり強力に内側に干渉している。魔王を倒したからって、ここまでのことができるのか?
「今、こうして時間を止められているのは何故なのか、疑問に思っていますね?」
「そりゃあそうでしょう。しかも姿まで見せているじゃないか」
「それも、あなたが魔王ミマスを倒したからです。魔王が持つエネルギーが放出され、私は一度だけ、世界に内側から干渉する力を得たのです」
「……そんな話、初めて聞いたんだけど」
「そうですね。魔王を倒したのは今回が初めてですから」
「うぐっ!?」
――そうか、そういうことか。これまでの転生でも、もし魔王を倒せていたらこういう展開が待っていたってことか。
死ぬほど痛いところを突かれて僕は胸を押さえる。
「さあ、私とこうして話せるのは今だけです。時間はそんなにありませんよ。聞きたいことがたくさんあるのでしょう?」
「――ある! なんでミマスがこの世界にいたんだ! 魔王はいないんじゃなかったのか?」
ずっと聞きたかったことだ。転生の際に聞いた話と違う。
「そうですね、これは私も想定外の出来事でした。……どうやらこの世界には、私と同等の力を持つ何者かがいるようです」
「……え? 同等の力って……まさか、他に神が……?」
「いいえ。神ではありません。どちらかといえば――魔の者、魔王に近い存在でしょう」
「魔王……? いや、どういうことだ? まったくわからないんだけど?」
女神は魔王がいない世界を選んだと言った。でも魔王に近い存在がいて、そのせいでミマスも現れた?
「巧妙に存在を隠していたのです。自らの力を使わず、隠れ――私がラックを転生させ、世界に干渉するのを待っていた」
「僕が転生するタイミングを狙って、そいつもなにかしたってこと?」
「そういうことです。その者は、かつてラックが戦ってきた魔王をこの世界に呼び寄せた。死んでいる者は転生させ、生きている者は魂の複写をする」
「そんな……ん? 待ってくれ、その言い方……他の魔王も、いるのか? この世界に? ていうか、死んでいる魔王?」
だめだ、聞きたいことが多すぎて混乱する。どこから聞けばいいんだ。
「落ち着きなさい。あなたは知る由もありませんが、あなたの死後に倒された魔王は多く存在します。心当たりがまったくないわけではないでしょう?」
「それは……」
ある。ほとんど無いけど、いくつかの世界では、もしかしたらという考えが。
「そしてこの世界には――ミマスの他に、あなたが戦った38の魔王が存在しています」
「う……うそ、だろ? そんなの、なんでわからなかった……」
いや、僕の転生のタイミングで干渉したというのなら、女神にだってどうしようもなかったのだろう。でもだとしても、色々おかしいような。
「時系列のズレを気にしていますね? あなたの転生のタイミングと言いましたが、世界への影響にはズレが起きます。まぁ誤差ですが、今から40年ほど前から干渉を受けているでしょう」
40年って誤差なのか? 神の感覚はわからないけど……。
「40年……そうか、この旧王都も」
「そういうことです」
何者かの干渉により、この世界に魔王が現れたのが40年前。それと同時に、王都が奪われている。
「……ミマスがこの王都を奪った?」
「いいえ。ミマスはその時にはまだ存在していません。別の魔王が関わっているのでしょう」
「そうなのか……」
ミマスではない。となると、心当たりは旧王都の構造を変える力を持つ魔物。やはり魔王なのだろう、そいつが奪ったと考えるべきか。
……どの魔王だろう。ちょっと見当がつかなかった。
「まだ聞きたいことがある。どうしてこの世界に、魔力制御の宝珠や、聖剣ヒカリノ束があったんだ?」
「それ、聞いてしまいますか」
「え? そりゃ……まぁ」
なんだ、この女神の反応。嫌な予感がする。
「この40回目の転生で、ボーナスを付与したのを覚えていますね?」
「まぁ、覚えているけど」
ちらりとエルナを見る。彼女は話についていけているのか、いないのか。黙って真剣な顔で僕たちの会話を聞いていた。
女神が言うには、彼女自身がボーナスらしいが……。
「ですが、あなたの記録から求めているものが見つからなくて。魔王、というワードで検索したのです」
「はぁ……検索??」
ちょっと僕もついていけない話になってきた。
「おかげですぐに見つかったのです。もちろん、その際に検索に使った『魔王』は消してから付与しましたよ? ですが、魔王に因縁があるものが付随していることに気付かなかったのです」
「魔王に、因縁がある……」
確かに両方ともそうだと言えるだろう。よくわからないが、ボーナス付与の時に見た水晶玉が濁っていたのを思い出した。つまり余計なものまで一緒に付与してしまったというわけだ。
「――ですが! 結果的にそれが助けになりました。ファインプレイというやつですね」
「……よくわかりません」
まぁでもその2つのアイテムが無ければ――より悲惨な結果になっていたのは間違いない。
感謝するべきなのかなんなのか。
「じゃあもしかしてスキルもそうなのか?」
ケンツ、セトリアさん、エルナの3人はスキルを持っていた。それどころかミマスまで。
「――いいえ。それは違います。先ほど話した魔王に近い存在が、あなたが使った39のスキルを世界にばらまいたのです」
「……え? そ、そんなことまで、できるのか? 何者なんだよ、そいつ……」
女神と同等の力と言っていたけど、下手したら女神よりすごいんじゃないか?
「こほん。失礼なことを考えているようですが……聞きたいことは、以上ですか?」
「い、いやまだあるって! ……さっき、エルナに謝罪したいって言ってたけど」
僕の中で、今一番聞きたいのはエルナのことだった。でも彼女の前でどう聞いたらいいかわからず、まずはそこから入る。
「それはもちろん、巻き込んでしまったからですよ」
「巻き込んだ……?」
「え? どういうこと??」
ずっと黙っていたエルナも、さすがに自分の話になると声を上げる。
「先ほど言った通り、私は世界の内側からの干渉ができませんでした。ですが、ラックの側に現れるように誘導したのです。これにはかなり力を使いましたが――とにかく、それによってあなたの運命は変わったでしょう」
エルナの運命――まさか、彼女の過酷な人生は――。
僕が女神を見上げる。睨んでいたかもしれない。だけどそんな僕を見て、女神は小さく首を振る。違う、のか?
「エルナ。あなたには、幸せな人生を送らせてあげたかった。ラックとの出会いも、違うものにしてあげたかったのです。申し訳ありません」
「え? え? ま、待ってください! えーと? よくわからないんですけど……」
エルナは腕を組んで考え始める。それはそうだ、女神の話は説明が足りていない。
だけど彼女は自分で答えを見付けたのか、考えを話し始める。
「確かにわたし、これまで大変でした。色んな悲しいことがありました。でも……今は、今を楽しんで生きています。ワーク・スイープのみんなは優しいし、楽しいし。宿舎での仕事もやりがいあります。そして……こうやって、念願だった旧王都にもこれちゃいました。ラックが魔王を倒す手助けもできました。だから謝らないでください、女神様。わたし、割と今を満足してるみたいですから」
エルナの言葉を聞き、ゆっくりと目を瞑る女神。
「……そうですか。その言葉を聞けて、よかったです。これからも、ラックをお願いしますね」
「はい! 任せてください。バリバリ働かせて、最強の冒険者にしてみせますから!」
「……いやそういうことじゃないと思うんだけどな。――エルナ? あれ?」
拳を握るエルナ。その姿のまま、ピタッと止まっている。
「ここからの話は、あなたと2人だけの方がいいでしょう」
「ああ……」
確かに、その通りだ。やっと一番気になっていることを質問できる。
「エルナは……20回目の転生の時の……パーリア、なのか?」
「……はい。あなたの幼馴染みだった少女の、転生です」
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