1章 バックレは許されない

1「理不尽なボーナス、理不尽な朝」


 ラクルーク・リパイアドとして40回目の転生をしたこの世界。ロスクーノという巨大な大陸、その南西部を治める大国、イルハリオン王国に僕はいた。王都から西に離れた都市、カルタタが活動拠点だ。

 カルタタは40年前にできた街だが、急速に大きくなり国の主要都市の一つとして今も発展を続けている。

 街の特徴は、なんといっても冒険者ギルドがいくつもあること。そのためギルド都市と呼ばれている。正確な数は知らないが、おそらく20はあるだろう。これでも減った方で最盛期はこの倍以上、50はあったらしい。


 こんなの普通じゃない。これまでの転生でも冒険者ギルドなんて街に一つあるかどうかだったし、存在しない世界だってあった。それがこれだけ密集しているのなんて初めてだ。

 もちろん、これはこの世界でもカルタタだけの特色で、ギルドが密集している街は他に無いそうだ。ではどうしてこんなに冒険者ギルドがたくさんあるのか。それは、街の成り立ちが関係してくる。


 カルタタのすぐ隣、都市の東側には荒廃したかつての王都がある。魔物の大群に襲われ、奪われてしまった旧王都オールドブライト。今では魔物の巣窟になっていて、奪還作戦が幾度となく繰り返されている。

 そして都市カルタタは、もともと旧王都の奪還拠点だった。腕に覚えのある冒険者を集め、国の騎士と共に旧王都に挑んでいたのだ。

 国は冒険者への支援を惜しまなかった。冒険者の人数が増えてくると、管理するための組織、最初の冒険者ギルドを創設。冒険者が休むための施設も創られた。すると、周囲に商売を始める者が集まり始める。様々な店が開かれ、住居が増え、民間による第2第3の冒険者ギルドが作られていく。

 そしてやがて、拠点は街となった。隣りに魔物の巣窟となった旧王都があるため、街は旧王都の反対側へ、扇状に広がる珍しい形で発展していった。


 王都を奪われて40年。多くの冒険者が集まったが、未だ旧王都奪還は叶わない。

 しかし街は大きく発展し、国益にかなり貢献していた。魔物は強固な結界のおかげで旧王都から出てくることはなく、もうこのままでもいいのではないか、と考える者も少なくはない。

 だけど国は奪還を諦めていない。旧王都を奪われたままでは、国の威信を保つことができない。増えすぎた冒険者ギルドのために支援協会を作り、多額の投資を続けているのだ。


 一方、冒険者ギルド側も依頼を効率よくこなすため、その仕組みを変化させていった。

 創設当初は依頼リストを用意し冒険者が自分で選んでいたという。依頼を達成できるかどうか、自分で判断して受けなくてはならなかった。

 それが今では、まず冒険者はギルドに登録、所属してもらいスケジュールを管理。一人一人の力量に合わせた依頼を斡旋する方式になった。今ではどのギルドもこのやり方で運営している。

 この方式に変わって依頼を選ぶ自由は減ってしまったが、実力に合わない依頼を受けて失敗、怪我や死亡のリスクが大きく減少。文句を言う人はすぐにいなくなったそうだ。


 もう一つ、この街の冒険者ギルドには素晴らしい特徴がある。それはすべてのギルドに宿舎が併設されていることだ。希望する新人冒険者は部屋に空きがあればそこで寝泊まりすることができる。僕のように地方から来た冒険者志望にはありがたい話だ。もちろん利用料を依頼の報酬から差し引かれてしまうけど、他で部屋を借りるよりも格段に安い。食堂で美味しいご飯も食べられる。これで宿舎に入らない新人冒険者はいないだろう。

 しかも僕が所属している『ワーク・スイープ』の宿舎には、なんと共同大浴場がある。これにはかなり驚いた。これまで39の世界を巡ってきた僕だが、浴場なんてものはどこにも無かった。そもそも湯に浸かるという風習があった世界は三つしかなかったし、それだって小さな浴槽に身を縮めて入るようなものだった。広々とした浴場で足を伸ばして湯に浸かるのがこんなに気持ちがいいなんて、この世界で初めて知ったのだ。


 大浴場に宿舎、なによりこんなにもしっかり運営されている冒険者ギルドは今まで無かった。

 ギルドがあるだけマシで、荒廃し明日を生きるのも大変な殺伐とした世界がたくさんあった。当てもなく歩き続け、魔王を倒す術を探す日々だった。

 それに比べたらここは本当に平和だ。魔王の話だって聞いたことがない。女神は本当に休息のための世界を用意してくれたんだ。


 少し話が逸れてしまったが、冒険者ギルドがたくさんあるのも、中身が充実しているのも、すべては国の支援の賜物。冒険者へのサポートをしっかりすることで、旧王都奪還という悲願を叶えようというわけだ。

 ――もっとも、昨今はとある事情により、ギルドへの依頼も冒険者のなり手も減ってきているのだけど。それはまた別の問題。


「本当にこんな世界初めてだ。そう考えればちょっと忙しいのくらい、まぁいいかって……」

「おーいラック~、いる? リフルさんがまた人が足りないって言ってるよー?」

「……思えないな。やっぱおかしいだろ」


 夕刻、依頼を終えて休んでいたところに、ノックと共に聞こえてくるエルナの声。居留守は無駄だ。帰っていることは受付で確認済みだろう。いっそ窓から逃げようか? ここは2階だけど飛び降りるのは余裕だ。


「窓から逃げたら夕飯抜きだからねー」

「なんて卑劣な!」


 エルナにそんな権限無いのに――ああもう面倒だ。


「ていうかなぁ。どこらへんがボーナスなんだ……」


 僕は観念して立ち上がり、しぶしぶ部屋のドアに手をかける。


『私の用意したこの世界のボーナス。それは彼女です。喜んでいただけましたか?』


 エルナと出会った後に、突如脳内に直接聞こえて来た女神の声。

 どういうことなのかわからなかったし、聞いても答えてくれなかった。そして今も意味がわからない。忙しくて休息とはほど遠いこの状況はだいたいエルナが作っている。宿舎や大浴場がボーナスだっていうならわかるんだけど……。


 幸い、急遽明日受けることになった依頼は楽な内容だった。

 だけど、それでも、どうしても、とてつもなく理不尽を感じる。



          * * *



 僕が前世の記憶に目覚めたのは、プレン村という田舎を出て、内定していた冒険者ギルド『ワーク・スイープ』に登録し、宿舎の部屋で一息ついた時だった。

 一瞬困惑するも、そんなことは40回目、慣れている。すぐに状況を飲み込み――


『ゆっくり休んでください。ラック――』


 ――女神の言葉を思い出し、やはり困惑することになる。

 魔王のいない、平和な人間の世界。休息のための世界。

 確かにここはそういう世界だ。田舎育ちだったけど世界情勢は把握している。

 ここに来た目的は出稼ぎが主な目的だ。もちろん都会の冒険者に憧れたのもあるけど、僕ぐらいの歳の少年なら誰だってそうだろう。――そう思えるほど、余裕のある世界だ。


 これが休息の世界だと、プレン村を出る前に思い出していたら僕はどうしていただろう。

 転生するといつも15歳でそれまでの記憶を思い出す。これがもう少し早ければ違う選択肢もあったんだろうか。

 ……いや、やっぱりないかな。田舎でのんびり過ごすのは性に合わない気がする。どっちにしろ冒険者を目指していただろう。


 とにかく、宿舎で記憶を取り戻したのだ。そしてその直後エルナと出会い、トラブルがあり――彼女の秘密を知ることになった。

 その結果エルナは僕にしょっちゅう絡んでくるようになり、率先して仕事を受けさせようとしてくる。女神は彼女のことをボーナスだというけれど、そのボーナスは僕に休息を与えてくれない。働け働けという。せっかく女神に休めと言われたんだし、魔王もいないし、こんなにも待遇のいい冒険者ギルドなのだ。必要最低限の依頼をこなし、あとはのんびり過ごしたい。それなのに、休みを潰す勢いで依頼を受けている。

 もちろん、魔王を倒す旅を続けていた頃の方が過酷で大変だった。それこそ休んでいる暇などない、生きるか死ぬかだ。それに比べればマシかもしれないが――これは別種の大変さだ。ベクトルの違う過酷さがあり、精神的に疲れる。


「ま、今日はなんとか休みを勝ち取った。習慣で早起きしちゃったけど、昼まで寝てよう」


 その日、僕はなんとなくいつもの時間に起きてしまい、記憶を取り戻した時のことをぼんやりと思い出していた。

 そうしているうちに、再びウトウトし始める。朝食を食べに食堂へ行かないとエルナにどやされそうだけど、久々の二度寝の誘惑には逆らえない。昼までとはいかなくとも、エルナが起こしに来るまでは惰眠を貪らせてもらおう。

 僕は一度開いたカーテンを閉めて、毛布を被って目を閉じた。


「ラックー! 起きて! 朝だよ! ていうか起きてるでしょ!」

「……早くない?」


 まだ秒しか寝てない。早すぎる二度寝からの目覚めだ。

 食堂の朝食時間だってまだもう少しあるはずだ。エルナも僕が休みなのは知ってるだろうに、なんだってこんな早く起こしに来たんだろう。


「……嫌な予感がする……」


 僕は頭から毛布を被り直し、耳を塞ぐ。眠ってしまおう。エルナの声は聞こえなかった。疲れてぐっすり寝ていたことにしよう。


「ラックくん~おやすみのところごめんね! ちょっといいかな?」

「なっ……リフルさんの声? げ、幻聴だ。いや夢だ。夢を見ているんだ」


 嫌な予感がどんどん膨れあがる。エルナだけでなくリフルさんまで起こしに来たということは……ああ、もう間違いない。誰だ、いったい誰が――。


「今日の依頼に欠員が出ちゃったの! ギルド長は別の依頼のヘルプに出てるし、いま動けるのラックくんだけなんだよ~」

「ラック? 聞こえてるでしょ? ひとり飛んじゃったんだって! 早く出てきなさいよー」

「くそ……やっぱりバックレかよ」


 当日の依頼の欠員――つまり、バックレ。

 その穴を埋めるために、休みの冒険者が対応することはある。たまにそれでギルド長が現場に出ているが、必ず手が空いているわけではない。今回は人手不足ですでに出ているようだ。

 ちなみに忙しすぎるギルド長とはまだ顔合わせすらできていない。いつもいないのだ。


「お願いラックくん! 依頼主、ホワイトテイルさんなんだよ~」

「え……」


 ホワイトテイルはカルタタで有名な宿屋の名前。宿屋経営だけでなく、飲食、冒険者の装備品製造など、色んな事業に手を出していて、依頼は討伐、護衛、素材集めと多岐にわたる。そしてなによりワーク・スイープのお得意さんらしい。僕もよく依頼を受けていて、報酬もよかった。つまり僕にとってもお世話になっている依頼主さんなのだ。


「ああもう……しょうがないなぁ」


 腹を決め、起き上がる。もう完全に目が覚めてしまったし、そんなの聞いたら断れない。

 やっぱり僕には休息なんてなかった。



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