4「魔王」
闇に包まれていたのは一瞬だった。すぐに視界が晴れる。
そして景色が変わっていることに気付く。僕たちは建物の中、広大な広間の中央に立っていた。だけど亡霊と戦っていたギルド長も、エドリックさんたちも、どこにもその姿が見当たらない。
――闇に覆われたほんの一瞬で、僕たちがまったく異なる場所に飛ばされたんだ。
エルナ、ケンツ、セトリアさん。固まっていたからだろう、4人が一緒なことだけは救いだった。
改めて周りを見回すと、均一に配置された石の柱と、微かな灯りに照らされた風化した赤い絨毯が目に入る。正面奥には豪奢な玉座があり、まるで王様の謁見を受けるための場所のようだ。いや、ここは本当に――。
「……まさか、ここは……」
「見てわからぬか? 王の謁見の間だ」
「――――!!」
その声に、咄嗟に僕とケンツが前に出て剣を構える。
最初見た時は誰もいなかったのに、いつの間にか玉座の前には燃えさかる獄炎の騎士、剣王本体がいた。
幅広の巨大な剣を床に突き立て、柄に両手を添えて立っている。
まさかとは思ったけど、本当に謁見の間なのか? つまり旧王都の王城の中!?
剣王と対面する場としては相応しいかもしれないが、こいつの狙いは――。
「用があるのは魔物の魔力を持つ少女なのだがな。まぁよい」
やはりエルナだ。僕たちはくっついてきてしまっただけ。ギルド長やレナさんたちみたいな強さもない。気にも留めない、どうでもいい存在なのだろう。
だけど向こうはそうでも、僕には用がある。
僕は剣王に向かって、その名を呼ぶ。
「――魔王、ミマス」
「貴様……どうしてその名を知っている?」
忘れるはずがないだろう。それは、僕が一回目の転生で戦った魔王の名前だ。
やはりそうなのだ。姿も名前も同じ。
どうしてこの世界に、この魔王がいるんだ――?
「我は呪いの剣、ミマス。ふむ、魔王か……悪くない。気に入ったぞ」
あの時のミマスは、自ら魔王を名乗っていた。
しかし今の反応、魔王という言葉自体知らないようだった。
姿が同じだけで別の個体なのか?
「おいおいラックどういうことだよ、なに言い出してんだよ! ――って問い詰めたいところだが、そんな場合じゃねぇな。どうする?」
隣のケンツが小声で聞いて来る。さすが、割り切りが早い。
剣王、魔王ミマス。もちろん僕たち4人でなんとかなる相手じゃない。
さっき見回した時に確認済みだが、後ろは壁しか無かった。ここが謁見の間だというなら扉があるはずなのに。どこにも無さそうだ。つまり逃げ場がない。
このままだと僕らは殺される。エルナもどうなるか。少なくとも昨日は殺そうとしていた。
ふと、エルナと目が合った。彼女はなにかを決意したような目で僕を見る。
「ラック、これ持ってて」
手渡されて、反射的に受け取ってしまう。――緑色の石、魔力制御の宝珠。
「って、エルナ! なにをするつもりだ!」
「それ、魔力を抑える力があるんでしょ?」
「――!!」
しまった、と思う。転生のことを隠しているから、詳しい説明をしていなかった。
「違うんだ、この宝珠は――!」
ズオォォォ……!!
突如エルナの体から荒々しい魔力が吹きだし、僕らは弾かれてしまう。自分に眠る魔力を自覚し、自分の意志で宝珠を手放したからだろう、昨日よりもその勢いが強い。
魔力を放出するエルナの姿を見て、セトリアさんが叫ぶ。
「エルナぁぁぁ! なにしてるのよ、やめなさい!!」
「大丈夫セト姉! わたしが、あんなの……吹き飛ばしてやるんだから!」
剣王の亡霊、やつの分身を倒したエルナの魔力なら、確かに可能かもしれない。だけど、
「だめなんだよ、エルナ! ――くっ!」
さらに魔力が溢れだした。透き通るような水色の髪が、紫色に変わっていく。
魔力が渦を巻き、彼女を中心に巨大な柱となる。これでは近付くことが出来ない。
「なんだよ、この魔力……エルナちゃん、いったい、なんなんだよ?」
魔力の奔流を呆然と見上げるケンツ。セトリアさんもぺたりと座り込んでしまった。
だけど僕は、自分が傷つけられるのも構わず、魔力の柱に手を伸ばす。中に入ろうとする。
「エルナ! これを受け取って! 手を伸ばして!」
「ラック、わたしなら、だい、じょうぶ……わた、し、が――うぅぅ、あぁぁぁぁぁ!!」
叫び声を上げると同時に、エルナの体が浮かび上がった。いつの間にか髪が足下に届くくらいに長さになっていて、魔力の奔流の中で暴れ狂う。
あぁ――重なる。その姿は、彼女の――。
(っ――このままじゃ、だめだ! 暴走しかけてる!)
本来、あれほどの魔力を――それも魔物の魔力を、人間の体内に収めておくことはできない。
それを暴走させず抑えていたのがこの宝珠だ。
僕が創ったこれはただ魔力を抑えるだけじゃない。制御し、調節するための物。宝珠無しで魔力を引き出せば、魔力が暴走し自我は耐えられなくなる。あの時の彼女と、同じことになる。
(だから、僕はこれを創ったんだ! 彼女を救いたかったから!)
同じになんてさせない。エルナに、これを渡せば――。
だけど、僕の体は次第に後ろに押されてしまう。
エルナももうこちらを見ていない。正面に魔力が集まっていき、爆発的に膨らみ始めた。
「面白い。こい! 我が剣で受け止めてみせよう!」
「う……がぁぁぁぁぁっ!!」
ブンッ――――!
闇の波動が走り、僕らは吹き飛ばされる。
そして次の瞬間、凄まじい魔力の塊が魔王ミマスに向けて放たれた。
ミマスは剣を構え、下段から切り上げ、塊を斬ろうとする。
剣と魔力、ぶつかり合い――
ズドォォォォォォォンッ!!!
轟音と共に周囲に紫色の閃光が走り、魔力が爆発すした。吹き飛ばされ低い姿勢だったにもかかわらず体が切りつけられていく。
そんな中ガラガラとなにかが崩れる音がするが、確認できない。僕らは必死にその身を守りながら、爆風と荒れ狂う魔力の波動が収まるのを待つ。
「どう、なった……――!」
ようやく顔を上げられるようになり目を凝らす。
まず、エルナだ。彼女は魔力の放出が弱まり、地面に降り立った。
その周りには瓦礫が散らばっている。見ると、天井に大きな穴が開いていた。
そしてその真下には――紅蓮の炎。剣を振り上げた格好の、魔王ミマスの姿があった。
倒せていない。それどころか……。
「くっくっく、凄まじき魔力量だ。この剣を折るとはな」
魔王ミマスの剣は根元から無くなっていた。折れたというより、消滅したかのようだ。
しかしミマス自身は無傷。ダメージが入っているようには見えなかった。
「――エルナっ!」
この隙に、僕は立ち上がってエルナに駆け寄る。今なら魔力が漏れ出ている程度だ。――そう思ったけど、触れた瞬間弾かれそうになる。だけど構わず彼女を抱き留め、その手に宝珠を持たせた。すると溢れていた魔力が今度こそ消えた。
だけど伸びた髪はそのままで、色も紫のまま戻らない。宝珠で抑えることはできたけど、今にも溢れ出そうとしているのかもしれない。
「ラック、わたし……どう、なったの?」
うっすらと目を開くエルナ。意識はあるようで、少しほっとする。でも感じからして、魔力を放った時のことは覚えていないようだ。
「……エルナ、もう二度とこの宝珠を手放したらだめだ。これは魔力を抑えるだけじゃない。制御して、調節するアイテムなんだ」
「制御……調節……」
「ごめん、僕がちゃんと説明していれば、こんなことにはならなかったのに」
どう考えても、エルナには話しておくべきだったのに。
転生のことを隠したかった。
僕は、自分のことばっかりじゃないか……。
「ラック! ぼうっとしてないで、エルナちゃん連れて下がれ!」
ケンツが僕たちの前に飛び出し剣を構える。僕は我に返り、エルナを引っ張ってケンツの後ろに回る。
ミマスの剣は折ったけど、倒したわけじゃない。でもかなり戦闘力を削いだはずだ。
「その程度の剣で我に挑むつもりか? 身の程知らずめ」
ミマスは折れた剣を右の手のひらに当てる。すると、炎の中に吸い込まれるようにして、ふっと剣が消えてしまった。
(……え?)
それを見て、僕の思考は再び固まってしまう。剣を消したミマスの右手から目を離せない。
「貴様など、このなまくらで十分だ」
ミマスのその手のひらから、一本の剣が飛び出す。さっきとは違う、何の変哲もない、普通の剣だ。
「こいつ、体から剣を出せるのかよ!」
ケンツは悪態をつくが、僕は――愕然としていた。
まさか、まさか――そんなはずが――。
「魔王、ミマス。……折れた剣を、どこに、やった?」
「見ただろう。体内にしまったのだ」
「……直って、いる、のか?」
「ほう……」
ミマスが僕の方を向き、右腕を横に水平に伸ばす。そして、その手のひらから巨大な幅広の剣――先ほどの剣が剣身のある状態で飛び出し、がらんと床に転がった。
ケンツたちが息を呑み、絶句する。
やはり、直っている――。
「貴様、何故我の力を知っている? 名のこともそうだが、おかしな奴め」
「…………」
「しかし貴様ら、その顔。まさか剣を一本折ったくらいで勝てるつもりでいたのか? 我の体には、戦ったすべての人間の武器があるのだぞ」
そう言って、ミマスは手のひらから次々と武器を出し始める。
しかも止まらない。ガラガラと武器が積み上がっていく。いったいどれほどの武器を奪ったのか、すぐに僕らの身長よりも高くなる。
――剣塚だ。その光景を僕は見たことがある。一回目の転生の時も、魔王は武器を積み上げていた。
ただその時と違うのは、戦いで傷ついているはずの武器たちが、どれも刃こぼれ一つしていない綺麗な状態だということ。
もう間違いない。よりによってこいつが――!
僕は奥歯をギリと噛みしめ、叫ぶ。
「どうしてお前が、リペアボックスを使えるんだよっ!!」
――スキル、リペアボックス。体内に武器を収納でき、魔力を消費することで修復ができる。
一回目の転生で、僕が女神から授かったスキルだ。
どうしてだ。よりによって、僕を殺したお前が、何故その力を持っている!!
「リペアボックスだと? ふん、これは我の力だ。なにを言っている」
ガラン、とミマスの手のひらから最後の剣が飛び出した。
それは、剣身が真ん中で折れたボロボロの剣。剣塚に弾かれ、床に転がり落ちた。
僕はそれを目で追い――
「…………折れた、剣?」
「むっ……なんだ、これは!」
自分の体内から出したのに、ミマス自身がその存在に驚いていた。
転がった折れた剣を凝視している。
「気に入らぬ。このような剣が我の体内に入っていただと? ……不快だ。見ているだけで不快になる。なんだ、これは!」
「――――!」
ミマスが把握できていない剣。しかもリペアボックスの力で修復されていない。折れたままで、しかもボロボロだ。
(あぁ――僕は、あれを知っている。知っているぞ!!)
僕は弾かれたように駆け出し、折れた剣に飛びついた。しかしそこへ、横から剣が飛んでくる。僕は咄嗟に避ける。飛んできたのは魔王が握っていた剣だった。
「触れるな。それは、我が粉砕するのだ。塵も残さず、この世界から消し去る」
「知るか、させるか!!」
構わず、僕は再度飛び掛かる。左手で折れた剣を掴み、床を転がる。すぐに体を起こすと――背後に、魔王の気配。咄嗟に飛び退き、
「我の邪魔をするなら、斬り刻むのみ」
ザシュッ――!!
左腕を肩から斬り飛ばされ、剣が宙を舞う。
――ガシャン!
そして僕の目の前で、折れた剣が――聖剣が、砕け散った。
(あぁ……僕は、また、希望を壊して……)
受け身も取れず床を転がり、柱に激突する。
「ラック――――!!」
エルナの悲鳴のような叫びを聞きながら、僕の意識は闇に落ちた。
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