3「最強」


 不自然に魔物の気配がなかった、旧王都。

 進む先の十字路、右側から――討伐対象である、剣王の亡霊が姿を現した。


 ドレイクさんが亡霊に剣を向け、後ろの僕たちに指示を出す。


「現れたぞ。ラックたちは下がれ。ヴァネッサは――」


 ――ズシン。

 そこへ、再び重たい音が響く。

 十字路左からもう1体。両手に2本の剣を持った剣王の亡霊が現れた。


 ヴァネッサさんが咄嗟に前に出てドレイクさんに並び、槍を向ける。


「ちょっと! 2体も現れたよ!? どうすんのドレイク!」

「作戦変更だ。――エドリック! ラックたちを拠点まで下がらせろ。それが済んでから亡霊を誘導する。ヴァネッサ、俺たちは時間稼ぎだ」

「なるほどね、了解! 任せな! エド、ちゃんとその子ら守りなよ!」

「――クソッ、わかってるよ! 聞いたなお前ら。撤退だ」


 撤退――。その言葉に、僕は食ってかかろうとする。


「待ってください、僕たちは――」

「ダメだ、昨日言っただろ! 俺たちの言うことを聞け! 信じろと言ったが、亡霊2体を相手するのは俺たちだけじゃ無理だ。わかるだろ、お前たちの安全が最優先なんだ!」

「――……くっ」


 わかってる。わかってるんだ。だけど、まだ僕たちは何もしていない。エルナのお父さんの手掛かりを探すことも、宝珠がなぜここにあったのか調べることも、なにもできていないんだ。

 エルナのもとに剣王の亡霊が現れることは想定していた。だけど甘かった。2体も来るとは思わなかった。昨日1体吹き飛ばしたんだ、複数で来ることくらい少し考えればわかったのに。


「ね、ねぇ、わたしたちが手伝えば……」

「エルナ、ダメよ。それこそ昨日言われたはずよ。ドレイクたちの指示に従うわ」

「しゃあねぇな。一度出直すしかないだろ、こんなん。なぁラック」

「……ああ」


 僕たちが撤退し、剣王の亡霊を拠点に誘導するのが一番いい。ここでドレイクさんたちに加勢したって足手まといなのだから。

 エルナのことはなにがなんでも守るって決めた以上、撤退するしかなかった。

 だけど撤退し亡霊を誘導すれば、フィンリッドさんが出てくる。僕たちは見つかるだろう。そうなれば、もう奥を調べることはできない。きっと追い出される。

 悔しい。ここで終わってしまうのが、本当に悔しい。


 亡霊に背を向け、撤退を始める。しかしそこで、セトリアさんが振り返った。


「撤退前にやることがあるわ」


 そう言って、右手を掲げる。ピンと人差し指を立てると、暖かな光が広がっていった。

 僕はぼんやりとそれを見ていたけど、彼女がなにをしているのか気付いて目を見開く。


「……――えっ!?」

「創世神イルハシークよ、彼の者たちに尽きぬ力を。さあ、全力で戦いなさい!」


 セトリアさんの支援魔法で、僕らの身体まで軽くなる。全員にかけたのだ。


(これが、支援魔法!? まさか――)


 僕はセトリアさんに詰め寄る。


「セトリアさん! 支援魔法を使う時、いつもそうやってるんですか?!」


 さっき彼女がしていたように、人差し指を立てて見せる。すると彼女は嫌そうな顔をして、


「……ええ、そうよ。だからなに?」


 渋々答えてくれた。


 以前は、彼女が支援魔法を使うところを見ることができなかった。

 その場の全員を対象にでき、離れていても、目視していなくてもかけられる、強力な支援魔法。人差し指を立てて使う、その魔法は――。


「セトリアさん、それ……本当は詠唱がいらなかったりしませんか?」

「――っ! な、なにを言い出すのよ。そんな、わけ……ないでしょ」


 否定されたけど、その動揺の仕方はできると言っているようなものだ。

 詠唱がいらない、人差し指を立てるだけで使える支援魔法。それは、


(ファイブナンバーズ! セトリアさんの支援魔法は魔法じゃない。だ!)


 効果は少し違うけど、女神から授かったことのあるスキルだ。どうしてセトリアさんが使えるんだ――?


「おい! とにかく下がれ! よくわからないが話は後にしろ!」

「――! す、すみません!」


 そうだった、僕たちが撤退しないと亡霊を誘導できない。

 僕はエルナの手を取って走り出そうとして、



「み・つ・け・た・あぁぁぁぁ!!」



 そんな声がどこからともなく聞こえてくる。

 今度はなんだ? ――上?

 見上げた瞬間、歩道両脇の建物屋根から、2つの人影がそれぞれ剣王の亡霊に飛びかかった。


 ガギギギギギィィィン!


 人影と亡霊の剣がぶつかり合い、激しい音を立てる。亡霊が強引に振り払うと、弾かれた2人が僕たちの前に着地した。


「おまたせ。ワークスイープのエース、レナだよー。私が来たからもう大丈夫ー!」


 1人、右側の剣王に斬りかかったのは女性冒険者のレナさんだ。後から合流すると聞いていたけど、このタイミングでやって来た。

 それからもう1人、左側の剣王の前には――。


「ふぅぅぅ……左は僕が1人で。右はレナたち全員で倒してください」

「ギ、ギルド長!?」


 こちらの驚きなど気にせず、ギルド長は姿勢を低くし――次の瞬間姿が消えた。

 ガキィィ! 視線を正面に移すと、2本の剣を持った亡霊にギルド長が凄まじい速さで剣を繰り出している。その勢いに亡霊は捌くので精一杯、後ろに押されていく。

 すごい、剣王の亡霊と1人で渡り合っている……。


 僕がギルド長の強さに見惚れていると、後ろにいたエドリックさんが慌てて前に出て来た。


「おいレナ! なんでギルド長が一緒なんだよ!」

「途中で見つかったー! ていうか、うちらの計画全部バレてるよ」

「なんだと!? ……マジかよ」


 エドリックさんが青ざめる。

 ギルド長にバレてるってことは、フィンリッドさんにも知られていることになる。


 ……というか、薄々感じていたけど、最初からバレていたんじゃないだろうか。

 ケインズさんが昨日の僕の報告を聞いていたのも、夜中の食堂で騒がしく作戦会議していたのに誰も咎めに来なかったのも。

 バレていたというより、すべてフィンリッドさんに仕組まれていたんじゃないか?

 おそらくケインズさんも半ばそれに気付いてた。だからこそ決断できたのかもしれない。


 もし本当に仕組まれていたのだとしたら、いったいなんのために?

 でもそれを考えている暇はなかった。


「エドリック! 作戦変更だ。ギルド長の指示通り、右をレナと共に倒す。お前はラックたちを守れ」

「――あぁ、了解だ。聞いたな、お前たちは俺の後ろにいろよ」

「撤退しなくていいんですね?」

「そういうことだ。レナはああ見えて、ギルドで2番目に強い冒険者だからな」

「――! そうなんですね。ちなみに1番目は?」

「ギルド長に決まってんだろ。あ、フィンリッドさんも入れるならレナは3番目な」


 なるほど……とにかく、ギルド長たちを除けば一番強いということだ。


「ワークスイープの最強が揃った。これなら拠点に誘導しなくても勝てるさ」

「――!! はい! って、ギルド長は本当に1人で? 確かに押してますけど」

「あの人、ワークスイープどころかカルタタ最強って言われてるんだぞ。もともと今回の殲滅作戦では単独行動して亡霊を倒すことになってた」

「……え……」


 僕は思わず絶句する。あの剣王の亡霊を――たった1人で?

 すごく強い人だと聞いていたし、実際に戦う姿を目にした今なら納得できなくもない。

 高速で振り続けている荒々しい剣筋は、しかしすべて鎧の隙間を狙っている。それをさせまいと防戦一方の剣王の亡霊は完全に押されていた。


 昨夜話した時とはまるで別人。本当に、1人で倒せてしまうのか。

 ……あれくらい強ければ、準備なんてしなくても魔王を倒せちゃうのかな。

 尊敬すると同時に、僕は複雑な気分になった。


 ギルド長と先輩冒険者たちの戦いを見守っていると、エドリックさんが僕たちの前に出る。


「俺はあいつらを援護しつつお前たちを守る。いいか、絶対に前に出るなよ――」

「あっ――!」


 その時、エルナが声を上げ、後ろを向いた。

 視線を追って僕たちも振り返ると――突然、猛烈な炎の塊が空から降ってきた。地面に熱波が広がり、灼けた砂埃が舞う。


 それは単なる炎の塊ではなかった。巨大な人の姿を模していた。剣を肩に担ぐ姿は剣王の亡霊に似ているが、亡霊が炎のような真紅の鎧なのに対し、それは炎そのものを鎧として身に纏っている。まるで炎の化身、獄炎の騎士。亡霊とはまた違う、場にいる全てを威圧するようなプレッシャーを放っていた。


 僕はその姿を見て、完全に固まってしまう。


(――バカな……あれは! あの姿は……!!)


「なっ、あいつはあの時の! 本体か!!」


 同じくらい動揺したエドリックさんの声が耳に入ってくる。

 本体、と言った。一年半前に彼が目撃したという、剣王の亡霊の本体と思われる個体。

 僕は初めて見る。だけどそれは、見覚えのある、忘れることのできない姿だった。

 


(――!!)



 初めての、。それとまったく同じ姿だった。



 剣王――魔王の炎が揺らめく。次の瞬間にはそいつが目の前まで迫っていた。

 身構える間もなくエルナに向かって手を伸ばし――。


「ふざける、なっ!!」


 咄嗟にエドリックさんが間に入った。しかし、


 ――ブンッ!!


「ぐっ――!!」


 伸ばした手が拳に代わり、エドリックさんを横殴りにする。盾で防いでいたのに建物まで吹っ飛ばされた。


「エドリックさん!! ――エルナ、僕らの後ろに!」


 僕とケンツがエルナの前に立った。だけど僕らじゃこいつの相手をするのは無理だ。


「あっちが本命――」


 後ろからギルド長の声が聞こえてくる。視線を向けると――2体の亡霊がギルド長に襲いかかるところだった。


「っ……僕が両方抑える! 全員で後ろを!」


 剣王はギルド長を抑えるのに2体必要だと判断したようだ。でもこれで他の全員がフリーになる。


 ギルド長の指示で駆けつけたドレイクさんが前に出て、剣王に斬りかかった。しかしそれを剣の腹で受ける剣王。するとドレイクさんの後ろから駆けていたレナさんが彼の背中を蹴って飛び上がり、剣王の頭上に剣を振り下ろした。


『――ほう』


 剣王はそれを空いた腕で受け止める。振り払おうとしたがその時にはさらに高くジャンプ、ドレイクさんも後ろに下がる。そうしてできた隙にヴァネッサさんが突っ込み、槍を突き出した。


 ブオオォォォ!


 炎が揺らめく。剣王は後ろに下がり、ヴァネッサさんの槍を避けた。しかし、


『なかなかやるではないか』


 次の瞬間、再び距離を詰め、剣を後ろから前へ、ヴァネッサさんを薙ぎ払おうとする。


「はやっ……!」

「させるか!」


 ガギイィィィ!

 そこへエドリックさんが割り込む。薙ぎ払いを盾で受け、今度はその場に踏ん張ってみせた。


「何度も吹っ飛ばされるかよ!」

「危ないエド!」

「ぐおっ!」


 突然レナさんが横からエドリックさんを蹴飛ばす。同時に、剣王の腕から放たれた炎が彼のいた場所で弾ける。直撃はしなかったが、爆風でレナさんも吹き飛ばされるが――クルッと回転して綺麗に着地した。


 ――戦えている。さすが、ワーク・スイープのエース冒険者たちだ。


 これなら、エルナを逃がす隙を作ることができるかもしれない。


『面白い。あの剣士もそうだが、猛者が集っているな。――しかしお前たちは後回しだ。後ほど、戦ってやろう』


 そう言うと剣王は僕らの、エルナの方に腕を向ける。


 ぞわっと背筋に悪寒が走り、僕は咄嗟にエルナを抱き締めた。反対側からセトリアさん、そしてケンツが前に立って背中をくっつける。

 エルナは絶対に守る。なにもさせない。


 ――しかし。


「なっ――これは!」


 僕らの足下に、闇が渦巻く。

 まさかこれは、エドリックさんから聞いた、エルナのお父さんたちが行方不明になった――。


「やめろおおおおぉぉ!!」


 エドリックさんの叫び声が聞こえ――一瞬で、僕たち4人は闇の中に引き込まれたのだった。


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