父上と祖父上と猫(9)

 症状が大きく改善されたことにボンベイが驚きの声を上げる。その様子に、ソマリは心の底から嬉しさがこみ上げて来た。


「ボンベイ様……! よかったですっ。これで猫ちゃんと会ってもこれまでのような症状に苦しむことはなくなりますわっ」


 猫が好きなのに猫と触れ合えないなんて、かわいそうでたまらなかった。


 自分がもしそうだったとしたら、苦しみのあまり生きている意味すらないと考えてしまうかもしれない。


「父上! これで猫たんを思う存分かわいがれますぞっ」

「喜ばしい限りです! 早速チャトランを撫でてみては? 人懐っこい猫なので、祖父上にもすぐ懐きますよ」


 ボンベイの様子に、キムリックとスクーカムも諸手を挙げて喜んでいる。三人は早速猫たちに近寄り、そのかわいさを堪能し始めた。


 大の男たち三人が、「猫かわいいかわいい」と言い合っている姿はなかなか奇抜な光景だが、なんだか微笑ましい。


 そして、体のことを気にせずにしばらくの間猫をかわいがった後、ボンベイは神妙な面持ちになって口を開いた。


「わしは猫が好きなあまり、自分の猫に近寄れない体が忌々しかった……。そして何も気にせずに猫と触れ合える者たちが羨ましくて仕方が無かったんじゃ。嫉妬のあまり、猫の飼育を制限するお触れを出してしまったんじゃよ……」


 心底申し訳なさそうな口調だった。


(なるほど、そういうことだったのね。でもその気持ち、分からなくも無いわ。私だって、猫が好きなのに猫に近寄れなかったら……。きっと悔しくてたまらないわ)


「父上、そうだったのですね。それはさぞお辛かったでしょうね……」

「俺が祖父上なら、同じことをしていたかもしれません。こんなかわいい猫に触れられないなんて、地獄でしかありません……!」


 心の中でソマリがボンベイに同調していたら、キムリックとスクーカムもうんうんと頷いていた。


 猫好きたるもの、その思いは一緒なのだ。


「そう言ってもらえると心が救われる思いじゃ。三人やサイベリアンの民たちには長い間迷惑をかけてしまった……。くだらないお触れは一刻も早く取り消すよう頼む。さらに、国を挙げて猫をかわいがり、大切に扱うというお触れを新たに出すのじゃ!」


 意気揚々と、ボンベイは声高らかに宣言した。キムリックとスクーカムは、感動したようで涙ぐんでいる。


 一方のソマリはというと。


(よかった。これでこれからは、サイベリアン国内では堂々と猫ちゃんをかわいがれるのね! それに国を挙げて猫ちゃんを大切にできるのなら、お腹を空かせたりおうちが無くて寂しかったりしている猫ちゃんが大幅に減るに違いないわ!)


 今後は今まで以上に思う存分猫と戯れられることと、猫達に約束された幸せな未来に、胸を躍らせる。


 だが、しかし。


(だけど私はニ十歳で命を落とすかもしれない。今回の人生は今までと大幅に異なっているから望みはあるけれど……。それでも死を回避できる保証は無いわね)


 サイベリアン王国とフレーメン王国の戦争に巻き込まれて、ソマリは必ず命を落としてきた。


 いっそのことスクーカムにすべてを打ち明けて、戦争は絶対に起こさないように心がけてもらおうかとも何度も考えたが、ソマリを信頼しているスクーカムとて、人生を何度も繰り返しているという話を信じてくれるとは思えない。


(先のことを考えたって仕方が無いわ。とにかく、今の幸せを噛みしめましょう)


 五年後に待ち構えている死について、ソマリは可能な限り頭の隅に追いやることにした。

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