3「冒険者登録」
「その……わたしが受けちゃ、だめ、かな?」
依頼を受ける冒険者が足りない。そんな中、エルナのまさかの申し出だった。
静まり返ったギルドカウンター。止まっていた思考が動き出す。
「――――エルナが?」
そんな手が――……いやいやいや、そんなのダメに決まってる!
しかし、同意を求めようとリフルさんを見ると、なぜか神妙な顔をしていた。
ハンドさんも腕を組み悩みだす。
「そうか、エルナちゃんか……ううむ、しかしなぁ」
――嘘だろ? 即答で却下すると思ったのに、まさか検討している?
僕はぎょっとして思わず声をあげた。
「ちょ、ハンドさん?! なにを考えてるんですか。エルナは宿舎の職員でしょう? 冒険者じゃないのに依頼を受けるなんて――!」
「待って、ラック」
「エルナ……」
ハンドさんに詰め寄ろうとすると、服を引っ張られエルナに遮られてしまう。
「リフルさん、まだ残ってますよね? ――わたしの冒険者登録」
「え、えぇ……。ちゃんと残ってるわ」
「――は? エルナの、登録……?」
冒険者ギルド、ワーク・スイープに登録をしているって意味……だよな?
つまり、エルナも冒険者だった?
「え………………………………??」
理解が追い付かず、今度こそ頭が真っ白になる。
――なんで? なにがどうなってるんだ?
あ、ギルド職員も一応冒険者の登録が必要とか。……いやそんなわけないよな……。
「ラック、混乱させてごめん。ちゃんと説明するよ」
そう言われ、ゆっくりとエルナの方を向く。たぶん困惑して間抜けな顔をしていたと思う。
「……わたしが冒険者になりたかったって話はチラッとしたよね? それで、ね。挑戦したことあるんだ」
「そう……なの?」
言われてみればおかしな話じゃない。エルナの性格を考えればそれくらいするだろう。
「でもラックも知っての通り――わたしは冒険者に向いてなかった。だけど登録だけは残してもらったんだよ」
魔力が不安定で倒れる危険性があるのに、依頼を受けるのは難しい――。
彼女は言葉を濁したが、冒険者に向いていないとはそういう意味だ。だからとりあえず、その話には納得する。
「……わかった。事情は、一応わかったよ。でも実際どうなんですかリフルさん。エルナが依頼を受けるのって……その、いいんですか?」
エルナの魔力のこと、誰がどこまで知っているのかわからない。でもリフルさんは知っているはずだ。僕がなにを心配しているのか、きっと伝わった。
「……そうね。エルナちゃん、確かに登録は残ってるけど、こういう時に依頼を受けて欲しくて残したわけじゃないのよ」
「それはわたしもわかってます! わたしが行ったって足を引っ張ることも。でも結界メンテナンスなら危険も少ないし。それに、わたしが受ければラックも一緒ですよね? だから大丈夫です!」
「僕が一緒だから大丈夫ってどういう根拠……」
実際のところ、結界メンテナンスの仕事は楽だ。2人で行う規則にはなっているけど、イレギュラーなことが起きない限り1人でもこなせる内容なのだ。素材目当てで周囲の魔物を狩ろうとしなければ戦闘も避けられる。エルナが一緒でもなにも問題ない。だけど、だからって――。
僕が頭を悩ませていると、カウンター越しにエルナがクイッと腕を引っ張ってきた。
「ね……ラックはイヤ? わたしと一緒に依頼を受けるの。仕事にでかけるの。やっぱりケンツくんやゴルタくんと一緒がいい?」
「は? いやそんなことはないけど……」
なんで急にその2人がでてきた?
「じゃあラックはオッケーってことでいい?」
「うん……って、待った! 僕に決定権はないよ!」
と、慌てて否定したのに、後ろからハンドさんがぽんと肩に手を乗せてきた。
「よく言ってくれた。ラック君がいいなら検討の余地があるな。2階で話してくるぜ」
「ハンドさん!? 冷静になってください!」
「そうよハンドさん! ダメよ勝手に!」
よかった、リフルさんが止めてくれる。さすがだ。
「こればっかりはフィンリッドさんの許可をもらわないと。宿舎の方にも確認が必要だわ」
「……リフルさん?」
これもうすでに、エルナが依頼を受ける受けないの話じゃなくて、許可をもらえるかどうかの段階になってないか?
「というわけだから、エルナちゃん。まずは一緒にフィンリッドさんの所に行きましょ。ハンドさんは上でその結果を待ってて」
「わかった。許可をもらえた場合の準備をしておく」
ハンドさんはそう言うと、カウンターの中に戻ってドタタタッと2階へ駆け上がっていった。
「ラックくんはここで待っててね~」
リフルさんもそう言うと、エルナを伴って2階へ上がっていく。
その時エルナと目が合ったけど――手を合わせてウィンクをしてきた。
「……なに、この状況」
そしてポツンと取り残された僕。
僕はどさっと近くの椅子に深く座った。まぁ別にいいんだけどさ……一緒に依頼を受けるのは。ただ、心配なだけなのだ。彼女の身体のこと、魔力のことが。
「…………」
座ってから気が付いたけど、いつの間にかヴァネッサさんが立ち上がっていて、じっと2階へ続く階段に目を向けていた。その顔は――おそらく僕がしていたのと同じだろう、誰かを心配する眼差し。もちろんエルナに向けてだ。
もしかして、ヴァネッサさんもエルナの魔力のことを知っている?
僕が見ていると、ヴァネッサさんと目が合った。
「……ラック。エルナちゃんのこと、お願い。なにかあったら絶対守るんだよ」
「はい、それはもちろん。って、まだ一緒に依頼受けるかわからないですけど」
「まぁね。でも、そうなるよ。勘だけど」
確かに、僕もフィンリッドさんは許可を出すだろうと思っている。勘だけど。
それにしても、セトリアさんほどではないけどヴァネッサさんもエルナをとても気にかけているみたいだ。そういえば先日、セトリアさんに同志だって言ってたっけ。そういうこと?
やっぱりエルナの明るい性格は人を惹きつけるのかな。
「ヴァネッサ、ラック君。迷惑かけてごめんね。はいどうぞ。ギルドからの差し入れ」
コトッと、そばのテーブルにジュースの入ったグラスが2つ置かれた。
顔を上げると、さっきズータの対応をしていた受付のファイナさんだ。
「あ、どうも……」
「ファイナ、あたし酒のがいいんだけど」
「ラック君もいるんだから我慢して。……あ、そうそう。今のやり取りだけどね、リフルもこのままだと収拾が付きそうになかったから、フィンリッドさんに頼ることにしたんだと思う。悪く思わないであげて」
「なるほど……。いえ、悪くなんて思わないですよ」
「うん、ありがとラック君」
「はっはっは! リフルはやり手だよなーほんと。ま、もともとはズータのおっさんが全部悪い! だよねファイナ」
「そうよ! あのおっさん、いつか棍棒とかで後ろから殴ってやりたいわ」
「あはは……」
「あら失礼。じゃあ私は受付に戻るから。あ~あ、今日はついてないわ。本当にごめんね、2人とも」
ファイナさんはそう言って、手を振ってカウンターに戻っていった。
ヴァネッサさんも隣の椅子に座り直し、グラスを手に取ってぐいっと一気に飲み干した。
「ぷはぁ! ん、久々に飲んだなアップルジュース。ほらラックも飲みな。美味しいよ」
彼女の顔からは心配げな表情が消えていて、いつもの余裕の笑みを浮かべている。
……そうだな。
僕は一息吐いて、顔を上げて天上を見る。
エルナのことは心配だけど、なにか起きたら僕がなんとかする。それだけだ。
腹を決め、僕はいただいたジュースを一口飲む。うん、これは確かに美味しい。新鮮なアップルジュースだ。
そして数刻後。勘は当たり、僕はエルナと一緒に依頼を受けることになったのだった。
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