第七章
猫ちゃんとあなた以外どうでもいいんです!(1)
「あの方がスクーカム様の婚約者ですの? まあ、かわいらしいお嬢様ね」
「美しい……。妖精のように可憐だ。サイベリアン王国の次期皇后として、申し分ないな」
そんな風に自分を値踏みする声があちこちから聞こえてくる。概ね称賛しかないのはいいことだが、見定められていると思うとソマリは気疲れしてしまった。
サイベリアン王国の大広間では、珍しく舞踏会が開催されていた。軍事国家であるためそういった煌びやかな催しはあまり行われないが、王の即位周年を祝う際や他国から王家に嫁いだ者をお披露目する際などに、時々開かれる。
そう。本日の舞踏会は、王太子スクーカム・サイベリアンの婚約者として、ソマリが貴族や有力商人などにお披露目する目的だった。
まだ王に即位していないスクーカムは、王太子としての正装を着用しているが、頭には鉄仮面を装着していた。最近離宮ではもっぱらそれを外し、ゆるりと過ごしている彼ばかり見ているソマリは、なんとなくよそよそしさを覚えてしまう。
(あの硬質な鉄仮面を付けられると、猫好きで穏やかなスクーカム様に思えないのよねえ)
猫なんて興味ない!と断言していた時のことをどうしても思い出してしまうからだろうか。
そんなスクーカムが自分の手を取り、華やかな音楽に合わせてステップを踏み出した。軍人と言えどさすがは王太子。ダンスの身のこなしは軽い。
かくいうソマリも、公爵令嬢としての教養は両親にしっかりと叩き込まれている。スクーカムの動きに合わせて、かろやかに舞ってみせる。
繊細なレースがあしらわれたドレスの裾がふわりと広がった。
黄金のように煌びやかな金の髪と、海のように深い青い瞳を持つソマリには、これ以上なく似合っている。
さらに、コラットの手によって丁寧に巻かれハーフアップにされた髪は、真珠が無数に散りばめられた髪飾りによってさらに美しく彩られていた。
ソマリが舞う度に、感嘆の声が聞こえてくる。会場にいる者は皆、鉄仮面の王太子と対になっているソマリに惚れ惚れしているようだった。
綺麗なドレスを着るのも、キラキラとした装飾品を身に着けるのも、嫌いじゃない。普段より美しい装いをすると、やはり気分は高揚する。
しかし、それよりも。
(あーあ。そろそろ舞踏会にも飽きてきたわね。早く離宮に戻って、チャトランやルナ、アルテミスとのんびり過ごしたいわ……)
やはりソマリは猫をもっとも愛している。正直猫以外のことなんてどうでもいい。
二十二回も人生を繰り返したためか、もう自分の好きなことだけをして生きていきたいのだった。
今回の人生で命を落とすまでの時間だって、そう長くないし。
そんな風に考えていると。
「……チャトラン、今頃何をしているだろうか」
向かい合っているスクーカムが、ぼそりとそう呟いた。
鉄仮面を被っているため、なんとなく今日のスクーカムにはよそよそしさを覚えていた。しかし彼から「チャトラン」という名前が聞こえてくると、一気にそんな感情吹っ飛んでしまう。
仮面の下は、ちゃんと猫を愛してやまないスクーカムだった。
「晩御飯を食べ終えて、まどろんでいる頃ではないかと思いますわ」
ソマリはスクーカムだけに聞こえるほどの小声で答える。
「そうか。……正直舞踏会はもう飽きた。元々こういうかしこまった場は好きではない」
ため息交じりにスクーカムが言う。
確かに、剣の腕を磨くことと、サイベリアン軍のことばかり考えているスクーカムは、舞踏会など面倒でしかないだろう。
そもそもサイベリアン王家の男たちは皆彼と同じ思考だから、この国ではこういった催しがあまり行われないのだ。
だがソマリは知っている。今のスクーカムは、舞踏会を早く抜け出したい別の理由があるということを。
「スクーカム様は舞踏会なんかよりも、猫ちゃんたちと一緒に居る方が楽しいですものね」
笑いを堪えながらソマリが言うと、スクーカムは頷く。本当に素直に猫愛を示すようになったなあと、感慨深い。
「無論だ。君もそうだろう?」
「もちろんです。早く離宮に帰りたくて帰りたくてたまりません」
「そうだな。もう君のお披露目は済んだし、もう俺たちがこの場にいる必要はないのでは……。よし、父上に進言してこよう」
ちょうど一曲終わったところだったのもあり、スクーカムは素早く玉座の方へ歩く。
さすがに自分のお披露目の会を離脱することはソマリは考えていなかったので、スクーカムの行動には少し驚いてしまう。しかし。
(皆からの視線を浴びるのは疲れるし、早く猫ちゃんには会いたいし。この場から抜けられるなら好都合だわ)
そんなことを都合よく考えていると、スクーカムが王であるキムリックに耳打ちしていた。
最初は顔をしかめていたキムリックだったが、スクーカムがさらに何かを一言告げると、納得したように頷いている。
「そうか。猫たんに会いたいのならば仕方ないな」と、キムリックが言っているのが微かに聞こえた。
親子そろってすっかり猫馬鹿になってしまった。同志が増えて嬉しい限りである。
そういうわけで、スクーカムと共に大広間をそそくさと抜け出したソマリ。主役の早い退室に場内はざわめいていたが、きっとキムリックが適当に言い訳してくれるだろう。
そしてはやる気持ちを抑えきれないふたりは、駆け足で離宮へと向かった。
到着すると、残って猫達の面倒を見ていたコラットが出迎えてくれた。
「あれ、ソマリ様に……スクーカム様まで。舞踏会、もう終わったのですか?」
「いいえ。まだ行われている最中よ」
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