猫ちゃんとあなた以外どうでもいいんです!(2)
「え?」
ソマリの答えに、コラットは眉をひそめる。
「もうソマリのお披露目は済んだから、抜けてきたのだ。猫たちに会いたくて」
鉄仮面を脱ぎながら、スクーカムが事も無げに答える。
(あら。スクーカム様、普段よりとても凛々しいわね……)
王太子の正装である燕尾服をまとった素顔のスクーカムは、普段より数段かっこよく見えてソマリは惚れ惚れしてしまう。
コラットは目を丸くした後、苦笑いを浮かべた。
「やれやれ……。まったくあなた方は。せっかく私が腕によりをかけて、ソマリ様を美しく仕上げましたのに」
「ありがとう! 我ながら今日の私はきれいだと思ったわ。皆にも好評だったようだし。……でも、猫ちゃんが恋しくなっちゃって」
「舞踏会の前まで王太子の仕事をしていたスクーカム様はともかく、ソマリ様はさっきまで散々猫と一緒にいたではないですか……。まあ、あなたらしいですわね」
そんな会話をした後、広間へと入る一同。チャトランは布を敷いたバスケットの中で香箱座りをし、子猫二匹はじゃれ合っている。
「おお。チャトランはのんびりしていてかわいいな。ルナとアルテミスは元気でかわいい」
嬉々とした瞳で猫に近寄っていくスクーカム。
猫を見る度にかわいさのあまり苦しがっていたスクーカムだが、最近はその頻度は減ったように思う。それでもチャトランの突然の寝返りや、子猫たちが「みゃー」と甲高い声で鳴いた時なんかは、悶えているが。
「まったく、あなた方は本当に……。舞踏会でお疲れになったのでは? お茶を煎れて参りますね」
呆れたように微笑みながらも、優しい口調でそう告げるとコラットはキッチンへと入った。
スクーカムは、猫が好んで遊ぶ先端がふわふわになった草(東の方では猫じゃらしと呼ばれているらしい)を振り回して、ルナとアルテミスじゃれつかせていた。
一方のソマリは、眠りそうなチャトランの背中を撫でつつ、そんなスクーカムの様子を眺めていた。
思い思いに猫をかわいがる、穏やかで心地の良い時間だ。
(スクーカム様に結婚を申し込まれた時は、今までの人生と違い過ぎてどうなることかと思ったけれど。これまでで一番幸せだわ)
スクーカムとの出会いから、今日までのことをソマリがしみじみと思い出していると。
スクーカムと遊んでいたルナが、ふわりとかわいらしいあくびをした。
「むき出しになる小さい牙がかわいすぎる……! うっ……」と、スクーカムが案の定悶えている。
しかし、そんなことより。
「あ! ルナの歯が抜けているわ!」
ルナの口の中の様子がいつも違っていることに気づき、ソマリは声を上げた。するとスクーカムは怪訝そうな面持ちになる。
「歯が抜けている……? それは大丈夫なのか?」
「ええ、人間も子供の頃に歯が生え変わるでしょう? 猫ちゃんも同じですよ。だいたい、ルナやアルテミスくらいの時期に、子供の歯が抜けて大人の歯になりますの」
「ほう……。そうなのか」
安心したように納得するスクーカム。
ソマリはルナを抱え上げて、優しい力で口を開かせた。かわいらしい歯が生え揃っていたが、一か所だけ隙間ができている
「ほら、ここの歯が抜けたのですよ」
「む。本当だな。抜けた歯はどこにあるのだろう?」
スクーカムが確認すると、すぐにルナを解放するソマリ。ルナはアルテミスにじゃれつき始めた。
「恐らくルナが飲み込んでしまったかなと。とても小さくてかわいい歯なので、できれば取っておきたいんですけどねえ」
言った後、すぐにソマリは発言を後悔した。いくら猫好きと言えど、さすがに抜けた歯を取っておきたいだなんてもしかしたら気持ち悪がられるかもしれない。
だが。
「確かに……。願わくば収集して飾っておきたいところだな」
うんうんと深く頷くスクーカム。
まさか、そんなところまで同意されると思っていなかったソマリは、なんだかおかしくてくすりとしてしまった。
そこではっと気づく。ルナの口の中を一緒に覗き込んでいたため、今までにないくらいにスクーカムと接近していたことに。
息がかかりそうなくらいに、スクーカムの端正な顔が近くに存在していた。
胸が高鳴り、頬を赤らめてソマリは硬直してしまう。するとソマリのその様子に気づいたのか、スクーカムも照れたような顔をしていた。
しばしの間、無言で見つめ合うふたり。
心臓の鼓動の音があまりに大きすぎて、スクーカムに聞こえているのではないかとソマリが不安になっていると。
「……君と出会わなければ、俺は今も武骨でつまらん男だっただろうな」
スクーカムが口を開いた。しみじみと、物思いにふけるような口調だった。
「スクーカム様?」
彼が何の話をし始めたのか分からず、困惑するソマリ。
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