2「深刻な人手不足」
セトリアさんと別れたあと、僕はギルドに戻ってカウンターのリフルさんに依頼完了の報告をしていた。
ついでに旧王都の異物についてリフルさんに聞いてみるか? でもこの時間帯は忙しそうだし……あとでエドリックさんに聞く方がいいかな。
そんなことを迷っていると、突然隣のカウンターから大声が聞こえてきた。
「いや~~~~~! そんな依頼は受けられないな! 結界メンテナンスとかいう地味な仕事、俺に回さないでよファイナちゃん」
……もう声だけでわかる。中年髭面のおっさん冒険者ズータだ。また依頼に文句を付けている。
「ではこちらの魔物討伐依頼はどうですか?」
「どれどれ……って、ムリムリ! こんな強いの俺じゃ無理でしょ。俺を殺す気かよ! もっと楽なのないの?」
相変わらずわがままだ。僕はチラッと彼に目を向ける。するとまず、ボロい鎧と安物の剣が目に入った。装備の手入れをしていないのだ。そんなんじゃ確かに死ぬことになるかも。
ズータの相手をしている受付のファイナさんは苦々しい困った顔で告げる。
「……どちらもダメとなると、いますぐ用意はできませんね。調整しますので後ほどまた来てください」
「えー!? なになに、いま依頼少ないの? じゃあ明日はいいや、休みにしといて」
「ズータさん! またそんな……困りますよ!」
「よろしくなー、ファイナちゃん」
ズータはファイナさんの制止を聞かず立ち去っていく。その場にいた冒険者と職員全員が彼に白い目を向けていたが、気付いているのかいないのか、ふんぞり返ってドカドカと歩いて出て行った。
「ズータさんまたなの? 依頼が少ないんじゃなくて、あなたにお願いできる依頼が少ないのよ! もう!」
僕と同じようにやり取りを聞いていたリフルさんが、さすがに悪態をつく。
「あの人、いつもああですよね……」
「まったくよ。わがまま冒険者ちゃんのズータさん。ちょっとでも気に入らない依頼だと引き受けないの。ああやって休みにしちゃうこともしょっちゅう。おまけに心配性で、依頼を受けたら受けたで何度も質問に戻って来るのよ? 本当に厄介な人」
「うわぁ、面倒くさい人でもあったんだ」
冒険者ギルドから紹介される依頼はもちろん断ることができる。ギルドはクリアできる依頼を上手く調整してくれているけど、冒険者側から見て厳しいと感じる場合もある。それから件のブルバック商会のように内容がきつかったり問題がありそうな依頼を断るケースも。そういう時はきちんと話せば別の依頼を調整してくれるのだ。
ただ、そうやって断り続けているとそのうち紹介してもらえなくなる。この人にはあの時あの依頼を断られたから、似ているこの依頼は断られるだろう、と判断されてしまい、他の人に回されてしまうわけだ。
実は先日、リフルさんに連れられて2階の事務所を見せてもらった。ギルド職員が冒険者に依頼を割り振る仕事をしていたのだが、ちょうど依頼が殺到していたようで、事務所は戦場と化していた。
これは、その時に聞いてしまった職員たちの殺伐としたやり取りである。
「この討伐依頼、ドレイクさんなら受けてくれるでしょ。そっちのゴーレム護衛依頼じゃなくてこっちにしろ」
「いいけどゴーレム護衛依頼はどうする? まさか」
「んー、ズータのおっさんに頼むしかないな」
「しょうがないか。……いや待て、この護衛依頼、ドレイクさんを指名してるぞ?」
「……できたらで、よかったはず。ドレイクさんは空いてなかったことにしよう。それより問題はブルバック商会の継続依頼だ。これ、内容きつくて誰ももう受けてくれないぞ」
「気が進まないが、こないだの新人に任せよう。まだ行ってないだろ? ま、今回だけになるだろうけど」
「そのあと消えなきゃいいけどな……。はぁ、そろそろブルバック商会に説明して断るか」
「おい、大変だ! 怪我が出たみたいだぞ! 回復魔法でも完治に一日かかるから明日休むって、下で受付と話してる!」
「マジかよ! どうすんだ、期限過ぎてる討伐依頼もあるんだぞ!」
「代わり探せ! 休みのヤツにも声かけろ! 確かエドリックが休みだろ?」
――平穏の裏側に隠された修羅場。僕はワーク・スイープの闇を覗いてしまった。
というか、聞いてよかったんだろうか……。
僕はこれまで依頼を断ったことはない。そもそも調整してくれる依頼に不満はなく、むしろ良くしてくれている印象だ。だからこそ、あのおっさん冒険者には腹が立つ。
「今は依頼が多いからあまり関係ないけど、もちろん少ない時期もあってね。そういう時、ラックくんみたいによく働いてくれる人は仕事を回してもらえるし、割りのいい依頼も紹介してもらえるんだよ。ホワイトテイルさんのとかね。あ、これ他の人にはあんまり言わないでね?」
「あはは……はい。ありがとうございます」
今は忙しすぎるくらいだけど、暇な時期っていうのもあるのか。依頼がまったく受けられなくなるのは困るから、そう言ってもらえるのはとてもありがたい。
……いや、でも今はもうちょい休みが欲しいな。
「割りのいい依頼って、ギルドにとっても優良依頼主だから。問題起こしそうな人には紹介したくないの」
「なるほど、一理ありますね」
変な人に任せてクレームが来ても困る、ということだろう。ギルドはたくさんあるのだ、依頼を他に回されてしまう。
「でも本当にズータさんには困ったわ。本人は気付いてないみたいだけど、依頼主からのクレームも多くてね。彼にはもううちの依頼を受けさせないでくれって言われてるところもあるの」
「ああ……お願いできる依頼が少ないって、そういう」
「ブラックリストって呼んでるんだけどね。ズータさんのブラックリストはすごいの」
「……そこまで問題あるのに、ズータさんギルド登録を解除されないんですか?」
「できるならしたい。宿舎はとっくに追い出されてるし。でも繁忙期になるとああいう人でも使わないといけないのよ。それに、意外と遠方の依頼でも受けてくれるの。受けた後にバックレることはないし、切羽詰まるとなんでもやるから。ブルバック商会の依頼も行くのよね」
「それはちょっと大きいですね……。ちなみに、ブラックリストの逆はあるんですか? この人に依頼を受けさせて欲しい、みたいなリストって」
「リストというより、そういうのは指名扱いになるわね。報酬を上乗せするからこの人に受けさせて欲しいって。あと、継続の依頼を同じ冒険者に受けてもらうこともあるわ」
「へぇ……そうなんですね」
「継続依頼は素材収集系が多かったから、今は減っちゃったけどね。代わりにゴーレムの護衛が増えたけど」
この世界の冒険者ギルドの運営方法はしっかりしているし面白いけど、特有の問題も抱えているんだな。
リフルさんとカウンターでそんな話をしていると、ドタドタと階段を駆け下りてくる音が聞こえてきた。
「ズータさん帰ったって本当ですか? リフル先輩」
「本当よ。紹介してたの、私じゃなくて隣のファイナだけどね」
2階から降りてきたのは、若い男のギルド職員。前に挨拶してもらったことがある。確かケインズという名で、リフルさんが仕事を教えたと聞いた。
「参りましたね……。必死にあれこれ調整したのに断られるのが一番疲れます。いや、それよりどうしよう。明日の依頼どっか穴が開くかも……」
それを聞いて、咄嗟に辺りを見渡した。……よし、エルナはいないな。
実は僕、明日休みを取っている。ここにエルナがいたら、依頼を受けろと言ってきただろう。
(でもなぁ。エルナがいないとはいえ、なぁ……)
この状況で「じゃあ部屋に戻りますね」って言って立ち去れるか?
絶対これ期待されてる。そういう雰囲気を感じる。僕が代わりに受けることを。
もう答えが出ているようなものだけど、悩んだフリをして、
「……あの、リフルさん。ケインズさん。僕が……受けましょうか?」
そう申し出るのだった。小声になってしまったのは許して欲しい。
しかし意を決して申し出たのに、2人の反応が鈍い。
「うーん、ラック君か……」
「あ、あれ? 僕、問題ありました?」
腕を組んで悩む始めるケインズさん。代わりにリフルさんが説明してくれる。
「そうじゃないの。あのね、まずズータさんにお願いする予定だった魔物討伐なんだけど」
「あ、もしかしてかなり強いんですか? 僕だと厳しいんでしょうか」
ズータも死ぬ死ぬって言ってたし。
「ん-、どうかしら? ケインズから見てどう?」
「十分戦えると思います。ただね、ラック君。現場が結構遠方なんだよ。遠征ってほどではないんだけど、2、3日帰って来られない計算なんだ」
「あ……そういう、ことですか」
「日数のかかる遠方の依頼は、まず経験者に同行してもらうのがうちの規則だ。だからこの依頼、君には任せられなくてね」
ギルドに登録して2ヶ月半。実は先日、遠方の依頼の規則を教わったばかりだ。そろそろ任せることになる、ということで。
正直、転生の記憶のおかげで遠征も問題なさそうだった。一人旅、野宿は何度もしている。でも――。
「それにラックくん、装備新調のために明日休むんでしょ? 日数かかるのは絶対にダメよ」
そういうことである。まぁどちらにしろ規則を破るわけにもいかない。
「じゃあ、結界メンテナンスの方はどうなんですか?」
結界メンテナンスとは、文字通り結界の維持や見回りの仕事だ。しかも旧王都の結界ではなく、各地の街道を守るための結界。冒険者にとって一番楽な仕事だと言われている。
当然、僕は何度もこなしている。今度こそ問題があるはずないのに――ケインズさんの顔がますます曇った。
「ラック君。君も知っての通り、結界メンテナンスにも規則があるんだ。必ず、2人組で行うように、という規則がね」
「ええ、知ってます。……まさか」
「結界メンテナンスと魔物討伐、ズータさんがどちらを受けてもいいように、冒険者を一人、残していたんだけどね。それこそどんな依頼でも受けてくれる、うちのエース級を。その人に魔物討伐の方を頼むつもりなんだよ」
「あ、それってもしかしてギルド長ですか?」
「いや、今ギルド長は依頼で遠くに行っていてね。あの人がいれば、こんなことにはならないんだけど」
ギルド長、このワーク・スイープで一番偉い人だ。そして一番強い人でもある。
依頼でトラブルがあったり、人手が足りない時に駆り出されるようだけど――なるほど、今回はそのギルド長もいないから、こんな事態になっているわけだ。
そういえばいまだに挨拶できていない。どれだけ忙しい人なんだ。
「結界メンテナンスの方をお願いしたくても、君だけだと2人組という規則に引っかかるんだよ」
「なるほど、それじゃ仕方ないですね。…………ん?」
魔物討伐の依頼に1人。結界メンテンナンスに2人。
残っていた冒険者はエース級の冒険者とズータの2人だった。
「あの、もしかして最初から1人足りなかったんじゃ……?」
「気付いちゃったか。ごめん、そういうことなんだ」
「えぇ……」
ていうか、もしかしなくても、僕は最初から当てにされていたのでは?
あ、リフルさんが目を逸らした。そんな、リフルさん……信じてたのに。
「ねぇ、今話してたエース級ってあたしのこと?」
愕然としていると、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ると、槍を抱えたポニーテールの女性冒険者。先日平原ビックトードが大量発生した依頼で助けてくれた先輩、ヴァネッサさんだ。
「ヴァネッサ! あなたいたのね。そうよ、あなたのこと」
「慣れないね、エースなんて。あたしなんか繰り上がりでそう呼ばれてるだけだからさ」
「そんなことないわよ……ね、ケインズ?」
「はい。ヴァネッサさん、あなたは間違いなくうちのエースです。僕が保証します」
「ふーん……ま、いいけどさ。あたしの依頼まだ決まってないんでしょ? 決まったら教えて。ラックもごくろうさん」
「あ、はい……」
ポニーテールをくるんと振り回して、ヴァネッサさんは近くの椅子に足を組んで座った。
……繰り上がりでエース? どういうことだろう。
「というわけで、申し訳ないけどラック君も少し待っててもらえるかな。もう一人探してみる」
「わかりました」
見つからなかったらどうなるんだろ。僕は休みでいいんだろうか。休みたいと思っていたんだからそれでいいんだけど、なんだか据わりが悪い。
そこへ、カウンターの奥からバタンと裏口の扉が開く音が聞こえた。
「リフルさーん、宿舎の空き部屋リスト更新したの持ってきましたー」
「あ、エルナちゃん。ありがとね」
裏口からやって来たのはエルナだ。空き部屋リストとやらをリフルさんに手渡すと、僕と目が合った。
「あれ、ラックじゃない。どしたの? もしかして依頼受けるの渋ってる? だめだよそんなことしたら。良くしてもらってるんでしょ? うちは忙しいのに『なになにいま暇なの?』とか変なこと聞いちゃだめだよ」
「そんなズータさんみたいなこと言わないよ!」
「そうよエルナちゃん。今、ラックくんは待機状態なの。依頼をお願いするかどうかのね」
「待機状態? どういうことです?」
「実はね――」
リフルさんがエルナに簡単に状況を説明する。
すると、エルナはため息をついて、近くのケインズさんを見てジト目になった。
「相変わらず2階はいい加減ですね」
「ぐっ……! 僕はただ言われて――いやでもこれは僕の仕事で……うぅぅっ!」
「ケインズ、いいのよ言って。どうせハンドさんの判断でしょ? ズータさんそろそろ働くだろうって。その見込みが外れたのよね」
項垂れるようにしてコクリと頷くケインズさん。ハンドさんは先日セトリアさんの件で謝罪してもらった職員さんで、どうやら彼の上司のようだ。
胸を抑えているケインズさんを見てさすがのエルナも少し焦る。
「――ごめんなさいケインズさん。わたし言い過ぎました。ズータさんとハンドさんの間に挟まれて振り回されちゃうの、同情します。あはは……」
「ケインズ、とりあえず2階に戻ってハンドさんと相談してきなさい」
「そうします……」
ケインズさんはそう返事をして、項垂れたまま2階へ戻っていく。彼も大変だな……。
見送っていると、カウンター越しにエルナが話しかけてきた。
「ねぇラック。その……いつもの彼は?」
「いつもの? もしかしてケンツのこと?」
「うん。そうそう」
「もともと僕が休むつもりだったから、別の依頼を受けてるはずだよ」
「そうなんだ。じゃあ弟子は?」
「ゴルタは弟子じゃないってば。同じくだよ。違う場所の結界メンテナンスじゃないかな」
「ふ~ん……そっか」
エルナはそう言ってなにやら考え込む。もしかして誰か当てでもあるんだろうか。
もしかしてセトリアさん? ……いや彼女が空いてるならすでに話題に出てるだろう。
なんてことを考えていると、2階からドタドタドタと駆け下りてくる男職員。ケインズさんじゃない。その人はカウンターの脇を抜けてこっちに周り、そのまま外に出て行こうとする。あれは――。
「ちょっとハンドさん! どこいくのよ?」
リフルさんが呼び止める。やっぱりハンドさんだ。彼はチラッとリフルさんを見て答える。
「同業に頼んでくるんだよ。もうそれしかねぇからなぁ」
「同業、ですか?」
僕が首を傾げて聞くと、ハンドさんが足を止めて振り返る。
「どうしても人が足りない時、他の冒険者ギルドに頼みに行くんだ。まぁどこも人手不足だから、受けてもらえる可能性は低いな。自分のとこが優先だから後回しにされる」
そういうパターンもあるのか。しかし、それでなんとかなる可能性は低そうだ。
「ま、ダメ元ってやつだな。すまんなラック君。それから――ヴァネッサも。2人とも待機しててくれ。頼むことになったらラック君には報酬上乗せするぜ」
「わかりました」
「ん? あたしには?」
「ヴァネッサはもともと依頼受ける予定だったろ。じゃあ行ってくる」
そう言ってハンドさんが出て行こうとする。その時、
「――待って! ハンドさん!」
大きな声で呼び止めたのは、カウンターから身を乗り出したエルナだった。
「お? どした、エルナちゃん。もしかして誰か心当たりがあるのか!?」
「はい! ていうか……あの……ですね」
勢いよく返事をしたものの、だんだん尻すぼみに声が小さくなっていく。
僕らだけでなく、周りで様子を窺っていた冒険者と職員たちの視線が集まる。
彼女は一度強く目を瞑り、もう一度身を乗り出し、だけど小さな声で躊躇いながら――
「その……わたしが受けちゃ、だめ、かな?」
――そうして出てきた言葉に、僕は唖然としてしまうのだった。
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