3「剣士、ケンツ・クロスード」


「あれか……!」


 カルタタの西にあるカタファスト平原。現地に到着すると、すぐに依頼の相方を発見した。というかすでに戦闘を開始している。近くにゴーレムの姿は見えないから上手く魔物を引き離したらしい。結構腕の立つ冒険者かもしれない。

 ゴーレムを襲うという、今回のターゲットはオーク。ボロボロの鎧を身につけた巨躯に、頭は豚の姿。片手に棍棒を持って振り回している。なるほど、他の個体に比べてやや大きい。あれは戦闘用ゴーレムじゃ対処できない魔物だ。

 僕は戦っている冒険者に駆け寄る。


「ワーク・スイープの冒険者、ケンツだよな! 僕はバックレの代わりで来たラクルーク・リパイアドだ! 加勢する!」

「お前は……ふん、受付に一人で問題ないと言ったんだが」


 どこか無愛想な相方冒険者の名前は、ケンツ・クロスード。リフルさんから聞いた話によると年齢はラックと同じ15歳。少し長めの黒髪で、前髪が目元にかかっている。戦闘中というのもあるが目つきが悪い。身長は僕より頭半分くらい高そうだ。軽装でボロボロの黒いマントを纏い、細身の剣を持って戦っているが、右の腰にはナイフも携えている。剣士のようだが、状況に応じて武器を変えるスタイルかもしれない。

 彼は僕より2週間ほど早くギルドに登録したらしく、ほぼ同期だけどやや先輩。宿舎でも見かけたことはあるけど話をしたことはないし、一緒に組んで依頼を受けたこともなかった。なので戦っている姿も初めて見るわけだけど――。


(うん、やっぱりそこそこ強いな)


 素早い身のこなしでオークの動きを乱し、態勢が崩れたところを斬る。技とスピードで翻弄し、無理せず相手を削っていく。一人で問題ないと言うだけはある。彼が勝つだろう。

 でもそれは、敵がこのオーク一体だけならの話だ。


「ブモォォォォオオオオ!!!」


 戦っているオークの後ろから雄叫びが聞こえた。

 見ると、街道から見て平原の奥から三体のオークが駆け寄って来る。仲間を呼んでいたのだ。


「チッ――――集まる前に終わらせるつもりが! しぶといんだよ!」

「ケンツ、そのままそいつを引きつけておいて」

「あぁ!?」


 僕は腰の剣を抜き、駆けつけたその足で前に出る。巨体のオークが棍棒を振り下ろすが、遅い。空を切り地面を打つ。僕はそのオークには目もくれず脇をすり抜けた。


「ブオォ!?」


 すると正面に、3匹の雑魚オーク。巨体のオークのせいで見えなかったのだろう、突然現れた人間に驚いて、オークたちの動きが一瞬止まった。


(いける――!!)


 判断し、スピードを上げて真ん中のオークに突っ込んでいく。駆けながら剣を両手で持ち、水平に構える。


 ――ドシュッ!!


「ブオォォウウウウ!!」


 オークの胸に剣を突き刺し、そのまま体当たりするようにして押し倒す。そして前に転がりながら剣を引き抜き、素早く起き上がって身を翻した。


「ブオオオ!」

「ブゥゥゥオオオ!」


 残った2匹のオークが怒り狂い、棍棒を振り回してくる。それを難なく避けて、後ろに跳んでさらに距離を取った。


「よし――――っ、はぁ、はぁ、はぁっ」


 注意深く剣を構え、乱れた呼吸を整えながら状況を確認。

 ケンツはちゃんと巨体のオークを――ボスオークと呼ぼう、ヤツを引きつけてくれていた。さっきと同じように戦闘を続行している。彼の腕なら大丈夫だろう。


(あとは、僕がこの2体を倒せれば……)


 1体は不意を突いて倒すことができた。問題は残り2体。

 オークにも多少の知能はある。一撃で1体倒し、自分たちの攻撃を避けた僕を警戒し、手にした棍棒を振り上げて威嚇する。


(正直、突っ込んで来られた方がやばかった)


 ケンツを見つけてここまで全力疾走。僕は息が上がってしまっていたのだ。2体同時に来られてたら受けきれなかったかも。


(昔のラックよ、もうちょい体力付けといてくれ……!)


 心の中で過去の自分を責める。記憶が目覚める前の僕は、足の速さだけが自慢で体力も腕力も人並み程度にしかなかった。冒険者としては足りていない。


(ま、こればっかりはしょうがないんだけどな。それに……技は、ある。心が覚えている)


 伊達に40回も転生していない。戦いの術、勘、技は頭の中にあるのだ。


「だから、オーク如きに負けるわけにはいかない」


 記憶の覚醒直後、能力の低い段階での戦い方は心得ている。僅かな時間で呼吸を整えると、向かって左のオークに踏み込む。今、戦いの流れは僕が掴んでいる。これを途切れさせない。


「ブオォォ!」


 左のオークは棍棒で防御の構えを取り、右のオークは棍棒を振り上げて襲いかかって来た。――だけど僕の狙いはお前だ。

 右手に握った剣を下から振り上げ、右、棍棒を掲げたオークの腕を切り飛ばした。


「――ブォォォォ!!」


 腕から緑色の血が噴き出す。そして血飛沫の中、正面のオークが棍棒を構えなおし、両手で突き出してきた。

 剣は振り上げたまま、攻撃にも防御にも転じることができない。その隙を突いたつもりだろうが――。


「甘いっ!」


 パシッ! 僕は宙に舞ったオークの棍棒を空いた左手で掴み、正面のオークに投げつけた。


「ブオ!?」


 見事顔面に当たるがダメージはほぼ無い。それでも一瞬怯んだ。

 僕はその隙に剣を両手で握りなおし――1体目、斬られた腕を押さえているオークに向き直り、剣を振い肩から袈裟切りする。


「ブォォォ……!」


 ズシンと重たい音を立て、後ろに倒れるオーク。これであと1体。


「ブ、ブォォ……」


 しかし意外にも、もう1体のオークは顔を押さえながらジリジリと下がっていく。正直、ここまで慎重になられるとは思わなかった。

 オークが下がっていくその先は、ケンツと戦っているボスオーク。


「ブォ!? ……オォォォォォオオオオ!!」


 その時、ボスオークの注意がこっちに向いた。2体やられていることに気が付いて雄叫びを上げ、棍棒を両手に持ち頭上に掲げ、僕の方を見る。

 慎重なオークと違い、ボスオークの頭には血が上ったようだ。これはチャンス。


 ――そう思った時には、彼が動いていた。

 ザシュッ!


「どこ見てんだ……!」

「ブオオオオオ!」


 ボスオークはケンツに背中を向けて隙だらけ。後ろから大きく斬りつけられ、ボスオークが膝をついた。

 雄叫び、そしてボスオークが斬られたのを見て、慎重だったオークも焦りが濃くなり、足を止めてきょろきょろと前後に首を振る。

 そしてオークがケンツの方を向いた瞬間、僕は踏み込んで剣を振う。慌ててこっちを向いた時にはもう遅い。僕の剣はオークの胸を切り裂いていた。


「ブ、ブオォォォ……」


 これで3体。仲間のオークはすべて倒した。あとはこのボスオークのみ。

 膝をついている巨体のオークを挟み、ケンツと目が合った。


「ふん――終わりだ!」

「あぁ――!」


 ドスッ――!


「ブオオオオォォォ……」


 ボスオークの前後から、僕とケンツの剣がその分厚い身体に突き刺さる。

 断末魔が響き渡り――深く刺さった剣ごと横に倒れ込んだ。


 ズドォォン……。


 目から光を失い、絶命したことを確認する。


「ふぅ……よかった、無事に依頼完了だ」


 やっぱり体力が足りないな。エースを目指すわけじゃないにしても、最低限の力は身に付けておかないと。


「おいお前、ワーク・スイープの冒険者って言ったよな?」


 ケンツが近寄って来て、僕もそっちに向き直る。彼は僕の顔をジロジロと見て、


「やっぱり宿舎で見たことあるな。――やるじゃねぇか。もう一度名前聞いていいか?」

「ラクルーク・リパイアド。ラックでいいよ」

「ラックだな。知ってるみたいだが、俺も名乗っておく。ケンツ・クロスードだ。……わりぃ、一人で来ちまって。助かったぜ」


 ケンツはそう言って手を差し出してきた。

 一瞬固まってしまったけど、すぐに理解してその手を取り、握手する。


「いいよ。お互い、無事だったわけだし。……でもリフルさんには怒られると思う」

「ぐっ……だな。覚悟しとく」


 一人で現場に行ってしまう自分勝手な人物――と、予想していたのだが。非を認めることのできる器はある。悪いヤツではなさそうだ。



「うっし、じゃあこいつから素材採って帰るとしようぜ」

「だな……――!」


「ブォォォォ!!」


 その時、後ろからオークの声が聞こえた。

 振り返ると、普通サイズのオークが1体、街道の側に立っている。


「まだいやがったか!」


 そのオークはボスオークがやられているのを見て興奮し、棍棒を振り上げてこっちに駆け出した。まずい、剣はボスオークに突き刺さったままだ。

 急いで剣を引き抜こうと手を伸ばした瞬間、


「ブォウ!?」


 突如、オークの肩から血が噴き出した。

 ――後ろに誰かいる?


「は、はは、やった、やった! やっぱりおいら、強いんだ……!」


 オークの後ろから、ハンドアクスを持った一人の少年が姿を現した。

 あれは……えーと、誰だ?


「冒険者だよね? ――って、まずい!」

「チッ――おいお前! やってねぇよ! 逃げろ!」


 少年はオークに一撃入れて喜んでいるが、彼の攻撃は全然浅い。背後を取ってあれでは、オークと戦える力は無いのだろう。なのに本人はそれに気付いていない。冒険者志望か? 実戦経験が無さそうだ。


「ブォォ!」

「え……なんでまだ生きて――うわぁぁぁ!」


 案の定、オークは瞳に怒りの炎を灯し、少年に向き直るのだった。



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