6「冒険者、ラック」
「わたしのお母さんとお父さん、呪いについてかなり詳しく話していたよ」
エルナが魔剣に魔力を流し込みながら話し始める。
幸い、ミマスは本当に待ってくれるようだ。……1回目の転生の時もそういうところがあった。自分の強さを誇示することがなによりも大事で、正面から挑んでくる相手に万全な状態を望む。そして、攻める時も正面からぶつかり、しっかり準備をした相手を蹴散らすのだ。
……もし今回放っておいたら、ミマスはカルタタに直進して来たかもしれない。そう考えると、緊急依頼ですぐに動いた判断は正しかったのだろう。
「邪龍の呪いがわたしに宿ったこと、お母さんは全部わかってた。わたしを生むときに邪龍の声が聞こえたとかでね」
邪龍の呪いについてはギルド長が調べてもなにもわからなかった。リンガード王国も把握できていなかった。にもかかわらず、エルナの両親は呪いが移ったことにすぐに気付いて解呪しようとしている。それにはそういう事情があったらしい。
「わたし、呪いのせいで、周囲の魔物から魔力を吸い上げちゃうんだって。近くの魔物はそれでいなくなって……あ、だからかな。魔物が少ない場所って言われてたの」
「――! 魔物が……」
ギルド長の報告で、エルナたちは魔物が少ないことで有名な場所に移り住んだと聞いた。でも実は順番が逆で、エルナが来たから魔物が極端に減少し、有名になったのかもしれない。
「エルナ、魔力を吸収してしまうのって……魔物だけだったの?」
「うん。……呪いは、集めた魔力で邪龍が復活するためのものだから。純粋に魔物の魔力だけを集める呪いだったみたい。しかも、それには生まれたばかり赤ん坊がいいんだって」
「邪龍が、復活――!?」
――そういうことか! 邪龍が死の間際に残した呪いが、いったいなんのためものか気になっていた。
自分が復活するため。ちゃんと呪う理由があったのだ。
もしかしたらそうやって倒した相手を呪い、復活を繰り返しながら、永い時を生きてきたのかもしれない。
「最悪だよね、ほんと……。でも、お母さんが呪いを解いてくれた」
「……え? 解いた? でもエルナの中には魔力があるじゃないか」
「ううん、呪いはそのものは解けてる。お母さんが命を賭して解呪してくれた。そのことも、ちゃんと覚えてる……」
「――――!」
エルナのお母さんは、呪いを解く際に命を落とした……!?
産後の容態が悪かったのではなく、解呪のために命をかけたのだ。
「……お母さんのおかげで、邪龍が復活する可能性はなくなった。でもね、それまでに吸収して蓄えた魔力はそのまま。しかも後遺症みたいに微量の魔力を吸収し続けてる。だから……いつ魔力が暴走しちゃうかわからない。わたしの魔力が不安定だったのって、これが原因なんだろうね」
エルナの中には、今も膨大な魔力が蓄えられている。
不安定だったのは魔力制御の宝珠が強く効きすぎていたんだと思っていたけど――どうやら、それだけじゃなかったらしい。後遺症の微量な吸収のせいで、魔力が増える度に宝珠の力が発動し、そのせいで増えたり減ったり不安定になるんだ。
「お父さんは、呪いの後遺症と残された魔力をなんとかしたかったみたい。それでこの旧王都に……。
ほんと、なんなの? 邪龍って。人を不幸にするだけの、最悪の呪いだよ……」
「――っ!」
僕は痛いほど拳を握り、怒りに震えていた。
エルナの言う通りだ。最低で、最悪な、理不尽な呪い。
(よりによってどうしてエルナが! そんな呪いを受けなければならなかった!)
原因も経緯も違うのに。これじゃ20回目の転生の時と同じだ。
あり得ない量の魔物の魔力を無理矢理注入された、あの子と同じじゃないか!!
「ええい、まだか! もう待てぬぞ!」
「ぐっ――! 勝手な……!」
魔王ミマスが剣を地面に叩き付ける。待つと言ったクセに急かしてきた。
ただエルナの魔力はもうほとんど込め終わっている。奴もそれを感じたのかもしれない。
エルナの呪いに、運命に、こいつは関係無い。
だけど戦う前に聞くことがある。
「――魔王ミマス! 答えろ、僕たちをここに連れてきた、あの闇はお前の力か!?」
旧王都の最奥とも呼べる、王城。謁見の間。ここに一瞬で僕らを運んだのはあの闇だろう。
でも、僕が知る魔王ミマスにそんな力はなかった。
「ふん――あれは借り物だ。以前、我の獲物を奪った詫びにな。もう使えぬ。なんだ、そのようなことを気にしていたのか?」
「か、借り物?」
やはりミマスの力じゃない。でも借り物だって? いったい、誰から――。
「さあもういいだろう。我とその剣で戦うのは誰だ?」
さすがにもう答えてくれそうにない。でも、1つわかったことがある。
ミマスは一年半前の、エルナのお父さんたちの行方不明についてなにも知らない。
ここで倒してしまっても、手がかりはなくならない。
ズオオオオォォォォ!!
その時、エルナの魔剣から凄まじい魔力が溢れ出した。
「っ……はぁ、はぁ。さすがにちょっと疲れたけど、できたよ、ラック! これでいいんだよね?」
「――あぁ!」
僕は今度こそエルナから魔剣を受け取る。握ると剣が震え、手のひらに魔力の波動が鼓動となって伝わってくる。まるで剣自体が生きているかのようだ。
「セトリアさん! 4本指で、僕にスキルを使ってください!」
「4本ですって? なにが起きるかわからないんでしょう?」
「はい。でも……おそらく、一定時間超人的な力を得る効果です。僕の時はそうでした」
「賭けってわけね。――わかったわ」
スキルの効果は違っても、根本は変わらない。系統は近いものが発動すると思う。
どんなにすごい魔剣でも、僕の剣技ではミマスに勝てない。それは聖剣を手にした時に思い知った。
4番目の効果は反動も恐ろしいが、ミマスに勝つにはもうそれに賭けるしかない。
「ケンツ、援護を頼む」
「俺、こう見えて結構ボロボロなんだぜ? ま、やってやるさ」
「それからエルナは――」
隣のエルナは、決意を込めた強い瞳を僕に見せる。
――そうだよね。エルナは、そうでなくちゃ。
「エルナ、君もケンツと一緒に援護をお願い」
「了解! ふふっ、ラックとわたしが組めば、最強なんだか。あーんな、手がかりなんにも持ってないヤツ、とっとと倒しちゃお」
「だな!」
僕はエルナと共に、魔王ミマスを見る。
――いける。僕たちなら、魔王に勝てる。
「くっくっく……はっはっは! とっとと倒すか。まさか勝てると思っているとはな! いいだろう、さあ来い! 魔力の剣、その力を見せてみろ!」
「――今こそ言うぞ、魔王ミマス。その余裕が、お前の敗因だ!!」
僕は右手で剣を握り、力の入らない左手を添える。実質片手で持っているようなものなのに、剣の重量はほとんど感じない。
魔王に向かって駆け出すと同時に、後ろからセトリアさんの支援スキルが届く。
「ファイブナンバーズ、だったわね。ちゃんと発動しなさいよ!」
親指以外の四本指を僕に向け、眩い真っ白な光が僕を包んだ。そして――。
「――これはっ!」
光は輝くマントとなり、僕の体を覆う。
身体が軽い。左腕が思うように動く。力が湧いてくる!
やっぱり超強化の効果だ。僕の時は漆黒の翼を纏い、猛スピードで飛び回りながら戦えた。それとは見た目も性能も違うようだ。少なくとも超高速で飛行はできそうにない。
だけど身体能力の向上は同等。これなら、ミマスに太刀打ちできる!
「むっ……異様な力だ。まだそのようなものを隠していたか。では、こちらも全力で受けるとしよう」
ミマスは持っていた剣を投げ捨て、新たに別の剣を手のひらから取り出す。
それは黄金に輝く剣だった。しかし取り出した瞬間どす黒いオーラに包まれ、黄金は不吉な黒に染まってしまう。
そのオーラはエルナの魔物の魔力とは違った。もちろん人間が持つ魔力でもない。目にしただけで嫌悪するような気持ち悪さがある。
それは――呪いの感情。人の妬みと怨嗟が寄り集まったもの。
1回目の転生で魔王が握っていたのもあの剣だった。あれは無数にある奪った剣ではない。ミマス自身の剣だ。
「お前は我を魔王と呼んだな。では名乗ってやろう。――我は魔王ミマス。最強の剣と技を以て、お前の希望を打ち砕く」
「僕は冒険者、ラックだ。エルナの魔剣でお前を討ち、目の前の絶望を打ち払う! ――いくぞ!」
僕は魔剣を手に、魔王ミマスに斬りかかる。
先程、腕を切り飛ばされて気絶している最中に思い出した、最初の感情。魔王を倒したいという願いを、炎のように胸に灯す。
剣の柄から凄まじい魔力が吹きだし、剣が走る。目にも留まらぬ速さで振り下ろした剣は、しかしミマスに受け止められる。激しく強くぶつかり合う。
(強く、ぶつけ――)
魔王を倒したい。それは僕の中にある強い願い。1回目の転生はもちろん、2回目も、39回目だって、ずっと願ってきたのだ。諦めることが嫌いで、どんなに負けても挑み続けた。
色んな世界を見てきた。魔王の力が強すぎて人間は何も出来ず、滅びを待つだけの荒廃した世界があった。
一方で、人間が力を持つ世界もあった。しかし均等な力は戦いを長引かせ、幾度となく悲劇が繰り返され、世界が疲弊していくのを見る事になった。
苦しくても笑う世界があった。魔王と戦いながらも生活を守り、仲間と笑い合う。次の日死ぬとしても、今日生きたことを笑い合おう。人の輪に入るのが苦手な僕も、強引に手を引かれ笑い合った。――だけど一ヶ月後にはみんないなくなって、僕は一人で魔王に挑んだ。
諦められない。諦めるわけにはいかない。諦めないことを女神に褒められたけど、違うんだ。強い想いを、世界のすべての人の想いを、魔王にぶつけるために。戦い続けただけなんだ。
ミマスが強引に僕の剣を弾く。強化された力で踏ん張り、無理矢理体を捻り、熱く焦がれるように追撃を繰り出した。
(熱く、焦がれ――)
魔王と対峙すると、僕の心の中に炎が燃え上がる。身体は熱を帯び、一撃を入れるごとに焦がれ、泥臭く、獣のように追い求め、熱く、熱く、熱く! 滾る血液を力に変えて、渾身の一撃をぶち込んでいく。
転生する前、最初の世界で、僕はなにもできなかった。理不尽に殺されるだけだった。だから立ち上がる。何度でも立ち上がる。あの屈辱を忘れない。あの悔しさを忘れない。魔王を倒したいと願った。僕に機会があれば、力があれば、必ず倒してやると。
――自信がある。あの時、あの場所で、誰よりも強く、熱く、焦がれたのだと。だから僕は女神に選ばれ、転生を繰り返し、魔王と戦い続けているんだ。
ミマスが剣で薙ぎ払う。僕はそれを真っ正面で受け止めた。身体が押され、潰されそうになるのを必死に堪える。
(暗く、沈み――)
40回転生したということは、同じ数だけ魔王に殺されたということだ。死の間際の暗い感情。沈む意識。二度と味わいたくない死の感触、悍ましい暗黒を、40回。
だけど願いだけは忘れなかった。死の世界に落ちても、沈んでも、熱き願いだけは胸に抱え、もがき這い上がろうとした。
あぁ――そうだ。手を伸ばした先に、光があったんだ。今ならわかる。それは色んな世界の、すべての人の希望。闇も影も暗黒も、すべてを照らす光。僕は導かれ、そうして女神と出会ったんだ。
僕の願いだけじゃなかった。希望があったから、僕は40回も転生したのか。
ミマスの剣を受け流し、そのままミマスの胸を切る。だけど同時に、僕も左肩を切り裂かれていた。
(痛く、抉り――)
斬られた肩に激痛が走る。抉られるような痛みだ。だけど死ぬときの痛みとは違う。この痛みは僕がまだ生きている証。生きているなら戦える。
希望の光はいくつもある。斬られたなら斬り返せばいい。抉るような斬撃をやつに食らわせてやれ! 僕はまだ生きているんだ。だから見ていてくれ。この背中を見ていろ。僕に希望を託した世界たち。僕は戦っているぞ。魔王と戦っているんだぞ。僕の背中に希望を見付けろ。必ず、倒してやるから!
切り裂かれた左肩が、しかし瞬時に回復した。
――これは、このマントの力か? セトリアさんのファイブナンバーズ、四番目は――超回復もついている!
多少なら斬られても問題ない。僕はさっきまで以上に強気に剣を振るい始めた。
さすがの魔王も、一歩、引いた。
(固く、渇望した――!)
魔王の力を、僕の固い意志で抑え込む。願う。世界が望んでいる。この魔王を倒すことを。
さあ今こそ、40回の転生の果て、魔王に剣を突き立てるのだ。
ケンツ。セトリアさん。ワークスイープの冒険者たち。これまで共に戦った仲間たちを思い浮かべる。そうだ、みんな仲間なんだ。一人じゃない。この魔王を倒すのは僕だけの力じゃない。みんなの力がこの手にこもっている。熱い想いが胸にある。
これこそが――僕が、渇望していた仲間なのか。
不思議だ。さっきまでの熱い気持ちはあるけれど、それ以上に嬉しくて、苦しいのに笑みが浮かぶ。どこかの世界の誰かが言った。苦しくても笑え。笑ってみせろ。勝機を生み出すのは余裕の笑みだ。だから笑え。剣を振るい、高らかに!
「っ――ハハハッ! そんなもんか魔王ミマス!! 僕の方が、強いぞ!?」
「ほざけ! 受けてみよ、我が紅蓮の炎を! 怨嗟も、嫉みも、執念も、すべてを灰にする炎を!」
ミマスの全身の炎が膨れあがり、僕は距離を取らされた。
炎はもはや人の形をしていなかった。ただの巨大な炎の塊だ。
だけど僕には見えた。燃え盛る炎の中に、焼かれながらも剣を掲げて立つ王の姿が。
そして一瞬だけ、そこに城が見えた気がした。見たことのない異国の城が、炎に包まれている光景を。それはおそらく、ミマスの、その剣の――。
ブオォォォォ!!
「なっ――!!」
突如、炎が長く伸びて剣のように斬りかかってくる。咄嗟に剣で受けた。
速い。セトリアさんの支援スキルが無ければ反応できずにやられていた。
そして一振りでは終わらない。次から次と無数の炎が伸び、襲い掛かってくる。対応はできるけど――問題は、向こうの間合いが伸びたこと。こっちの剣が当たらない。なんとか懐に潜り込む必要があるのに、手数がそれを許さない。
そしてなにより、時間をかけられるのがマズイ。
スキル、ファイブナンバーズの4番目は効果時間が短い。短期決戦用のスキルだ。
僕の時は44秒しか保たなかった。セトリアさんが使う場合何秒だ? ぶっつけ本番でいつ切れるのかわからない。切れたら終わりだ。反動で完全に動けなくなる。だから長引かせるわけにはいかないのに――。
ドゴンッ!!
その時、後ろから魔力の塊が飛び出した。あの紫色の魔力、エルナの援護だ。
しかしそれはミマスには当たらず、近くの柱にぶつかった。崩れた柱の破片が宙に舞う。
「ミマス! お前の相手はラック一人じゃねぇぞ!」
チラっと後ろを見ると、ケンツが両手に二本ずつのナイフを持って構えていた。
それを見てミマスが激昂する。
「剣士! お前の出る幕ではない! わからぬか!」
ミマスの怒声に構わず、ケンツは四本のナイフを投げつける。ミマスは避ける素振りすら見せない。だけど、そもそも彼のナイフはミマスを狙っていなかった。その頭上、エルナが破壊した柱の破片にナイフが当たる。
――カンッ!
その瞬間、そこから影の刃が飛び出す。スキル、マナエッジだ。ケンツはさっき、エルナの刀だけで戦っていた。ナイフは使っていない。ミマスは知らないだろう。彼のスキルは、投げた先でも発動できることを。
カカッ――カカカカッ――カカカカカカカカッ!!
しかも影の刃がぶつかった先からも、分裂するようにして新たな刃が飛び出した。これには僕も目を見開く。投げた先で発動させるのすら僕にはできなかったのに、そこからさらに増やすなんて! あのスキルの先に、こんな可能性があったのか――!
「これが俺の奥の手だぜ。降り注げ、
増殖した影の刃がミマスに降りかかる。
「ぐおぉぉぉ!」
マナエッジ――ケンツは違う名前で呼んでいたけど、特性が同じならば発動元の強さでマナエッジの強さも変わる。そして、ケンツが投げたのはエルナが創り出したナイフだった。小さくてもエルナの膨大な魔力が宿っている。威力は申し分ない。それが増殖し、降り注いでいるのだ。ミマスの炎が徐々に削れてく。
ドゴォォォ!
さらに、エルナが魔力を飛ばして今度は天井を崩す。落ちて来た瓦礫に、新たなナイフを投げるケンツ。
「まだまだ! エルナちゃん、どんどん投げるからナイフ出してくれ!」
「うん! これくらいならいくらでも作れる!」
ケンツは次々にナイフを投げ、瓦礫から影の刃が増殖、降り注ぐ。無数の刃はミマスの炎を削り落としていき、やがて――もとの大きさ、人の形まで戻った。
「へっ、どうだ! さあラック! やっちまえ!」
「あぁ! ありがとう、ケンツ、エルナ!」
僕は間合いを詰め、ミマスに斬りかかろうとする。
「ぬぅぅぅ! だから、どうした! 貴様のその剣で、我の剣に敵うと思っているのか!」
バチィィィィ!!
剣と剣がぶつかった瞬間、強く弾かれてお互い仰け反る。
エルナの魔剣とミマスの剣。まるで反発しあっているようだ。
――互角。これでは僕の方が時間が足りなくなってやられる。
だけど、間合いが同じにならば。僕にはある。もう一つ、魔王を倒す力が。
戦いの最中に気付いた。
天井に穴が開いても暗雲からは光が差さない。それなのに、最初の時よりも辺りが明るくなっていることに。
見上げなくてもわかる。僕らの頭上には、いくつもの光が浮かんでいる。
左腕を掲げ、僕は叫んだ。
「集え、希望! ――聖剣、ヒカリノ束――!!」
浮かんでいた全ての光が左手に集まり、僕はそれを掴み取る。
一際強い光が辺りを照らし――手の中に、光の剣が現れた。
希望の光を束ねて剣にする。これこそが、聖剣の真の姿。魔を討つ希望、その具現だ。
「ぐおぉぉ! やめろ、その光は――!」
光を浴び、仰け反るミマス。
僕はその隙に懐に入り込み、聖剣を横に構えて薙ぎ払う。ミマスは咄嗟に自分の剣で防いだ。
――しかし光の聖剣がミマスの黄金の剣とぶつかり合うことはなく、すり抜ける。
ただすり抜けただけじゃない。手応えがあった。
聖剣は斬ったのだ。剣に宿る呪いの力、そのものを。
その証拠に、ミマスは剣を取り落としていた。
「我の、呪いが……おのれ!!」
剣を失ったミマスが僕に掴みかかる。
呪いを斬ったのは聖剣だった。だけど、
「最初に宣言したぞ! お前を倒すのは、この、エルナの剣だ!!」
聖剣を手放すと、パシュッと弾けて消える。僕は両手でエルナの魔剣を握り直し、魔王ミマスが伸ばした手を掻い潜り、その炎の中心に魔剣を突き出す。胸元を貫いた。
「ぐおぉぉぉぉ!!」
瞬間、剣身から紫色の魔力が吹きだす。炎の中で暴れ狂い、バチバチと弾け飛ぶ。それが全身に広がっていく。
「魔王……いや、宝剣ミマス。お前の呪いは断ち切った。お前に宿った妄執の念は、もう消えたんだ」
「我の真実まで、知っているのか……? お前は、いったい」
「ちょっと年季の入った、諦めの悪い冒険者さ」
「……冒険者、ラック。忘れぬぞ、その名……」
バシィィィィィィィィ!!
次の瞬間、激しく膨張した魔力が爆発し、ミマスの炎が弾け飛ぶ。同時に空に一条の黒い閃光が走った。暗雲を貫き、しかし飲み込まれるようにして消えてしまう。
やがて嵐のような魔力の奔流が収まると――彼がいた足下には、黄金の剣だけが残されていた。
――ミマス。
1回目の転生時、聖剣を見つけた場所に手記が残されていた。
すでに途絶えてしまっていたが、聖剣を管理する一族が事の顛末を記録していたのだ。
かつて、大きな国があった。そこには建国以前から伝わる聖剣があり、国宝として扱われていた。
しかし聖剣はあまりにも古いため、式典の度に持ち出していては壊れてしまう。そうなる前に、式典用の新たな装飾剣を作ることにした。
そうして作られたのが、宝剣ミマス。
その素晴らしい出来栄えに、いつしか宝剣は国王の証として扱われるようになった。
ある時、国の王子たちによる王位継承争いが起きる。
一人は宝剣ミマスを手に、継承権を主張する。もう一人は、聖剣を手に継承権を主張した。
ドロドロの内乱の末、勝利したのは宝剣ミマスを持つ王子。もう一人の王子はその宝剣で討たれたのだった。
王となった王子は同じ惨劇が起きないよう、聖剣は内乱で失われたことにして、北方の洞窟に隠した。
しかしそれでも悲劇は回避されず、宝剣ミマスを巡って何度も争いが起きた。
結局、内乱中に隣国に攻め入られ――疲弊していた国は成す術なく、戦火に飲まれる。
敗戦が濃厚になり、略奪を嫌がった時の国王は、城も街もすべてを焼いてしまったという。
妄執、妬み、民たちの絶望。そのすべてを宿した宝剣は、呪いの剣となり、炎の中で魔物として生まれた。
そして隣国を滅ぼし、世界に破滅をもたらす魔王となる――。
僕はミマスが遺した黄金の剣を拾い上げる。
もともとは呪いの剣などではなく、とても美しい祝いの剣だった。
ミマスのことを許すことはできない。ただ、討つことで。終わらせてやることはできた。
「うっ――あ……」
突然、全身の力が抜けた。剣を落とし、僕はその場に倒れてしまう。
セトリアさんのスキル、白い光のマントが消えている。時間切れだ。
「おい、ラック! どうした!」
「ラック! って、セト姉も倒れちゃった! どうしよう!」
(スキルの反動……セトリアさんも動けなくなるのか?)
効果時間は僕のより長めだったけど、反動が大きいな……。
そんなことを考えながら、僕の意識は落ちていく――。
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