5「ペンダント」
エルナが生まれたのは、ここイルハリオン王国より遙か北にあるリンガード王国だった。雪の多い地方で、場所によっては溶けることのない万年雪が積もっている。
彼女の母親マルリッタ・エイルーンはイルハリオンの冒険者だったが、旅先で出会った男性と恋に落ち、結婚。リンガードで暮らすようになる。
ちなみにお父さんはとある商家の息子で、結婚するにあたって色々問題があったみたいだけど、エルナは詳しいことを教えてもらえなかったそうだ。
そうしてエルナが生まれたわけだけど、お母さんは産後の容態が悪く、1年後に亡くなってしまう。それからはお父さんが一人でエルナを育ててきた。
しかし、困難は続いてしまう。エルナの不安定な魔力だ。今よりも高い頻度で倒れていたらしく、なかなか普通の生活が遅れていなかった。
お父さんはそれをなんとかしようと情報をかき集め、各地を飛び回っていたらしい。まだ幼かったエルナは近所の家に預けられ、随分寂しい想いをしたようだ。
そんなある日、お父さんはイルハリオンに行くと言い出した。しかも今度はエルナを連れて行くと。一緒に行けることをエルナは喜んだ。
それが今から2年前のことで、その後はさっき聞いた話の通り。
エルナのお父さんは旧王都で行方不明になってしまう。
「ごめん、あんまり楽しい話じゃなかったよね? ここまで話すつもりはなかったんだけどな」
「いや楽しい話を期待してたわけじゃ……ああいや、変な意味じゃなくて……」
「わかってるって」
母親を亡くし、父親は行方不明。ラックはこれまで――40回の転生で、両親のいない子供を何度も見てきた。なんなら自分がそうなったこともある。魔王が世界を滅ぼすかどうかの世界では、言いたくはないけどよくあることだった。
だけど、だからこそ。
今まで僕は、エルナの生い立ちを軽く見ていなかっただろうか――。
決して、軽いはずがないのに。
――ズキリと胸が痛む。
「ラック? 本当に、わたし大丈夫だからね?」
「あ……ごめん。うん」
エルナが心配するほど、僕は深刻な顔をしていたらしい。これではダメだ。気持ちを切り替える。
「そうだ、エルナが冒険者になろうとしたのって、もしかしてお母さんの影響? いや、それともお父さんを……」
「両方、かな。お母さんみたくなりたかったっていうのもあるけど、お父さんを探したいって気持ちも強かったよ」
「……うん」
「でもね、やっぱりだめだった。依頼の最中に倒れちゃって、フィンリッドさんが駆けつけてくれて……。依頼主にもギルドにも、すっごく迷惑かけちゃった」
「そんなことがあったのか……」
「うん。でもね? これでもマシになったんだよ? お父さんがくれたこれのおかげでね」
そう言ってエルナは、首にかけていたペンダントを胸元から取り出した。
「そのペンダント……」
「――あれ? ラックに見せたことあったっけ?」
「い、いや? 初めて見るよ」
嘘をついた。出会った時、フィンリッドさんがエルナの服を緩めた時に見ている。でも同時に彼女の白い肌まで思い出してしまい、咄嗟に本当のことが言えなくなってしまった。
「そ、それで? そのペンダント、なにか特別な力とかあったりするの?」
「わかんない。わたしがあると思っているだけかも。お父さんに、ペンダントの先についてるこの木製の珠をお守りだと思って肌身離さず持っていなさい、って言われたんだけどね。そしたら倒れることが減った気がするんだよ」
「へぇ……」
僕はじっとそのペンダントを見る。お守りだと言うそれはやはり木製のようだ。不思議な模様が彫られているけど、そこまで古いものには見えない。
それから、首から下げているチェーンは珠を貫通している。中は空洞? それともなにか入っているのか?
お守りにエルナの魔力を少しでも安定させる力があるのだとしたら、思い出すのはセトリアさんが教えてくれた旧王都の異物だ。
(……ん? ペンダント、緑色に光っているような……)
その仄かな光は、まるで――。
「……ラック? ちょっと、顔近いっていうか」
「ん? ――あ! ご、ごめん!」
ペンダントを観察するために、かなりエルナに顔を近付けていたことに気付く。僕は慌てて離れた。
「そ、そんなにこのペンダント、気になる?」
「ほ、ほら、エルナの魔力に関係してるかもしれないから……」
もうちょっとよく見せて欲しかったが、彼女はペンダントをしまってしまった。
「それわたしの気のせいかもしれないんだよ? うぅ、なんかちょっとふわふわしてきた。あ、倒れそうとかじゃないからね! 今日は絶好調だから!」
そんな風に弁明するエルナ。実際、倒れるどころかテンション高めだ。魔力5どころか6くらいあったりするのかもな。とにかく低いということはなさそうだから、そこは安心だ。
「あ、でもそういえば。お父さん、これを手に入れてすぐにイルハリオン行きを決めたんだよね」
「イルハリオン行きを? そうなのか……」
それ、結構重要な情報な気がする。イルハリオン行き、つまり旧王都を調べようと決めたということだ。お守りの入手と旧王都、この2つに繋がりがあることになる。
いやもう、ほぼ確定みたいなものだ。お守りは旧王都で見つかった物。エルナのお父さんは旧王都の異物の話を知って、イルハリオンに来た。そう考えるのが自然だ。
「エルナ、今の話フィンリッドさんにもしてるんだよね。倒れる回数が減ったことや、旧王都――イルハリオン行きのこととか」
「ううん、減ったのは気のせいかなって思ってるし……そんなに詳しく話してないよ。これがお父さんからもらったお守りってことだけ」
「え、そうなの? セトリアさんにも?」
「うん。たぶんね、お父さんの形見みたいに思われてるんだ。行方不明なのにねぇ」
エルナは軽く言うが――なるほど、それはあまり踏み込めないかもしれない。
見た目は不思議な模様が入ったただのペンダント。お守りと言われたらそれで納得してしまうし、形見だと考えてしまうと詳しく聞きづらい。
もしお守りが旧王都で見つかった物だと聞いていたら、もっとしっかり調べていたんだろうな。エルナはともかく、彼女のお父さんはそのへんの話をフィンリッドさんにしなかったんだろうか……?
「そうだ。セトリアさんも魔力のこと知ってたけど、どういう経緯だったの?」
「セト姉? こないだ話した通りだよ。セト姉ってわたしにべったりだったから、倒れたところ見られちゃって。そこはラックと同じだね」
「ああ……。じゃあセトリアさんもフィンリッドさんから聞いたのかな」
「どういうことだーって、フィンリッドさんに詰め寄って無理矢理聞き出したって言ってた」
「――すげぇ。セトリアさんらしいけど」
あの人色々と無敵だな……今後も気を付けよう。
でもフィンリッドさんにはそれができるのに、エルナにはしていない。本人相手の場合、特別慎重になるのかもしれない。
「あ、セト姉すっごく優しくていい人だからね? 誤解しないでよ?」
「も、モチロン」
「そのあと一晩中わたしの話を聞いてくれたし、セト姉のことも教えてくれた。知ってる? セト姉って妹さんを亡くしてて……」
「妹を……」
僕がそう繰り返すと、エルナは口を開けて固まり、目が大きく見開かれ顔色がサァーっと青ざめていく。
「――――あっ!! だめ! 今の聞かなかったことにして! おねがい! セト姉と約束してるの、誰にも話さないって!」
「っ……! わ、わかった。忘れる。いやそもそも聞いてない。うん」
確かに、今のは聞いてはいかなかった気がする。でもそっか、妹を……。
僕は思わずじっとエルナのことを見てしまった。
「うぅぅ……本当に忘れてよ? とにかく! わたし、セト姉と出会えて本当によかったって思ってる。心からね」
「うん……エルナがそこまで言うなら、間違いないな」
正直まだあの人に対する警戒心は残っているけど、エルナが心を許しているのなら、心配も、怖がる必要もないのだろう。やっぱり彼女とは協力するべきだ。できれば、対等な感じで。
「でもセト姉ってちょーっと過保護っていうか、心配性っていうか。魔力のこと知られてすぐの時なんか、依頼受けないで一日中わたしのそばにいようとしたんだよ。さすがに困っちゃった」
大丈夫……だよな?
「セト姉は宿舎を出ちゃったけど、たまに会って相談とかしてるんだ」
「……相談、ね」
その言葉で、先日セトリアさんに言われたことを思い出す。
『……エルナの様子が少しだけおかしい。原因は絶対あんたよ。なんとかしなさい』
言い方からして、セトリアさんはそのことについて相談を受けていない。エルナにとって、セトリアさんには話しにくいことなのだ。
だとすれば……やはり僕が聞き出すしかない。
そしてそれは、今しかなかった。
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