3章 現れた紅き異形
1「旧王都の異物」
エルナの様子がおかしい。その原因を突き止めろ。
セトリアさんにそう指示をされたのに、なにもできず数日が経ってしまった。
僕自身もエルナに違和感を感じているのにだ。
僕が原因だとセトリアさんは言うけど、本当にそうだろうか。もしそうだとしたら――直接聞くのはとても気まずい。せめて心当たりがあればいいんだけど、まったく無いから困る。
そんなある日。早めに依頼を終えてギルドに戻ってくると――入る前にグイっと腕を引かれ、そのまま引っ張られて路地裏に連れ込まれてしまった。
ちなみに抵抗しなかったのは顔見知りだからである。
「……強引ですねセトリアさん」
「あそこだと話しにくいから仕方なくよ。用件はわかっているわね?」
「僕と話すのは一つのことだけ、ですもんね」
エルナについて。セトリアさんの用件なんてそれしかないのだ。
「進捗は?」
「えっと……その、なにも……」
僕がぼそぼそとそう答えると、セトリアさんは盛大なため息をついて蔑んだ目で僕を見る。
「はぁぁぁぁ……本っ当に使えないわね。ここまでとは思わなかったわ。あの時の新人の方がマシだったんじゃない?」
「ぐはっ……しょ、しょうがないじゃないですか! 心当たりないんですから!」
ゴルタ以下だと――!?
セトリアさんには色々言われてきたけどそのなじりは一番堪える。
僕は痛む胸を押さえながら、自分が感じている違和感について説明した。すると、
「やっぱりあんたが原因ね」
「今のでなんでそうなるんですか」
「私がいつもと違うと感じるのは、エルナがあんたの話をする時だけよ。他はいつも通り。だけどあんたは普通に話している時に違和感を感じたのよね? だったらだったらあんたで決まりでしょう」
「…………うーん」
言い返せなかった。そう聞くとやはり僕が原因な気がしてくる。
なにかしたかなぁ……。
「まったく。早くなんとかしなさい」
「はい……」
そう言ってセトリアさんはとっとと立ち去ろうとする。
え、本当にそれを聞くためだけに待ち伏せしてたのか。
僕は慌てて呼び止める。
「待ってくださいセトリアさん! 僕からも質問があります」
「……なによ? エルナに関係あるんでしょうね?」
「もちろんです」
よかった、足を止めてくれた。気が変わらないうちに聞いてしまおう。
「不安定な魔力のことですよ。治すと言ってましたが、セトリアさんにはなにか当てがあるんですか?」
彼女の眉がピクリと吊り上がる。明らかに不機嫌そうな顔になった。……いやそれはさっきからずっとだけど。
やっぱり教えてくれないだろうか。せめてどういう方針で調べているのか、少しでもわかったことがあるのか、なにかしらの情報が欲しい。
セトリアさんはしばらく黙って僕を睨み、そしてポツリと呟いた。
「……旧王都よ」
「え……?」
「旧王都の異物。私はあれに治す鍵があると思っているわ」
僕は頭を巡らせる。旧王都の、異物。旧王都の……。
「……すみません、それってなんですか?」
「は? あんた本当に冒険者なの? なんで知らないのよ」
「し、新人なもので」
「本当にあの半人前のがマシね」
「ぐっ……くぅぅ……」
またゴルタと比べられてしまった。
旧王都の異物。それはこの世界で結構有名な物のようだ。
どうしようゴルタが知ってたら……本当に彼以下になってしまうぞ……。
「あんた田舎から出て来たのよね。だったら旧王都に眠るお宝の話は知ってるでしょ」
「え……お宝? ……――あぁ!! って、あれ本当の話なんですか? いやまさか……」
それなら子供の頃に聞いたことがある。僕は幼少期の記憶を掘り起こした。
旧王都に眠るお宝。それを見つけると、神に等しい力が手に入り、空を自由に駆けすべての魔物を倒せるようになるという。
親たちから聞かされた噂話だ。子供の僕らは大いに興奮したものだが……すぐに気付いてしまうのだ。
40年前まで人の住んでいた旧王都にそんなものあるはずないって。
旧王都から撤退する際に持ち出せなかった宝物が城にある、という噂は信憑性があるが、すべての魔物を倒せるお宝なんて嘘に決まっている。そんなのがあるなら王都は魔物に奪われていない。
なので子供たちの興味はすぐに、大活躍している冒険者の話題に移っていった。
――それが本当にある? そんなバカな。信じられるわけがない。
僕の様子を見てセトリアさんがもう一度ため息をついた。
「もちろんすべての魔物を倒せるお宝なんて嘘よ。でも特殊な力を持つアイテムが見つかるのは本当。これまでにいくつも見つかっているわ」
「特殊な力……? そうか、それがお宝の噂になってプレン村まで伝わってきたんだ」
特殊な力がどんなものかわからないが、いかにも尾ひれが付きまくりそうな話だ。
「セトリアさん、特殊な力って具体的には? 異物って名前からして、もともとそんなアイテムは王都に無かったってことですよね?」
「……仮説はあるけど、それくらい自分で調べなさい」
「う……はい」
しまった、前のめりになりすぎた。
まぁあのセトリアさんが少しでも説明してくれたのだ。言われた通り、あとは自分で調べよう。
「あ、じゃあ、セトリアさんは……」
「そうよ。私は旧王都の異物が持つ特殊な力に、期待している」
「…………」
エルナの不安定な魔力を安定させるアイテムを見つける――。
僕はセトリアさんから、少しでもわかっていることがあれば聞きたいと思っていた。
だけど得られた情報は――存在するかどうかもわからない、アイテムの話だ。
フィンリッドさんが話してくれたことを思い出す。エルナの不安定の魔力について、高名な魔法使いにも診てもらったと。きっとそれ以外にも調べられることは調べている。元騎士でギルド協会をまとめているフィンリッドさんなら、僕らが個人でできること以上のことをしているはず。あらゆる手を尽くしているだろう。
そしてセトリアさんもそれを知っている。聞いたのか、聞き出したのか――。
とにかく、彼女はもう旧王都の異物の可能性に縋るしかないのだ。
(旧王都……)
この魔王のいない平穏な世界において、あの場所はいったいなんなんだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます