猫ちゃん以外どうでもいいんです!(4)



 サイベリアン王国の第一王子であるスクーカム・サイベリアンは、招待されたフレーメン王国主催の舞踏会の会場を抜け出し、付近をうろついていた。


 近頃、そろそろ結婚をと王である父に口を酸っぱくして言われている。

 それでも結婚など面倒だから渋っていたら、それなら自身で結婚相手を見つけてこいと、ついに父に憤られてしまった。


 そろそろ潮時かと、スクーカムは重い腰を上げて舞踏会に参加した。

 適当に見繕って結婚相手を決めようと思っていたのだが、着飾った令嬢などみなそれなりに綺麗で、どれも同じように見えてしまった。


 そもそもスクーカムは、結婚などまだ後回しにして剣技を磨きたかった。家族が増えれば、自然と稽古の時間が減ってしまうではないか。


(俺はただ強い武人になりたい。男は力こそがすべて。結婚も、地位も権力も、強さの前では何の意味もなさない)


 そんな信念で今まで生きていたスクーカムだが、今回の舞踏会で何も収穫無しで帰宅しようものなら、きっと父から雷が落ちる。


 そうすれば、剣の稽古の時間を見合いなどの結婚相手を探す時間に当てられてしまう可能性が高い。

 やはり、今日は無理やりにでも結婚相手を決めてしまう方が良いだろう。


(どの令嬢も同じに見えるのだったら、もう適当に選んで求婚しよう。それなりに美しくて教養がありそうなら、父も文句は言わないはずだ)


 などと考えたスクーカムが、舞踏会の会場に戻ろうとした――その時だった。


 薄緑色の煌びやかなドレスをまとった金髪碧眼の美しい令嬢が、茂みの前で屈んでいた。

 彼女も舞踏会の出席者のようだが、なぜこんなところにいるのだろう。


(まさか、俺と同じで会に嫌気が差して抜け出したのだろうか)


 そうだとしたら、その適当加減が自分の妻としては都合が良さそうだ。よし、何か不都合な点が無ければ彼女に結婚を申し込むとしよう。

 そう思いついたスクーカムは、念のため屈んでいる令嬢のご尊顔を拝もうとしたが。


(な、な、な、なっ……!? なんだあのふわふわの生き物はっ?)


 令嬢が撫でまわしている謎の小動物を見て、スクーカムに衝撃が走った。


 綺麗な縞々を描いた被毛、大きくつぶらな瞳、なだらかな弧を描く口元。

 そして時折発する、「にゃー」という甘ったるい鳴き声。


 スクーカムの胸がむず痒さを覚えた。見ているだけで心臓の鼓動が早まっていく。甘美な気持ちがこみ上げてくる。


「か、かわいい……!」


 スクーカムは生まれて初めてその単語を口にした。


 女性に対しても、子供に対してもそんな感想を抱いたことは無い。

「かわいい」という気持ちを、自分は今まで理解していなかったのだとすら思えた。


 しかしあの三角の耳、ピンとひげを生やした生き物こそ、「かわいい」という存在に他ならない。


 体のどこを切り取っても、かわいいが過ぎる。さらに造形だけではなく、のんびりとした仕草と鳴き声すら愛らしいとは。


(あ、あの被毛に触れたい。なんなんだあの「にゃー」という甘くとろけるような声は。このままあれを見続けていたら、心臓の鼓動が早まりすぎて俺は絶命するのではないか。なんという卑劣な精神攻撃だ……!)


 生まれて初めて、何かに心を奪われるという経験をしたスクーカムは混乱していた。そして、その時。


「ああかわいい~。お腹まで見せてくれるなんてっ! なんてかわいい猫ちゃんなのっ」


 と、その物体を撫でていた令嬢が、うっとりするように言った。


(猫だと! あれが!?)


 あの神がかり的にかわいい生き物の正体が気になっていたスクーカムだったが、まさかの真実にショックを受ける。


 アビシニアン地方の貴族のほとんどは、猫を見たことがない。貴族の居住区に猫は侵入できないためだ。

 スクーカムが住む王宮だってその例に漏れない。


 悪魔の使いである猫は、恐ろしい存在だと伝承されている。

 スクーカムも文献に描かれた絵の猫は見たことがあったが、魔物を彷彿させるおどろおどろしい姿だった。


 しかし眼前にいる小動物は、文献に載っていた姿とはまったく異なっていた。


(だがあのかわいさは確かに悪魔的だ……)


 姿は伝承とまるで違っていたが、猫が悪魔の使いというのは真実かもしれない。

 だって驚異的なあの愛らしさには、危うく息が止まって失神するかもしれないと恐怖を覚えたほどだった。猫が危険生物であることはまず間違いない。


 そんな風に、猫が悪魔の使い説についてスクーカムが妙に納得していると。

 なんとその令嬢は猫を抱えて足早に立ち去ってしまったのだ。


(何!? も、もっと猫を見ていたかったのにっ)


 すっかり猫に魅了されてしまったスクーカムは、気づいたら令嬢の後を追っていた。

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