父上と祖父上と猫(8)
ボンベイの様子を見て、ソマリはしみじみと思う。そしてふと思いついた。
「もしや、今ボンベイ様がくしゃみを連発されてらっしゃるのは、私に猫ちゃんの匂いがしみついているからかもしれませんね」
「なんと!? 猫と関わった人間と会うだけで、わしは呪いを受けてしまうのか……!? くっしゅん! 猫とはなんと恐ろしい存在じゃ……!」
驚愕し、目を見開いてソマリを恐ろしげに見つめるボンベイ。するとスクーカムが、慌てた様子で口を開いた。
「大変だ! それならソマリは祖父上と距離を取った方がいいかもしれんっ」
「そんなことせんでいいっ。くっしゅん。くしゃみだけなら大して辛くないし、なんていうか、その……。くっしゅん! このくしゃみが猫が与えてくれた現象だと思うと、それだけでわしは幸せを感じるんじゃっ。くっしゅん! ああ、猫~! この目で見たい、触れたい……! くっしゅん」
悲痛そうに猫への愛を語るボンベイに、ソマリは胸を痛める。
(猫ちゃんが好きなのに触れ合えないなんて、なんてかわいそうなの……。……あら? そういえば、以前にも同じような話を聞いた覚えが)
かなり前の人生だったので、今の今まで失念していた。しかし必死に記憶を手繰り寄せると、修道女の中に猫に触れるとボンベイのようにくしゃみや鼻水、肌荒れなどを訴えた者がいたのを思い出した。
(ボンベイ様とまったく同じ症状だわ。そして確か、彼女はその症状を抑えることに成功していたはず!)
「ボンベイ様。以前、あなたと同じように猫ちゃんに近寄ると体に異変が生じると訴える人を、私は見たことがあります。原因は毛なのか、皮膚から剥がれ落ちたフケなのか……そこまで詳しいことはわかりませんが、猫ちゃんの体から発せられる何かに過敏に反応し、ボンベイ様のような症状を覚える方が、ごくまれにいるようなのです」
「なんと……! ソマリ、それは本当か?」
「その方は治せたのか?」
ソマリの言葉に、スクーカムとキムリックの親子が前のめりになって尋ねてきた。ボンベイのことを心から案じているのだろう。
ソマリは頷くと、こう続けた。
「ええ。その方の知り合いに、たまたま東の方の医学に詳しい医師がおりまして。『埃臭い部屋を掃除した時や、野山で草木から出る花粉を大量に吸い込んだ時の症状に似ている。漢方という薬を飲むと症状が収まる場合がある』とのことで、その漢方とやらを取り寄せてしばらくの間服薬したのです。するとその後は、それまでよりも格段に症状が良くなったのですわ。まあ、完全に治ったわけではなかったのですが、猫ちゃんと触れ合うとたまに鼻がむず痒くなる……くらいの軽症に収まった覚えがあります」
「おお! つまり猫の呪いによって父上が苦しんでいるのではなく、病の一種ということだな?」
キムリックが明るい面持ちになり、念を押すように尋ねてくる。
「そうではないかと思いますわ。薬で病気はよくなりますが、呪いは解けませんもの」
「素晴らしい! くっしゅん。それなら早速その漢方とかいう薬を取り寄せさせようっ。 くっしゅん! キムリック、手配を頼むぞ!」
「承知いたしました」
対処法が見つかったことに、ボンベイもキムリックも瞳を輝かせている。
一方、スクーカムは感慨深そうな面持ちでソマリを見つめていた。
「君は本当に猫のことなら何でも知っているのだな……。どこでその情報を仕入れているのか、不思議に感じることがある。王宮お抱えの研究者だって知らないような知識があるのではないか?」
ぎくりとした。その豊富な知識は、今が二十二回目の人生だからだなんて言っても信じてもらえないだろう。
「わ、私好きなことについては突き詰めてしまうんです。猫ちゃんのことは誰にも負けないくらい知っておきたくて!」
「ほう……。それは素晴らしい姿勢だ。その向上心、ぜひ俺も見習いたい」
適当に誤魔化したのに、スクーカムは感心したように頷いている。その様子に胸が痛んだが、疑われなかったので良しとしよう。
そういうわけで、王宮に戻った後早速キムリックは漢方を取り寄せる手配を進めた。一週間ほどで手に入ったので、早速ボンベイの元へと送り届け、毎日規定量を服薬してもらった。
ボンベイと同じ症状だった修道女は、一か月ほど漢方を飲んだ後にくしゃみや鼻水が収まっていったのをソマリは覚えている。
そしてその後も飲み続けることで、猫と毎日触れ合ってもほとんど体の不調を訴えなくなった。
ボンベイが漢方を飲み始めて一か月後。彼はソマリの住居である離宮を訪ねてきた。
漢方が効いているかを確かめるためだ。
様子を見に来たキムリックとスクーカムが見守る中、猫が三匹いる広間に恐る恐る足を踏み入れるボンベイ。
「こ、子猫もいる……だと!? ああ、なんて愛らしい姿……! かわいすぎて動悸がっ。猫おおおおかわいいいいい」
猫に対してキムリックやスクーカムとまるで同じ反応をする。血は争えないなあと、ソマリは密かに思う。
「しかし、本当に大丈夫なのか……。くしゃみや、鼻水は出んかのう」
「漢方が効いていれば、以前よりはマシになっているはずです。漢方の効果があるかどうかは、ボンベイ様の体質次第ですが……」
不満げな顔で呟くボンベイに、ソマリが答える。彼が広間の入り口から動かない様子を見ると、まだやはり猫に使づくのが怖いのだろう。
(薬が合うか合わないかは、その人によって異なるらしいのよね。修道女と同じように、ボンベイ様にも漢方が効いてくれればいいのだけれど……)
その後、戦々恐々とした様子のボンベイを促して(ある程度猫に近寄らないと漢方の効き目が分からないため)、広間の中心に置いたテーブルに座る一同。
そしてコラットが用意した菓子とお茶を嗜み、しばらくの時間が経過した後。
「む……!? 目少し痒いが、鼻水とくしゃみは出ていない……! 以前は、ソマリと会っただけでくしゃみが止まらなかったというのに!」
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