2「冒険者ギルドの事情」
今回バックレたのは、数日前にギルドに登録したばかりの冒険者だった。
名前はゴルタ。今回が3回目の依頼だったらしい。
「ごめんねーラックくん。いやね、ちょーっと嫌な予感はしてたのよ。二回目の依頼のあと、なんか思ってたのと違うっすね……ってぼそっと呟いてたの。だから今回の依頼は少し歯ごたえのあるものにしたんだけど。遅かったというか、彼の決断が早かったわね~」
僕は食堂で朝食を食べながら、リフルさんとエルナに事情を聞いていた。
「そのゴルタってヤツ、消えたんですか?」
「うん。やっぱり不安でね、今朝食堂のエルナちゃんに様子を聞きに行ったの。そしたら」
リフルさんが視線を向け、エルナが話を引き継ぐ。
「あの新人君、まだ食堂に来てなかったんだ。それで部屋を見に行ってみたら、鍵が開いててもぬけの殻ってわけ。このパターン久しぶりだよ」
「久しぶりって、前にも似たようなことあったの?」
「あるある。新人の3回目って結構バックレることある。夜逃げするみたいに消えちゃうの」
「ちなみに一番多いのは初回バックレよ。まったく、なんのためにギルド登録したのかしら」
「そのパターンなら僕も見たことあります」
初回バックレの対応にあたったことはある。今日は初回の人はいないからと安心していたのに。そうか、3回目でバックレってパターンもあるのか。覚えておこう。
「今回その新人が受けた依頼ってなんですか?」
「採取ゴーレムの護衛ね」
「やっぱり……」
最近増えている『ゴーレムの護衛』依頼。その名の通り、採取を行うゴーレムが魔物に壊されないよう、護衛する仕事だ。
少し前までは冒険者が薬草や木の実など、天然素材の採取をしていた。ギルドの依頼も採取系がかなり多かったらしい。だけど自立ゴーレムが開発されると、その役割が奪われていった。特にこの1年で急速に変わったそうだ。ゴーレムの流通が早い都市部周辺ではすっかりゴーレム頼みになっている。
ただ、ゴーレムには魔物に襲われて壊されてしまうというリスクがある。そのため護衛の仕事が冒険者に回ってくるようになった。もちろん一人1体ではなく、5体くらいまとめて護衛するので、冒険者が採取するよりも人件費がかからない。
しかしそれは、冒険者の仕事の数が5分の1に減るということだ。さらに最近では弱い魔物なら倒せてしまうゴーレムが開発され、魔物由来の素材集めも可能になり始めている。
「もうすっかり、ゴーレムの護衛依頼ばっかりなのよね。どんどん冒険者の仕事が奪われて、依頼が減ってるのよ。あと数年すれば冒険者ギルドの数は一桁になるって言われているわ」
「そんなに、なんですか」
「そんなになの。知ってる? 『武人クエスト集会』と『グリーンフェンス』、この2つの冒険者ギルドが今度閉鎖しちゃうのよ」
「え……武人クエスト集会って、老舗ですよね!?」
もう一つの方は知らないギルドだが、武人クエスト集会は民間ギルド設立時から存在する有名なギルドだ。この街でその名を知らない冒険者はいない。
「ビックリでしょ? 腕利きの冒険者が多いギルドだったんだけど、最近はどんどん人が離れちゃってね。あそこ、国からの依頼と魔物討伐しか受けてなかったから」
「ゴーレム関連の依頼は一切受けていないって噂、本当だったんですね」
ギルドの方針、冒険者のプライドか、受ける依頼を絞っていた。その結果依頼が足りなくなり、冒険者に仕事を回せなくなってしまい、人が離れてしまう……ということだ。
「グリーンフェンスは新しいギルドなんだけど、武人クエスト集会の方針を真似してたのよ」
「……同じ理由で閉鎖、と。じゃあそこに登録してた冒険者たちはどうなるんですか?」
「こないだのギルド協会の集会で、その件の話し合いがあったみたい。ほとんどはギルド最大手の『ニコルンキャスト』が受け入れるみたいね。少しはうちとかにも流れると思うけど」
「あそこまた増えるんですか」
ニコルンキャストはカルタタ最大規模の冒険者ギルドだ。このご時世でも200人近くの冒険者をキープしているらしい。
ちなみにワークスイープは40人くらい。ここも武人クエスト集会に並ぶ老舗のギルド。依頼を絞ったりしていないから、人数をキープできているようだ。それでも最盛期に比べたらかなり減っているらしい。
「今はどこのギルドも生き残るのに必死よ。依頼を選んでる場合じゃないのよね。あ、もちろん旧王都攻略の依頼もたくさん受けないといけないのよ? そうしないと国からの支援が減っちゃうから。……武人クエスト集会はこのへんしっかりしてたのに、それでも閉鎖だから、界隈に衝撃が走ったわ」
「旧王都攻略……」
魔物に奪われてしまった王都。その奪還こそ、冒険者ギルドの本来の役目だ。
だけどそれだけでギルドを回せる時代ではない。他の依頼と両立させないといけない。
話がひと段落して、リフルさんがため息をつく。
「ふぅ……つい長々語っちゃったわ。でもこれが今のギルド事情なの」
「ラック、わかったでしょ? 普通の依頼だけじゃだめなんだよ。がんばって旧王都行けるようにならなきゃ! だから、ばしばし依頼受けてね!」
「ぶっ、ごほごほ!」
そういってバシバシとエルナに背中を叩かれる。メシ食ってる時にやめろ。
「ラックくん、休みだったのに本当にごめんね。手当弾むから、ね? お願いっ」
当日の対応には当然、報酬に手当が上乗せされる。まぁもう引き受けるつもりでこうして話を聞いているのだけど。
「わかりました。依頼の詳細教えてください」
「ありがと~! 時間がないからここで説明するわね。まず内容だけど、さっきも言った通り採取ゴーレムの護衛依頼よ」
採取ゴーレムの護衛は戦闘ありの新人向け依頼だ。新人向けにはそれ以外に戦闘がほぼ起きない結界メンテナンスという街道の見回りをする依頼があって、おそらくバックレた冒険者も最初2回はそれだったんじゃないだろうか。僕もそうだったし。
「あれ? さっき歯ごたえのある依頼にしたって言ってましたよね」
「ええそうよ。ラックくん、最近のゴーレムは弱い魔物を倒せるの知ってるでしょ?」
「はい。あぁ、もしかして」
「その戦闘用ゴーレムを破壊できる魔物が現れたから、駆除して欲しい。というのが今回の依頼なの。護衛依頼になってるけど、ほぼ討伐依頼ね」
「なるほど……」
普通の採取ゴーレムではなく、魔物倒して素材を採取するゴーレム、つまり戦闘ゴーレムの護衛だ。確かにそれなら、新人冒険者にとっては歯ごたえがありそう。
「それでね、ここからが重要なんだけど、この依頼二人一組で受けないといけなくて」
「あ、もう一人いるんですね。その人も出発できなくて困っていると」
「ううん。実はね、一人でも問題ないって言って出発しちゃったの……。だから急いで追いかけて欲しいのよ」
「は……? それ、本当に急がないといけないやつじゃないですか!」
二人という人数指定のある戦闘ありの護衛依頼に一人で向かうのは危険だ。
僕が驚いていると、エルナがほらみろと言わんばかりに腰に手を当てて急かしてくる。
「そーゆーこと! ほらラック! 食べ終わったなら早く準備して!」
「わかってるよ。ていうか僕、今日休みだったの忘れてない?」
「今そんなこと言ってる場合じゃないよ! ラックってばもう! そんなんじゃギルドのエースになれないよ? 旧王都に行くんでしょ?」
「エースを目指した覚えないんだけど」
「うるさいなぁ、ごちゃごちゃ言ってないで早く行けって言ってるの!」
「ま、待て、引っ張るな、まだスープが……ああもう!」
エルナに腕を引っ張られ、一気にスープを飲み干して立ち上がる。
それを見てリフルさんが苦笑い。
「あっはは……相変わらず仲いいわね、二人とも」
「……そう見えます?」
端から見たらそう見えるんだろうか。
僕はエルナに気付かれないようこっそりため息をついた。
色々と諦めて食堂を出ようとすると、リフルさんに呼び止められる。
「あ、ラックくん待って。言い忘れてたことがあるの。……依頼主のホワイトテイルさん、今まで武人クエスト集会に頼んでた依頼をうちに回そうか検討してるみたいでね。今日の依頼ぜったいにしくじれないの。だから、よろしくねっ」
「――!?」
なんでそんな大事な依頼を不安な新人に任せたんだ?
「ほんとは夜遅くに遠征から帰ったエドリックを引っ張り出そうとしたんだけど、どこかで飲んだくれてるみたいで見つからなくて。もし見つかったら一応向かわせるから!」
「あぁ……いえ、もともと二人で受ける依頼だし、大丈夫だと思いますよ」
エドリックさん――こないだ僕にジュースをくれた先輩冒険者だ。なるほど、保険は用意してあったけどそれが機能しなかったわけだ。
不安な新人に不安定な保険。まったく、人手不足は深刻だな……。
とにかく、そういうことなら気合を入れていかなければ。
――そう思った瞬間、エルナにバシンと背中を叩かれた。僕はもうなにも言わず、走って食堂を出るのだった。
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