噂の魔女(3)
*
タビーのふりをしたスクーカムが、離宮にキャットウォークを取り付けたその夜。
サイベリアン王宮の広間にて、スクーカムは現国王であり実の父親であるキムリック・サイベリアンと夕食を取っていた。
近頃、山賊対策のために双方ともに多忙で、こうして夕食の席で父と顔を合わせるのは久しぶりだった。
スクーカムの兄弟たちや叔父は今日は遠征のために不在。父とふたりきりの食事となってしまった。
「首尾はどうだ、スクーカム」
食事が始まってからしばらく。それまで無言でフォークを動かしていたキムリックが尋ねる。彼は普段から口数が少なく、必要最低限の言葉しか発しない。
スクーカムと同じく漆黒の髪に同色の瞳で、彫刻のように整った顔立ちをしている。四十代後半という年齢のため小皺が目立つようになってきたが、それが渋みを演出しているらしく、その年代にしか出せない男の色気と威厳を醸し出している。
山賊討伐のための衛兵を率いているスクーカムは、こう答える。
「恐れながら、山中をしらみつぶしに捜していますがまだ奴らの拠点は発見できていません。明日も全力で捜索に当たります」
「ふん……。早く見つけ出せ」
冷淡にキムリックは言い放つ。彼はいつだってにべもないのだ。
王としての威厳はひしひしと伝わってくるも、父親としての優しさや愛情をキムリックは滅多に醸し出さない。
しかしサイベリアン王国では、強さこそがすべて。そういう教育を幼少の頃から受けているスクーカムは、父親と仲良しこよしになるつもりはない。
スクーカムは、心も体も強くたくましい父を、心から尊敬していた。
キムリックはこう続けた。
「山に近い村が襲われたとの報告が今日もあがってきた。駐在の兵士が応戦して事なきを得たようだが、だんだん奴らの活動範囲が広がっている。そのうち王都に忍び込んでくるやもしれぬ。警備の増強を」
「かしこまりました」
スクーカムは恭しく頭を下げた。
山賊への対策には手を焼いている。拠点は一向に見つからないし、こちらの隙をついて集落を襲ってくる。
(早く一網打尽にしたい。そうすればもっと離宮に通えるのに。そして猫と……)
現在、離宮にはチャトラン、ルナ、アルテミスと、三匹も猫がいるのだ。世界の理を覆すのではないかと思えるほど、かわいい猫たちが。
仕事の合間を縫って、タビーのふりをして猫たちに会いには行っていたものの、本当はもっと頻繁に赴きたい。入り浸りたい。なんなら住み込みたい。思う存分猫をモフモフしたい。
そんな思いをスクーカムは抱いていた。
(まあ、住み込むのはソマリに断られてしまうだろうが)
一抹の寂しさを覚えるスクーカム。
猫のために自分との婚約を受け入れたソマリが、いまだに自分にまったく興味を抱いていないことくらい、重々承知している。
もちろんスクーカムとて、ソマリに婚約を申し込んだのはチャトランに心を奪われたからだ。
しかし、タビーのふりをして離宮に通うようになってからというもの、少しずつ心変わりしていた。
スクーカムとして離宮を訪れる時とは、ソマリの様子がまったく違うせいだろう。鉄仮面を被ったスクーカムに対しては、ソマリはあまり笑いかけたりはしないし、必要最低限の会話しかしてこない。
しかしタビーとして離宮に赴くと、ソマリは微笑みを浮かべて話しかけてくる。タビーが猫好きを隠さないせいか、いかに猫がかわいいかとか、猫の世話のコツなんかも、嬉々とした表情で教えてくれる。
(今日も、「深く眠っている猫が時々ピクピクと体を動かしたり、時には寝言を言ったりするのがすごくかわいいのよ! 半開きの白目もねっ」と熱く語っていたっけ)
しみじみとその時のソマリの様子を思い出し、思わず頬が緩みそうになる。
そう、最近スクーカムはソマリに好意を持つようになっていた。
まだそれが、恋情なのかというと微妙なところではあるが、猫のことになると目を輝かせるソマリに魅力を感じつつあるのだった。
そんな風に、自身の心境の変化についてスクーカムが思い起こしていると。
「時にスクーカムよ。お前の婚約者についてだが」
ちょうどソマリのことを考えていた時にキムリックに彼女について尋ねられたので、スクーカムは虚を衝かれた。
「……はい。ソマリがどうかいたしましたか」
平静を装いそう聞き返すと、いつも険しい表情をしているキムリックが、珍しく困惑したような面持ちをしていた。
「なんだか良からぬ噂が流れているようだが」
「猫を操る魔女だとか、そんな話でしょうか?」
「うむ……そうだ」
ソマリに婚約を申し込んだ時のやり取りが、どこかから伝わってきたのか、衛兵などの間でそんな噂が立っていることはスクーカムも知っていた。
噂は尾ひれがついているようで、離宮に自分とひとりの侍女以外入れていないのも「魔女の秘薬を調合しているかららしい」などという話になっている。
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