4「カルタタ南街道の依頼」
翌日。僕とエルナは、カルタタ南街道を一緒に歩いていた。文字通りギルド都市カルタタの南側に弧を描くようにして伸びる街道で、その先で旧王都大街道に繋がっている。旧王都大街道はかつて王都から伸びていた主要街道。今はその手前で封鎖され、カルタタ南街道を使って迂回するようになっているのだ。
ちなみに旧王都大街道をさらに南下すると、先日ビックトードが大量発生したタタウリ森林が見えてくる。それで思い出したけど、最近旧王都に近いエリアで魔物が増えているらしい。数が増えただけなら街道の結界が破られることはないから安心だけど、討伐依頼が急増している。今回、休みの僕を勘定に入れざるを得なかったのにはそういう背景もあった。
「ん~~~~気持ちいいなぁ~! 街の外!」
「あはは……そうだね。天気はちょっと微妙だけど」
エルナが両手を挙げて大きく伸びをする。ただその先の空はあいにくの曇り空。時々雲の切れ目から日が差すけど、少し薄暗く感じる。
「晴れてたら最高だったね。でもほら、わたし街の外に出るのすっごくひさびさでさ。開放感っていうか、とにかく気持ちいいんだよ」
「…………」
エルナの魔力は不安定で、日によって上下する。低い時はフラフラになって倒れてしまうこともある。遠出をするのは難しく、普段から機会が無いのだ。
先日フィンリッドさんが例にしてくれたように、年相応の魔力を10とした場合、今日のエルナは3、あるいは4くらいだろうか。それは彼女にとっての平均値で、見た感じも調子良さそうだ。
エルナは遠出というけど、ここはカルタタに繋がる街道。おそらく、一番近い街道の依頼を調整してくれたのだ。僕が依頼内容を聞いたあともバタバタしていたし。ゴルタが呼ばれていたから、本来は彼が行く予定だったのを場所を変えてくれたんだと思う。
「ラック? 今日は君の働きぶりをよぉぉく見させてもらうからね? 覚悟してね? ――なんてね! もちろん冗談だよ。どの口が言うんだって思った? あ、大丈夫。わたし足引っ張らないようにがんばるから」
「ああ、うん」
「ラックががんばってるのはわかってるよ。だから早く強くなって、旧王都行けるようになろうね。わたしも――いっぱい応援するから! ね!」
「あたた、痛いってば」
背中をバシバシ叩いてくるエルナ。
どうしたんだ、いつも以上にテンション高いぞ? もしかして魔力5くらいあってハイなってる? まぁ高い分には問題ないってフィンリッドさんも言っていたし、倒れるよりはぜんぜんいい。
「ふぅ……ところでエルナ、結界メンテナンスのやり方は知ってるの?」
「もちろん! 1年近くやってないけど、覚えてるよ。ほら、ああいうヒビを見付けて直すんでしょ?」
「うん。え、ていうかよく見付けたね、このちっさいの」
一見何も無い空間に微かな黒いヒビが入っている。見落としてもおかしくない、言ってしまえばまだ放っておいても問題ないレベルのヒビだ。エルナは目がいいのかもしれない。
僕はギルドから持ってきた皮の袋を取り出して、中に入っている明るい緑色の粉をひとつまみ取る。これは魔物から採れる魔石を粉末にしたもの。ヒビの上からサラサラっとかけてやると、ヒビがすうっと消えていった。
「これでよし、と。次に行こう」
「ね、次はわたしにやらせてよ」
「いいよ、わかった。ヒビがあったらね」
「うん。――って、しまった! 今やらせてもらえばよかった! そんなにヒビって見つからないよね?」
「まぁそうだね」
「うわ~~~~! くぅ、絶対見付ける!」
「エルナなら本当にすぐ見付けそうだな……」
「ふふん、わたし目はいいんだよ。知らなかった?」
「いま知ったよ」
「ここからでも街を歩く人が見えるよ。ほら入口のとこ。街の自警団だっけ、あそこで門番してるの。その人とさっきすれ違った商人の人が話してるよ」
「へぇ、それはすご……え、さすがに嘘だろ?」
「さあ、どうかな~?」
建物くらいは僕でも余裕で見える。だけど門番の人なんてどれだけ目を凝らしても見えない。たぶん僕をからかっているだ。
「あ、そういえばさ。ラックって結界メンテナンスの依頼、何度も受けてるんだよね? 結界の穴って見たことある?」
「ないない。ていうかそんなのあったら、大ごとになってるよ」
魔物が現れる区域を覆い、街道の安全を守る結界。穴が開くというのは、さっきのようなヒビを放置して、綻びが大きくなってしまった結果だ。
だけど穴が開くような事態はそうそうない。そんなことが起きないよう、広範囲に張り巡らされた結界を冒険者たちが練り歩き、綻びを直しているのだから。
それでも、もし穴が開いていた時には――その街道の安全を確保するため、通行に制限をかけることになる。だから街でもすぐに話題になるはずだが、少なくとも僕がここに来てからそんな話は聞いたことがない。
「だよね~。わたしも聞いたことない。じゃあビッシリとヒビが入ってるところは?」
「あのねエルナ。それこそないよ。あるわけないじゃないか」
「あっはは、だよね。そんなのが見つかった日には、普通の人は誰もカルタタから出られなくなっちゃう。大事件だもんね」
穴ではなく、大量のヒビ――。これは穴が開くよりも危険な状態だ。
街道の結界は大抵の魔物を防ぐことができるけど、実はある一定以上の魔力を持つ魔物は素通りできてしまう。
その基準は、結界を破壊できるかどうか。
結界を破ることのできる魔物を無理に拒んだ結果、巨大な穴が出来たり崩れてしまうとそこから普通の魔物も出てきてしまう。そうなれば被害はより大きくなる。それを防ぐための措置だ。
まずあり得ないが、万が一そんなことが起きた場合、その箇所にはビッシリとヒビが入る。
つまり大量のヒビはとてつもなく危険な魔物が結界を通り抜け、街道に出てしまったという目印なのだ。
結界メンテナンス中にそんなものを見付けた場合、1人が報告のため街に戻り、1人は残って周囲の確認と、通行を制限を行う。そのために、結界メンテナンスは原則2人で行うのだ。
何度も言うが、そんな事態にはまずならない。あり得ないと言い切ってしまってもいい。危険の少ない、本当にとても簡単な依頼なのだ。
しかし結界メンテナンスは国からの依頼。2人1組という規則は絶対厳守。破ればその冒険者ギルドには罰則が与えられる。こっそり1人で受けたのがバレた日には、国からの支援が減らされてしまう。そもそも街道が現場なため人目にもつきやすくてすぐにバレる。そんな高いリスクを冒すギルドは無い。
ちなみにゴーレムに結界メンテナンスをさせる計画もあるようだけど、ヒビの探知機能が難航しているらしく、今のところまだ冒険者がこの仕事を奪われる心配はない。
「エルナは結界のことも詳しいんだね」
「もっちろん。わたしも1年前までは冒険者やってたから。――――あ」
そう言ってハッとした顔になり、エルナはすぐに顔を背けてしまう。
「……エルナ?」
「わ、わかってるよ。約束だもんね。その頃のこと、依頼の途中で話すって」
昨日、依頼を受けたあとに詳しいことを聞こうとしたんだけど、明日話すから! と言われてしまったのだ。
思えば、3ヶ月弱。出会った時以来、エルナから身の上話を詳しく聞くことはなかった。
理由はわかっている。僕が――これまでの転生でずっと一人で冒険をしてきたから、人と深い話をするという意識があまりない。どこまで踏み込んでいいのか、距離感がわからない。
だけど……エルナのことは聞いておきたい。
その中に、不安定の魔力について手がかりがあるかもしれないから――。
――そう考えた瞬間、胸の奥でなにかがざわつく。
あぁ、きっとそれだけじゃないんだ。違うなにかがある。
でもそれを言葉にすることができなかった。
「ラック、フィンリッドさんからどこまで聞いてる? 魔力以外で、わたしのこと」
「魔力以外だと……実は、ご両親のことも。お母さんを亡くして、お父さんも行方不明って。それでフィンリッドさんを頼って、ワーク・スイープに来たんだって聞いた」
「フィンリッドさんがそう言ったの?」
「うん。あれ? なにか違う?」
「間違ってはいないけど、正確ではないかな。もともと、お父さんと一緒にワーク・スイープを訪ねたんだよ」
「え……? ど、どういうこと?」
「お父さんはね、ワーク・スイープに護衛を頼んだの。旧王都の調査のね」
「旧王都の調査!? お、お父さんが?」
冒険者でも限られた人しか入ることのできない旧王都。そんな場所にエルナのお父さんが?
「旧王都に入る許可、取るのすっごく時間かかってたよ。半年くらいかな? だからしばらく新王都に滞在してたんだよね」
「そんなにかかるのか……」
「他国の人間だったからっていうのもあったみたい。詳しいことはわからないけどね」
冒険者と同様に、研究者だって限られた人しか入ることができない。それまでの研究の実績と、そしてなにより資金が必要になる。護衛を、それも旧王都に入ることのできる冒険者を雇おうとするならば、高額な報酬を用意しなければならない。その辺りの審査を王都で行っているのだろう。
「だからね、カルタタに来てからも最初は普通の宿屋で寝泊まりしてたんだ。……お父さんが、ワーク・スイープの人たちと旧王都に入るまで、ね」
「え? あ……まさか、エルナのお父さん」
「お父さん、帰ってこなかった。生還した護衛の人の話によると、剣王の亡霊に遭遇して、逃げている時に……突然現れた渦を巻く闇に、引きずり込まれたって……」
「渦を巻く闇……? それ、剣王の亡霊がやったの?」
剣王の亡霊は、旧王都を彷徨う最強クラスの魔物。とても有名な魔物で、僕も色んな人から話を聞いている。だけどその名の通り、剣で襲いかかってくる魔物だ。渦を巻く闇を出してくるなんて聞いたことがなかった。
「わたしも、剣王の亡霊がそういう攻撃をしてくるって話は聞かないし、わからないよ。……とにかく、それっきり行方不明。生きてるのかどうかも……」
僕は自然と、遠くに見える旧王都に目を向ける。
旧王都を迂回するためのこの南街道、当然だけど旧王都から距離を取っている。街が1つ入りそうな広さの草原が間にあるだ。しかし草原の奥、旧王都に近付くにつれて草は枯れ果て、渇き荒れた大地へと変貌していく。
旧王都はいつでも不自然な分厚い雲で覆われていて、中の様子は外からでは窺えない。一番奥にそびえる城の形だけがなんとなくわかるだけ。
こうして改めて見ると、本当に異様な場所だ。休息のための平穏な世界にはそぐわない。
「……エルナはその話、生還した冒険者から直接聞いたの?」
「ううん。フィンリッドさんからだよ。生還したのが誰なのかも教えてくれなかった。……別に、恨んだりなんかしないのにね」
「…………」
「ほんとだってば。護衛は4人いたんだけど、3人がお父さんを救出しようとして一緒に闇に飲み込まれたんだって。生還した人は逃げて報告するように命令されて……必死に旧王都を抜け出したみたい」
「冒険者も、行方不明になってるのか……」
「うん。だから、本当に。恨んだりなんかしないし。むしろ申し訳ないよ。あの頃、ワーク・スイープも大変だったみたい。それはそうだよね、エースの冒険者が一気に3人もいなくなったんだから」
「そうか、旧王都に行ける冒険者なんだ、当然エース級だよな……あ」
『慣れないね、エースなんて。あたしなんか繰り上がりでそう呼ばれてるだけだからさ』
昨日のヴァネッサさんの言葉を思い出す。
繰り上がりって、そういうことなのかもしれない。
「旧王都で闇に飲み込まれて行方不明なんて話、初めてだったみたいだから。本当にバタバタしてて。わたしも……なにがなんだかわからなくて。ギルドの片隅で1人で泣いてたら、フィンリッドさんが抱き締めてくれたの」
「エルナ……」
「それからはギルドの宿舎に泊めてもらって……すぐじゃなかったけど、ようやく落ち着いてきた頃に、フィンリッドさんが色々話してくれたの。お母さんのこととか」
「お母さん? ……お父さんじゃなくて?」
「あ、これは聞いてないんだね。わたしのお母さん、冒険者だったんだよ」
「へぇ……フィンリッドさんが知ってるってことは、ワーク・スイープに登録していたの?」
「うん。仲良かったみたい。色んなことを教えてくれたよ」
フィンリッドさん、エルナのお母さんと親交があったと言っていたけど――そういうことか。
「お母さんがすごく強かったっていうのは知ってたんだけどね。……お父さんがいつも嬉しそうに話してたから……」
エルナは少し寂しそうな笑みを浮かべて、ぽつりぽつりと昔のことを語り始めるのだった。
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