「危ないよ。」

 二人で外を歩くとき、有栖は必ず道路側をあるいてくれる。どっかの男とは大違いだ。背後から通る自転車に気づき、肩を引き寄せられた。

 そんな茶化した思いに、もう一つ。

 触れた手と力に『男』を感じてしまい、思わずたじろいでしまった。


 私は、男性が苦手だ。いい思い出なんて一つもないから。

 血の繋がった奴からは暴力から逃れる方法と、酒と煙草の味を教えられた。小中学校は普通に通っていたのが不思議で仕方ならない。世間体だけは気にする奴だったから、見えるところには痣一つ作らなかった。どこの家も、こんなものだなんて思っていなかったけど、そう信じなければ生きていけなかった。

 お母さんの実情が分かった今、あの日々に、傍にいてくれなかったことを責められない。言葉通り、お母さんは命を懸けて私を産んだんだ。


「璃杏は、俺が怖いか?」

 さっきのことだろう。

「有栖も、みんなも、あいつと違うって解ってるよ。でも、これはきっといつになっても治らない。」

 茨も、白雪さんも、丁度いい距離を取ってくれる。有栖が騒ぐからなのかもしれないが、とても助かっていた。

 有栖が洗い物を終え、蛇口をひねる。家では警戒心が完全にOFFになるようで、べたべたされてもそこまで気にしたことは無かった。

「うへえ、手冷た。お湯出しなよ。」

「今日はご機嫌斜めみたいでな。」

 今は、この手に何も思わない。一回りも違うと、なんとも頼りない。

「焦ることも、無理する必要もない。」

 指に唇が触れ、そのまま牙が刺さった。


 可哀そうに。顔を背けて、頬に血が巡る様子を見ながらそう思った。

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