6「エルナの本音」
エルナの様子がおかしい理由。
本当に僕が原因なのかわからないけど、いつまでもこのままなのは僕も嫌だ。
2人で外に出た今が、聞き出すチャンスだった。
「あのさ、エルナ。聞きたいことがあるんだけど」
「うん? なになに? わたし結構話したんだけどまだ聞きたいの? ずっるいなぁ」
「え!? ず、ずるいか?」
「うん、ずるいよ? ラックはずるい。とんでもなくずるいよ」
く、出鼻を挫かれた。確かに聞いてばかりだった。
僕が頭を抱えると、エルナは小さくため息をつく。
「ま、しょうがないからいいよ? ほらほら聞いてごらん」
「聞きづらくなったんだが……」
しかし今度こそチャンスだ。遠慮している場合じゃない。踏み込め、ラック!
「エルナは……その……」
「うん、わたしが?」
好奇心に満ちた目で僕を見るエルナ。なんだかんだ言いつつ、なにを聞かれるのか楽しみにしているのだ。
うわ本当に聞きづらい。最近様子変じゃない? なんて……この流れで聞いて大丈夫か? さっきは聞けそうだったのにな。完全に流れ変わった。いまそんなこと聞いたら空気読めない人みたいにならないか? ならない?
「ほらラック! 聞いていいって言ってるんだよ? 早く早く!」
あぁそんな期待しないでくれ、ワクワクしないでくれ――!
「えっと……な、なんでエルナは、僕に仕事を受けさせまくるのかなーって」
「――へ? いまさらそんな話?」
「だ、だって!」
結局ヘタレた。僕はヘタレたことを誤魔化したくてつい大きな声を出してしまう。それに折角だ、この話もしておきたいと思っていたんだ。
「さすがに休み無しで依頼受けたって効率よくないよ! そう思わない?」
本来、この転生は休息のためのものなんだ。だから休ませてくれ! ……なんて言えないし、言わないが。世界が世界なら問題になりそうなくらい働いている。
だというのにエルナはきょとんとした顔で首を傾げた。
「え、思わないよ? 依頼受けまくるのがエースの近道だもん」
「いや実戦経験はなにより大事かもしれないけど、休息も必要だってば」
そう言いながら、僕は心の中で自嘲していた。
これまでの転生で、そんなの考えたことなかったクセに。
休み無しは非効率。休息も必要。
女神が言っていたのはそういうことだったんだ。
でもこんな形で知ることになるとは思わなかったし、女神がそれを教えるためにこの労働環境を選んだとも思えなかった。
だけど、エルナには僕の言葉が全然響かないようだ。
「そうかなぁ。依頼ばんばん受けまくった方が絶対強くなるのに」
すごいな、なんでそんな考えに至ったんだろう。
それはそれで気になるところだが――。
「はぁ……でもだったら、どうして最近はあんまり言わなくなったの? 依頼を受けろって。特に休みの日に言わなくなったよね」
「――――!」
突然、バッと思い切り顔を背けるエルナ。
その反応に驚いたけど――すぐに僕も、自分が口にした言葉の内容に気づいた。
エルナの様子がおかしい。僕が感じたのはまさにその、依頼を受けろって言われる回数が減ったことだ。
奇跡的に聞きたかった話に繋がった。しかもこの反応、彼女自身も自覚しているんだ。やっぱりなにかある。
「……エルナ?」
呼びかけると、エルナは顔を背けたまま返事をする。
「ず、ずるいよラック。それ聞いちゃう? さすがにこれはただじゃ教えられないな」
「え!? ど、どうすれば教えてくれるの?」
「どうすればって――え、聞くつもりなの!? 本当に? この流れで? 空気読めてる?」
「うっ――うん。教えてほしい」
なんと言われようと、ここまできたらもう引けない。セトリアさんに言われたっていうのもあるけど、僕自身も知りたいのだ。一歩踏み込むために、必要なことなんだ。
「ラック、今日はいつになくグイグイくるね……しょうがないなぁ。そうだなぁ」
そこでようやく、くるっとエルナがこっちを向く。その顔は真っ赤だ。
……踏み込みすぎたか?
僕が困惑していると、ビシッとひとさし指を突きつけてきた。
「じゃあ――わたしもラックに一つ質問をする! それに必ず、正直に答えて! 誤魔化したりウソもなし! わかった!?」
「し、質問? それが条件ってことか。……はぁ。いいよ、わかった」
「む……やっぱ2つね。それくらいじゃないと釣り合わない気がしてきた」
しまった、それくらいならって思ったのが顔に出ていたようだ。
「オーケー。約束する。2つね。正直に答える。……後払いでいいんだよな?」
「うん、いいよ。安心して、ちゃんとわたしから答えるから」
「わかった。頼む」
僕は頷き、エルナの言葉を待つ。エルナは頬を染めたまま、ゆっくりと深呼吸した。
「すー、はー……。うぅ、言いたくないなぁ……でもわたし、最近変だったよね。だったらスパッと言っちゃった方がいいかな。うん、そうだ。これは自分のために言うんだから。恥ずかしくない、恥ずかしくない」
恥ずかしいことなのか……本当に聞いていいのか不安になってくる。
だけどその不安を口には出さない。エルナが口を開くのを黙って待ち続けた。
「よし、覚悟できた。いい? しっかり聞いてね」
「うん」
エルナはもう一度深呼吸して、ようやく話し始める。
「ふぅ……。ラックは、さ。最近ケンツくんと一緒に依頼を受けたり、ゴルタくんの師匠になって面倒見たりしてるよね」
「へ? ああ、うん。いやゴルタの師匠にはなってないぞ。面倒を見る羽目にはなったけど」
「それはどっちでもいいんだけど」
僕にとってはとても大事なことなんだけど。
「とにかく、一緒に外に……こんな風に、仕事してるんだよね。冒険してるんだよね」
「うん……そうだね」
やっぱり依頼を受けることに関係してるみたいだ。でもその先の言葉が予想できなくて、僕はドキドキする。
エルナは一度僕のことをじっと見て、ぎゅっと目を瞑った。そして叫ぶ。
「わたしは! ――それが羨ましかったの!!」
「う……うらやましい――??」
思ってもみなかった言葉が飛び出してきた。羨ましいって、え? どういうこと?
僕はわけがわからなくてぽかんとしてしまったけど、エルナは目を瞑ったままだから気付いていない。
「さっき言ったでしょ、わたしだって冒険者になりたかった! でもなれなくて……」
「あ……羨ましいって、そういうことか。僕が依頼を受けられるから……」
あれ? でも、受けろ受けろって休みでも無理矢理受けさせたりしてたのに。羨ましいんだったら最初からそんなこと言わないんじゃないか?
「そうじゃないの! わたしが羨ましかったのは……」
エルナは少し目を開けて、何故か腰に手を当てて胸を反らす。でもすぐにそっぽを向いて、
「……ケンツくんやゴルタくんが、だよ」
「ケンツたちが??」
ますますわからない。なんであの2人が羨ましいんだろう。
僕がわからないでいると、さすがにちょっとエルナは呆れた顔になる。
「鈍いなぁ……もう。あのね、ラックが依頼を受けまくるのはいいんだよ。むしろもっと受けなさい」
「え、そこはいいのか……」
「でも、一緒に依頼を受けるのが、わたしじゃないのが嫌なの」
「……ん?」
「本当ならわたしがラックと依頼を受けたかった。だけどそれはできなくて……だから、一緒に戦えるケンツくんとゴルタくんが羨ましいんだよ。
ラックに、わたしの代わりにがんばってって言ったけど、本当は――本当は! 一緒にがんばりたかった! 一緒に依頼受けたり、冒険に出たりしたかったの!」
「一緒に……あ……っ!」
ようやくエルナの言いたいことがわかった。
わかったけど、まさかそんな風に思ってくれていたなんて、考えもしなかった。
「だから僕に、依頼を受けろってあんまり言わなくなったんだ……」
依頼を受けるように催促した結果、僕がケンツたちと組むのは面白くない、と。
エルナは恥ずかしそうに顔を背けるだけで答えてくれなかった。代わりに話を続ける。
「……昨日、チャンスだと思った。ラックと依頼を受けられるかもって。それで名乗り出たんだよ」
「あぁ……」
確かに昨日のあの状況なら、ギルドやフィンリッドさんの許可が下りる可能性が高かった。ケンツやゴルタはすでに他の依頼を受けていたし、僕らが2人で依頼を受けるチャンスだった。
そして実際そうなった。エルナの思惑通りだ。しかし……。
「その、なんていうか……うん」
僕はだんだん顔が熱くなってきて、目を逸らして頬を掻く。
「気付かなくてごめん」
「あーもー! 顔赤くしないでよラックのバカ! やっぱり言わなきゃよかったー!」
なるほどこれは恥ずかしい。聞いたのは僕だけど、よく話す気になったものだと変な感心をしてしまう。――なんて言ったらぶん殴られそうだ。
「あぁーあー……もう。よしっ! わたしは話したよ。次はラックの番だからね」
「へ? 僕の番って?」
「さっきの約束忘れたの? なんでも正直に質問に答えなさい! 3つね」
「お、覚えてる覚えてる」
正直、エルナの告白の衝撃で忘れかけてた。
うわ、この流れでなにを聞かれるんだ? 恐ろしくなってきた。
「いや待て、2つだろ。勝手に増やさないでよ」
「えへへ、バレたか」
舌を出して笑うエルナ。まだ少し頬は赤いけど、いつもの笑顔だ。
……うん、おかげで少し気が楽になったぞ。
そもそも聞かれて困るようなことなんてなにもないんだ。
「よし、なんでも来い」
「言ったね? じゃあ……まずはやっぱり、これかな」
エルナはそう呟くと、僕の正面に立って真剣な顔になる。
……困るような質問はないとわかっていても、妙にドキドキする。困るものがなにもないせいで、逆になにを聞かれるかわからないんだ。想像ができない。
さっきのエルナもこうだったのだろうか。なにを聞かれるのか、好奇心だけが高まっていく。
そしてエルナが、その質問を口にした。
「ラックはどうして、冒険者になったの?」
「――――」
何を聞かれても予想外ではあったが、それは虚を突かれた質問だった。
いつ誰に聞かれてもおかしくない。すぐに答えられるシンプルな質問なのに。
普段はこんなことにはならないはずなのに。言葉を失ったりしないのに――。
「思えばラックとこういう話、してなかったよね。ううん、ラックに限らずだね。他に人にもこういう質問したことない。たぶんわたしがさ、事情を聞かれるのが……知られるのが嫌だったんだよ。でもラックには魔力のことも、わたしの冒険者への憧れも、知られちゃったから。だからラックが冒険者になった理由、ちゃんと聞きたいなって」
「それ、は……」
村に住む家族のため、仕送りのために、カルタタで稼ごうと思った。
冒険者への憧れもあった。
この世界で育った『ラック』の答えは、僕くらいの年齢ならありふれた理由だ。
だけど40回転生をしてきた僕は違う。
『僕が魔王を倒す。倒してやる』
女神の前で宣言してきた、僕の願い。そのために冒険者を続けてきた。
でも、転生の事情を知らないエルナにそんなことを言う必要はない。仕送りのためだったと答えればいい。エルナと同じで冒険者に憧れていたと話せばいい。
嘘じゃないし、正直な理由だ。
きっと子供の頃のことに話が膨らむだろう。プレン村がどんな場所か教えることになる。エルナもそういう話を望んでいるはず。
だけど、それなのに、
『ラックはどうして、魔王を倒したいの?』
まるでそう聞かれているみたいで。隠すことが――隠さなきゃいかないことが、僕の胸に棘となって突き刺さり、言葉が出てこなくなってしまった。
「僕は――……え?」
言葉を絞りだそうとしたその時、突然目の前のエルナが胸を押さえて蹲ってしまった。
「っ……ラック……」
「――――ハッ!」
一瞬反応ができなかった。僕は慌ててしゃがみ、エルナの肩を支える。
「エルナ! まさか魔力が? さっきまで調子よさそうだったのに」
「ち、ちが……向こうから、なにか……来る」
「え……? むこう――――っ!!」
致命的に、気付くのが遅れた。
背中にぞわっと気持ちの悪い感触が走る。次いでビリビリと大気を震わせるようなプレッシャーが襲いかかり、僕の体は石のように固まってしまう。
僕としたことが。何故、ここまで気付けなかった?
「……この、魔力は……」
振り返らなくてもわかる。旧王都から、とてつもない魔力を纏ったなにかが近付いてくる。そこらにいる魔物とは比べものにならない圧倒的な魔力だ。
なにが起きている? 後ろのあれは、旧王都から出てきたとしか思えない。街道よりも強固な結界で覆われているのに、それを抜けてきたのか? 抜けてきたということは、結界を壊せるだけの魔力があるってことだぞ? どうしてそんなのがこっちに来る?
今の僕でどうにかできるとは思えない。でも、見なくては。確認しなくては。このままじゃ後ろを向いたまま殺されるだけだ。
僕は勇気を振り絞り、振り返った。
――亡霊。
真紅の鎧を身に纏い、巨大な鉄塊のような剣を肩に担ぎ、しかしその姿は陽炎のように揺らめいている。遠近感がおかしくなるような巨大な騎士が、こっちに近付いてくる。
初めて見るのに、それがなんなのか、わかってしまった。
「剣王の亡霊……っ!」
旧王都、最強の魔物が、外に出ている――。
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