2「異様な街並み」


「お、いたいた。とっとと出発しよう。バレるかもしれないからな」


 イシュトバーンさんがテントに戻り、しばらくして入れ替わるようにエドリックさんがやって来た。

 彼の後ろにはもう一人。黒い鎧に身を包み長剣を背負う、騎士のような恰好の銀髪の冒険者。ドレイクさんがいた。今日はフルフェイスの兜を脇に抱えいる。


「俺たちが君らを守る。出発するぞ、ついてこい」


 そう言ってドレイクさんが歩き出すとすぐに、エドリックさんが彼の兜を指さす。


「久々に見たぞ、それ。今日は被るんだな」

「――亡霊と戦うからな」


 ドレイクさんが抱えていた兜を被る。そうなるとまさに黒騎士だ。

 彼が先頭に立ち、エドリックさんが後ろに下がる。


「あの、エドリックさん。今のやり取りは……?」

「ん? あぁ、ドレイクのやつ、昔色々あったみたいでな。剣王の亡霊を祖国の仇だと思っていたんだよ。違ったみたいだけど」

「祖国の……って、違ったんですか」

「それでもあいつはここに残って、亡霊と何度も戦ってる。戦闘経験は一番あるんじゃないか? だから頼りにしていいぜ」

「そうなんですね……」


 色々深い事情があるようだ。今度詳しく聞いてみたい。

 とにかく、剣王の亡霊との戦闘経験が豊富なのはとても頼りになる。

 隣のケンツもぼうっとドレイクさんの背中を眺めていた。


「ドレイクさんかっけぇな……。漆黒の鎧ってなんかこう、かっけぇよな……」


 ――ちょっとわかる。

 だけどそれを聞き、エドリックさんが少し悪い顔になった。


「いいこと教えてやろう。黒騎士ってあだ名、昔は自分でそう名乗ってて――」

「エドリック。余計な話をするな」

「へいへい」


 止められてしまったけど、ドレイクさん自分で黒騎士って名乗っていた?

 エルナは首を傾げ、セトリアさんはどうでもよさそう。だけどケンツと僕はなんとなく顔を見合わせて、思わずニヤリと笑ってしまった。

 いや、きっとそう名乗らなければならない事情があったんだ。そうに違いない。そういうことにしよう。


 そんな話をしつつ、僕らは広場を左に抜け、建物が並ぶ街路に入った。

 エドリックさんが後ろについて指示を出す。


「ドレイクが前、俺が後ろを見る。お前たち、絶対に俺たちの間にいろよ」

「はい――あれ? 結局2人だけなんです?」

「いや、レナもあとから合流する。ぞろぞろ動くと怪しいだろ。特にあいつは目立つんだ」

「そうなんですか? でも、確かに注目は避けたいですよね」


 今回の作戦的に人数が多いパーティはおかしくない。それでも大勢で動けば注目される。エドリックさんたちはともかく、僕らはあまり見られない方がいい。

 ――と思っていると、後ろからもの凄いスピードで追いかけてくる足音が聞こえて来た。

 レナさんが来たのかと思ったが、


「ちょっと待てぇ! あたしを置いてくなっ」


 違った。でも聞き覚えのある声だ。振り返ると、そこには槍を担いだタンクトップの軽装姿。あれは――ヴァネッサさん!?

 彼女は滑り込んでそのまま僕たちの横に並ぶ。僕は呆気にとられながら尋ねた。


「ヴァネッサさん、遠方の依頼だったんじゃ……」

「――そんなの一日で終わらせてやったよ! ……まぁ正直に言うと通りすがりのギルド長が手伝ってくれたんだけどね」


 ギルド長――リンガード王国の帰り道か。そんなことまでしてたんだ、あの人。


「んで宿で休もうとしたんだけど、なんか嫌な予感がしてさ。気が付いたらギルド長もいなくなってたし。泊まるのやめて夜通し歩いて帰ることにしたんだよ。それでさっきカルタタに着いたらこの大騒ぎ! ビックリしたよ」

「……す、すごいですね。僕もビックリしていますよ」


 話を聞いたからというわけではなく、嫌な予感がしたから急いで帰って来たって……ものすごい嗅覚をしている。

 これにはさすがにエドリックさんとドレイクさんも驚いて……あ、なんかため息をついてる。もしかしてよくあること?


 ドレイクさんが首を振って気を取り直す。


「ヴァネッサ。状況は聞いているか?」

「お、黒騎士モードじゃん。ケインズから聞いてるよ。この子ら守って亡霊ぶっとばす! みんな、あたしが来たからもう安心していいよ!」


 そう言ってドンと槍を地面に打ち付ける。パーティにエース級の冒険者が増えるのは心強い。頼もしく感じた。

 しかし大声で宣言するヴァネッサさんに、エドリックさんが渋い顔をした。


「お前がいると作戦の成功率上がるからいいんだが、頼む、あんま目立つな」

「あ、バレちゃマズイんだっけ? わるいわるい。んで……」


 ヴァネッサさんはクルッと振り返り、僕とエルナをじろじろ見る。頭の先からつま先まで、まじまじと。そして、


「……よし。ラック、よくやったな」

「えっ……うわ」


 ごしごしと頭を撫でられた。なんで突然? と思ったけど――。


「色々あったらしいけど、2人とも無事だろ。だから、よくやった」

「…………はい」


 昨日、僕はなにもできなかった。剣王の亡霊にまったく歯が立たず、ボロボロにやられた。

 だけど今こうして、僕とエルナは並んで立っている。生きている。無力で情けなくても、生きていればやれることはある。

 彼女の短い言葉にそんな意味が込められている気がして。僕はそれを受け入れた。

 ……横にいたセトリアさんはすごく嫌そうな顔をしていたけど。



 ヴァネッサさんが合流し、合計7人で旧王都を進んでいく。

 人が住んでいないのだから当然だけど、想像以上に荒廃している。完全に崩れてしまっている建物や、焼け焦げて柱と梁だけになった家もある。外壁と違って謎の補強はされておらず、無事だった建物も風化が著しい。ここはもう廃墟なのだと、改めて実感させられる。


 そして奥に進むにつれ、今度は強烈な違和感を覚えるようになる。

 建築様式がバラバラなのだ。屋根の形状も高低もちぐはぐで揃っていない。

 木造の建物の隣りに古めかしい石造りの建築物が並んでいたり、ドーム屋根を持つ円柱状の建物や、壁にびっしりと奇妙な文字が刻まれた祠のようなもの、一面ガラスで覆われたしかし中身の無い住居など、不可思議な建物も多く見かける。

 歩道だっておかしい。まるで迷路のように入り組んでいる。王都の街並みがこんなグチャグチャで使いづらいはずがない。


 旧王都の構造は変化する。道が歪められ、建物が置き換わっている。話には聞いていたけど実際に見るとかなり異様だ。やはりここは普通じゃない。

 しかもこれらの、明らかに旧王都にあった物ではない異様な建築物の中から、旧王都の異物が見つかるという。


 魔物が創造しているとか、どこか遠くの場所から転移してきているとか、様々な推測があるが、おそらくどれも違う。


 これらの建物は、どこか遠くではなく、異世界から転移している。

 その際に、その世界特有の特殊なアイテムが混ざってしまうのではないか――。


 僕にしか思いつけない推測だ。

 今のところエルナが持つ宝珠しか根拠はないけど、他にも見ることができれば確定できるかもしれない。


 今回は剣王の亡霊殲滅、そして行方不明の手掛かりを探すのが目的だけど、いつか旧王都の異物を探すためだけに来てみたい。そのためにはもっと頑張って強くならなくては。

 ……休みなく働くのは、勘弁して欲しいけど。


 そんなことを考えながら歩いていると、


「――ねぇドレイク。おかしくない? 魔物がさ……」

「あぁ」


 ヴァネッサさんが先頭のドレイクさんに声をかけ、足を止める。

 それとほぼ同時に、エルナが僕の袖をぎゅっと掴んだ。


「エルナ?」

「……感じる。すごく、いやな感じが近くに……」


 それを聞き、僕とケンツは剣を抜いて周囲を警戒する。ドレイクさんたちはとっくに武器を構えていた。

 辺りが静まり返る。さっきヴァネッサさんは、他の魔物に遭遇しないことを不審に思ったんだ。僕は旧王都に入るの初めてだけど、普通の魔物もかなり多いと聞いている。それがまったく見当たらず、気配すら無いのは不気味だ。

 そして、エルナがなにかを感じ取った。思えば昨日も、僕より早く異常に気付いていた。



『ふっ……まさか獲物が自ら我の領域に飛び込んでくるとはな』



 声と共に、ズシンという重々しい音がした。進行方向の先にある十字路、右側からだ。

 全員の緊張感が高まっていく中、もう一度ズシンと鳴り響き、その姿が露になる。

 まるで激しく燃えさかる炎のように現れた、真紅の鎧。その鎧は陽炎のように揺らめき、しかし地面を踏みしめる足音にはしっかりと重量感がある。巨大な剣を軽々と持ち上げ、振りまく魔力で大気を震わせた。


 ――剣王の亡霊。奴が、ついに現れたのだ。


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