猫ちゃん以外どうでもいいんです!(5)
*
ソマリが自宅に到着したら、門の前にフレーメン王国の紋章が入った腹帯を付けた馬が留まっていた。
(しまった! もう王宮からの伝達が来てしまっている……!)
いつもよりアンドリューがしつこかった上に、猫と出会ってうっかりかわいがってしまったためだろう。
これで貴金属を隠し持つ暇は無くなってしまったが、ソマリは特に慌ててはいなかった。
(――お金には苦労することになってしまったけれど。処分される猫ちゃんを放置だなんてできないもの。むしろ、こんなかわいい茶トラの猫ちゃんと出会えて幸運だわ)
自宅の玄関を入ると、ちょうど王宮からの伝令者がソマリの両親と話していた。すでに事のあらましを聞いたらしく、両親は真っ青な顔をしている。
「ソマリ! 一体どういうことなのだ!?」
「な、何かの間違いでしょう……? あなたが泥棒の真似事をして婚約破棄だなんてっ」
もちろん泥棒などしていないので、一度目の人生では「何かの間違いです!」と両親に訴えた。
自分を心から愛してくれている優しい両親は、その言い分を信じてくれたのだが、身内がいくら無罪を訴えたところでフレーメン王国の王太子が言葉を覆すことはなかった。
結果、王太子に逆らったとして両親も貴族の身分を剥奪されてしまった。
その後、何度か人生を経験したソマリはすでに知っていた。両親にもっとも迷惑がかからない方法は、自分がありもしない罪を認めおとなしく修道女になることだと。
(そうすれば、両親は侯爵家から伯爵家の降格で済むもの)
どうあがいたところで、ソマリは濡れ衣を着せられ修道院送りになることは変わらない。それならが、無駄な抵抗はしない方がいいのだ。
「お父様、お母様ごめんなさい……」
沈痛そうな面持ちになって、ソマリはふたりに向かって頭を下げる。癪だが、ここで罪を否定するわけにはいかない。
「ソマリ!? まさかお前がそんなことをっ?」
「嘘でしょう! それとも何か事情があるの!?」
娘を信じて疑わない両親に胸を打たれつつも、ソマリは懐に隠した猫が暴れないかひやひやしていた。
「ごめんなさい……。とりあえず気分が悪いので一度お手洗いに行かせてくれないかしら」
いったんどこかに猫を隠すためにとりあえずこの場から離れなければならない。罪人の自分にはもうあまり自由は無いが、さすがに手洗いまでは制限されないはずだ。
(猫ちゃんには、お手洗いの隣の納戸にでも入ってもらいましょう。修道院に送られるときは、うまく荷物に紛れさせないと……)
そんなことを両親の前でしょぼくれた顔しながらも、ソマリが考えていると。
「おいソマリ! 話の途中に勝手にいなくなるんじゃないっ」
なんと、玄関の方からあまり聞きたくない声が響いてきた。
はっとして声のした方を向くと、案の定血相を変えた様子のアンドリューがいた。
(げっ、アンドリュー……! 追いかけて家まで来たケースは今までなかったのに、なんで今回は来ているの!?)
それまでの二十一回の人生では一度も無かった展開に、ソマリは戸惑ってしまった。
「おい! 本当に俺のことを愛していなかったのか!?」
まごつくソマリにアンドリューが詰問する。
(何言っているのこの人。あーもう! 面倒だわっ)
「あなたの方から婚約破棄をつきつけてきたのだから、私の気持ちなどもうどうでもいいでしょう!?」
痺れを切らしたソマリは、両親の前でしおらしくしなければならないことも忘れ、捲し立てるようにそう答えてしまう。
「よくないに決まっているだろう! そんなの俺のプライドが許さんのだっ」
(そんなこと知らないわよっ)
「あー! じゃあもう愛してました! 愛していたってことでいいですからっ。もう私を解放してください!」
なおも食い下がって来るアンドリューに、ソマリは投げやりに答える。
本当に、早くこの場から去って猫を納戸に隠さないと。今は奇跡的におとなしくしてくれているが、いつ鳴き声を上げるか分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます