4章 剣王の亡霊殲滅作戦
1「旧王都へ」
剣王の亡霊殲滅作戦、当日。
その日は街全体が慌ただしかった。街から旧王都に向かって多くの資材、食料が運ばれていく。
旧王都の入口前にはもともと探索のための拠点があるけど、今回の作戦で使うには小さい。そこで、入ってすぐにある広場に大きな拠点を作り、討伐の足がかりにするらしい。
剣王の亡霊は全部で8体。昨日倒した1体はもう復活している見込みだ。
集まったエース級の冒険者が騎士と共に探し出して戦う。そこで倒せればいいが、もし苦戦するようなら撤退、入口広場に誘導して総攻撃をかける。拠点はそのための最後の砦でもある。
フィンリッドさんもその拠点に詰めるようで、朝から作戦指揮のために出向いていた
そんな中、僕とエルナ、ケンツの3人は旧王都に物資を運んでいた。
本来ならエルナは宿舎の仕事、僕とケンツは一般の依頼をこなしているはずだった。だけど一般の依頼は他の冒険者が向かっていて、彼らが行うはずの運搬作業を僕らがしている。ケインズさんが入れ替えてくれたのだ。
緊急以来で旧王都に出入りする冒険者の管理が緩い。討伐に参加する冒険者はともかく、運搬を手伝う冒険者までは確認しない。その隙を突いたわけだ。
カルタタから旧王都への物資は荷車を押して運ぶ。エルナには無理をしなくていいと言ったけど、僕の横で一緒に押してくれている。今日は調子がいいらしく、なんだか楽しそうだ。
「……ラック。もうすぐ、旧王都に入れるんだね」
「そうだね」
近付くにつれ地面は荒れて、空を覆う暗雲のせいで薄暗くなっていく。旧王都を囲む大きな城壁には、街からでは見えなかった戦いの傷痕がよく見えた。40年間人の手が入らず、風雨にさらされ続け、ところどころ崩れてしまっている。――かに見えた。
(崩れた箇所が、黒いなにかで……補強されている?)
壁が完全に崩れてしまわないように隙間を埋めてある。至る所にそれがしてあり、かなり高い場所にまで及んでいる。
正直、人間がそこまでする必要はない。おそらくあれは魔物の仕業だ。
旧王都の内部は時折その構造が変化し、かつての街並みとは別物になっていると聞く。そのせいで調査が難航し、奪還作戦も上手く行かない。
棲み着いている魔物がそういう力を持っているのではないか、と言われている。それが本当ならあの黒い補強もそうなのだろう。
でも、そんなとんでもない力を持つ魔物なんているんだろうか。いるとしたら、それもまた……。
そんなことを考えながら荷車を押していると、ついに旧王都の入口に辿り着き――そのまま止まることなく、するっと中にはいる。
念のためマントのフードを被って顔を隠していたけど、なにも言われなかった。
「うわぁ、なんかすんなりすぎるよ……」
「まぁまぁ仕方ないよ」
記念すべき旧王都の第一歩。それがこんなコソコソと荷物を運びながらなんて。エルナとしては複雑な気持ちだろう。
「うー、そうだよね。わたし、本当なら入ることなんてできなかったんだから。どんな形でも感謝しなくっちゃ」
「……それでこそエルナだよ」
旧王都に入ると、聞いた通り大きな広場があった。構造が変化する旧王都の中でここだけは変わらないらしい。
すでに巨大なテントが立てられていて、物資はその手前に下ろすように言われた。
「物資の運搬ご苦労。すまないが、こちらに手が欲しい。この3人を借りて構わないか?」
眼鏡をかけたキリッとした青年が、僕とケンツ、エルナを指さす。運搬のリーダーは、
「いいっすよ。残りの物資はうちらだけでも運べると思うんで。どうぞ」
「助かる。では、君たち3人は俺に付いてきてくれ」
僕たちは黙って彼に従い、テントの裏へと連れて行かれた。
「……ありがとうございます。イシュトバーンさん、ですよね」
「ああそうだ」
ワークスイープのエース冒険者の1人、イシュトバーンさん。エドリックさんから彼も協力者だと聞いている。
「礼ならいらん。面倒な仕事ではあるが――ケインズの頼みだからな。あいつの無茶はなるべく聞いてやることにしているんだ」
「そ、そうなんですね」
ケインズさんの人望すごくない? まぁ昨日話してみて、わからないでもなかったけど。
「ふぃー、ちっと疲れたぜ。もうコソコソしなくていいのか?」
ケンツが被っていたフードを外し、辺りを見回す。ここには僕らしかいない。しかしイシュトバーンさんがケンツを睨み付けた。
「ダメに決まっているだろう。テントの中にはフィンリッドさんもいるんだぞ」
「う……マジっすか」
「ここで静かにしていろ。俺はテントに戻るが、すぐに他のメンバーが来る」
「イシュトバーンさんは拠点に詰めるんですか?」
「そうだ。……セトリアの代わりにな」
「セトリアさん……!」
なるほど、回復魔法に長けたセトリアさんはこの拠点に詰める予定だった。それを抜け出すために、イシュトバーンさんがいるわけだ。
感心していると、イシュトバーンさんがこっちをじっと見ていることに気付いた。
「……ラック、だったな。いいか、お前たちを守りに来るのは、ワークスイープの――いや、カルタタの中でもトップクラスの冒険者だ。お前たちは無茶をするな。あいつらを存分に頼れ」
その言葉に、僕は昨日の夜のエドリックさんが言ってくれたことを思い出す。
『いいか、俺たちは全力でお前たちを守る。お前たちは全力で守られろ。
戦おうとするな。守れなくなる。
遠慮をするな。それは失礼だ。俺たちの強さを信用していないということだからな。
俺たちは前回の剣王の亡霊殲滅に参加し、実際に倒している。安心して任せろ』
カッコいいと思った。これがこの世界の、あるべき冒険者の姿だ。
そしてそれは、同じ台詞を言うイシュトバーンさんも。
「わかりました。とても信頼しているんですね、エドリックさんたちのこと」
「していない。間違ってもそんなことを言うな」
「でも、昨日エドリックさんが同じ言葉を」
「いいから、戦いはあいつらに任せておけ。わかったな」
無理矢理話を打ち切り、イシュトバーンさんはテントの中へと戻っていく。
その背中を3人で眺めていると、ケンツがぽつりと呟いた。
「めちゃめちゃ信頼してるよな、あれ」
「だよね……」
僕たちの反応にエルナが笑いだす。
「あはは、イシュトバーンさんね、エドリックさんやレナさんとよく依頼でパーティ組んでるんだけど、いっつも振り回されてるみたい。特にレナさんにね」
「あぁ……」
レナさん、ちょっとそういう雰囲気がある。ていうかそれエドリックさんも振り回されてるんじゃないかな。
「なるほどな、そういう関係性ってことか。ま、だとしても冒険者の実力は認めてるんだろ。なんかいいじゃん、仲間って感じがすごいな」
「……だね」
仲間……か。ずっと1人で戦ってきた僕とは違うんだな。
――羨ましい。
僕の中に、そんな言葉がスッと入り込む。
今までだったら受け入れられず目を逸らしていた気持ちだ。
僕はエルナと、ケンツを見る。そして、テントの入口側から回ってきたセトリアさんを。
「あぁ――エルナ! 無事入れたのね。よかったわ!」
「わわ、セト姉、静かにっ。フィンリッドさんいるんでしょ?」
セトリアさんはエルナを見つけると駆け寄り、思い切り抱きしめる。
それを見てぽかんとし、すぐに呆れたように笑うケンツ。
僕はバレないかハラハラしながら、それでもつられて笑ってしまう。
そして気が付けば、さっきの気持ちは無くなっていた。
今の僕たち4人は――仲間なんだ。
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