猫ちゃんとあなた以外どうでもいいんです!(3)

「自身が強くなることと、サイベリアン王国をより強大な軍事国家にすること、そしてたまに民の幸せ。君と出会う前までは、それが俺の考えることのすべてだった。乗馬や狩り、酒といった皆が好むような楽しみも、付き合いで仕方が無くこなしていただけだった。食事もおいしさなど求めずいかにこれが自分の力の糧になるか、それだけを考えて腹の中に収める、ただの作業だった。……ましてや、何かをかわいいだなんて感じたこともない。かわいいという概念すら、俺は知らなかったのだ」


 スクーカムの意図はいまだに分からなかったが、静かに語る彼が真剣な面持ちだったので、ソマリは黙ってその言葉を聞いた。


「それが猫をかわいいと知った今では一変した。猫に会うのが楽しみなあまり、その時間を捻出するために体の鍛錬や軍の仕事を集中して短時間でこなすようになった。結果、今まで以上の成果を得られている。君や猫と会うと心が癒され、日々の食事も不思議とおいしいと思えるようになった。特に猫を見ながら君と一緒に味わう茶と菓子は、至高の味だ。……よくある茶菓子なのに、なぜこうも味が変わるのだろう」


 スクーカムは穏やかに微笑み始めた。その優しい微笑を見て、自然とソマリの頬も緩む。


「父上も猫をかわいがるようになって、俺以上に穏やかになった。……君には言いづらいが、実はフレーメンの侵略を俺たちは企てていた。フレーメンの豊富な水資源、肥沃な大地、歴史ある織物の技術……それらをわがものにしたくてな」

「そうだったのですか……!」


 驚愕したように言うソマリだったが、実は別に驚いていない。


(十一回の人生の私の死因は、すべてサイベリアン王国がフレーメン王国に仕掛けた戦争が理由だったもの)


 だから今回の人生も、その戦の発生は免れないだろう考えていた。

 そして自分の死が、戦いの渦中に訪れることも。


(まあ、それまでの二十一回の人生と今回はまったく違うからひょっとしたら死を免れられるかもって、淡い期待を抱いてしまっていたけれど)


 しかし二十一回とも同じタイミングだったから、きっと今回もそうなのだろうなと諦め半分だった。


「うむ……。だが、猫に出会ってからというもの、父上はまったくフレーメン侵略の話をしなくなった。もうそんなことには興味がないようだ。それよりも、国を挙げて猫を大切にする方針を考えるのに忙しそうだよ。きっと、戦は起こらないだろう」

「え……!」


 掠れた声を漏らすソマリ。今度は本当にびっくりした。

 過去二十一回、必ず勃発していたサイベリアンとフレーメンの戦がなくなる。つまり、それは。


(私が死なない可能性が、跳ね上がったってことでは……?)


「俺はそもそも、侵略などあまり気が進まなかった。サイベリアンを強くするのも大事だが、そのために他国の罪もない民を傷つけるのはよくないと思っていた。それでも父上の命令は絶対だから、従う他なかった。……今になって言える、かっこ悪い言い訳だな」


 自嘲気味にスクーカムは微笑んだ後、ソマリを今一度真っすぐに見つめた。


「すべて君のお陰だ。俺や父上をただの戦闘狂から、猫を大切にする優しさを持つ男にしてくれた。祖父上の長年の悩みまで解決してくれた。……俺たちに猫という存在を教えてくれてありがとう」

「スクーカム様……。お言葉は嬉しいですが、私は何も。ただ私は、猫ちゃんを愛していただけ。ご存知かと思いますが、あなたの求婚を受け入れたのは猫ちゃんのためでした」

「……君もとっくに気づいていると思うが、俺が君に一目ぼれしたというのは嘘だ。チャトランを自分の手元に置きたかったからだ」


(あ。そういえば『君に一目ぼれしたから求婚した』って、最初にスクーカム様は言っていたっけ)


 いろんなことがありすぎたので、今の今まで忘れていた。


「……ふふっ。私たち本当に猫ちゃんのことばかりですね」


 なんだかおかしくなって笑いながらソマリが言うと、スクーカムも「ははっ」と笑い声を零した。


「本当にそうだな。俺たちは似た者同士だ。……そして俺は今、猫以外にも『かわいくてたまらない』と感じているものがある」


 ソマリを見つめるスクーカムの瞳が熱を帯びる。ソマリはその視線を受け、甘い感情が沸き上がってきた。


「スクーカム様……」

「微笑みながら猫を撫でる君が、真剣な顔で猫の知識を教えてくれる君が。……俺はかわいくてたまらない」

「わ、私は。猫を好きになってくれたスクーカム様が……。愛しくて、たまらないです……」


 恥ずかしさを覚えたソマリがたどたどしく言葉を紡ぐと、スクーカムは愛おしむように優しく微笑んだ。


「ありがとうソマリ。……愛している」

「私、も……。……!」


 スクーカムがソマリの顎に手を当て優しく上を向かせると、そのままふわりと口づけをした。


 ふたりの足元では、子猫二匹が走り回っている。チャトランが「にゃおーん」と鳴いた。


 しかしスクーカムは、ソマリの唇を離さない。ソマリの温もりと愛を確かめるように、口づけを堪能しているようだった。


(私の死の原因である戦は回避されたようだけれど。今までの人生、必ず私は二十歳で命を落としていた。その運命が変わったかどうかは、まだわからない……)


 もしも変わっていないとしたら。ソマリはあと五年しか生きられない。


 心から自分と猫を愛してくれているスクーカムを残して、自分は逝ってしまうことになる。


(だけど。今は先のことなんて考えたくない)


 好きなだけ猫を愛でられるこの環境を。自分と同じくらい猫を好きになってくれた、スクーカムの愛を。


 思う存分味わいたい。決して手放したくない。


(きっと今までの二十一回の人生は、今回のためにあったんだわ。今になって、そう思える……。だからいいわよね、今はこの幸せに浸っても)


 そう思いながら、ソマリはスクーカムと唇を重ね続けたのだった。


Fin.

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