第6話 このウサギって食べられる?
「で……この画面ってどうやって消すんだろう?」
試しに、心の中で「閉じろ」と念じたら普通に消えた。
開く時は「ステータス」と念じればいいようだ。
「あとは……」
漣は足元に転がる、五羽のウサギに目を向ける。
「食えるのかな、このウサギ」
森を抜けて人里を探すにしても、それにどれくらいの時間が掛かるのか分からない。
何日も彷徨うことになれば、当然ながら水と食料は必要だ。
「よし、やってみるか」
左の太ももに装着されている黒いレッグバッグに目をやり、その上部にあるスイッチを押す。するとバッグの側面が緑色に光り、同時に左手の白い紋章も同じ色に明滅を始める。
漣は膝をついて、左手をウサギにかざした。
「フォースイン」
明滅していた手の紋章がひと際明るく輝き、一瞬のうちにウサギの死体が消えるが、もちろん本当に消えた訳ではない。
レッグバッグの機能『亜空間収納』。
亜空間収納はその名の通り、現在の空間とは違う『亜空間』に物を収納できる、グランゼイトのかなり優秀な装備だ。
大きさ質量に制限はなく、その上時間経過もない、というトンデモ設定の便利機能だが、ドラマの中で主人公の右京が使ったのは2、3回ぐらいのものだろうか。それもかなり初期の放送回だったから、視聴者にはほとんど忘れられた装備になってしまっている。
視界の中にインベントリーが開き、【ウサギ?×4】と表示され、レッグバッグと紋章の光が消える。
これで亜空間への収納が済んだ。
因みに名前が「ウサギ?」になっていたのは、おそらく漣がこの生き物の名前を知らず、仮にウサギと呼んでいるせいだろう。
一羽だけ残したのは、ここで解体してしまおうと考えたからだ。
視界のインベントリーを閉じて、サバイバルキットからナイフを取り出す。
漣には一つ気になることがあった。
それは、この世界に転生させられる原因となった事件。
暴漢から子どもを庇った漣は、ナイフで腹を刺されて死んだ。
そのことから、刃物に対して先端恐怖症になっているのではないかと危惧していたのだ。
皮のケースからゆっくりとナイフを引き出して、目の前に掲げる。
陽光を浴びてギラりと光る刃先に、少し動悸が早くはなるがそれ以上に何かを感じるようなことはない。ゆっくりと2、3回深呼吸をしたら、心臓の鼓動も平均値くらいに落ち着いてきた。
「うん、自分で持ってるぶんには……割と平気だな」
これが人から向けられたらどうなのかは、今は考えないことにする。
漣はサバイバルキットのロープを使って、ウサギの後ろ脚を縛り適当な木の枝に吊り下げた。
「まずは……と。血抜きからか」
東京に出てからは、二度とこんな機会もないだろうと思っていたのだが、漣は中学に入った頃から、狩猟免許を持つ祖父と父親に(ほとんど強制的に)獲れた動物の解体を手伝わされていた。
鹿、猪、鳩。それに兎も何度か。
男ならこれぐらいはできるようになれ、と言われて渋々覚えたものだが、まさかそれが役に立つ日がくるとは、人生分からないものである。
「親父とじいちゃんに感謝だな」
感染症予防のため、サバイバルキットに入っていたゴム手袋をはめて、蓮はウサギの解体を始めた。
血抜きをしたあと、腹を割いて内臓を取り出す。
「ん? なんだこれ……」
心臓の近くに、見たことのない器官を見つけた。
ピンポン大で、透明感のある黄色い球。
何のための器官か分からないが、ガラスのように表面はつるつるしていて、宝石の琥珀によく似ている。
この世界の生物特有の物だろうか。
価値があるかもしれないので、この球だけは持っておくことにして、他の内臓は全て捨てる。
続いて後脚側から皮を剥ぐ。
ナノマシンによる肉体強化で力が大幅に強くなっているせいか、作業は思ったよりスムーズに進んだ。
あとは肉を各部位に解体。
前脚、後脚、フィレ、バラ、ロース。肋は骨付きのまま。そして頭。
「ま、こんなもんかな」
久し振りのわりには、上手くやれたと思う。
肉は鶏肉に似た赤身がほとんどで色艶も良く、なかなか美味そうだ。
ただ、ウサギの肉には3日ほどの熟成期間が必要だったはずだが、冷蔵庫も氷もない現状ではどうすることもできないので、素直に諦めてレッグバッグの亜空間へ収納する。
1羽分で15~20Kgにはなるだろうか、これだけあれば一人なら暫く食料には困らないだろう。
ここまでに掛かった時間は一時間ちょっと。
日はまだ真上にまで昇っていないのを考えると、一日の長さが元の世界と同じではないとしても、日没まではまだまだ時間があるとみていい。
「全部やっとくかな」
漣は亜空間収納から残りの4羽を出し、さっきと同じ手順で解体していった。
最初は少し手間取ったりもしたが、4羽目にもなると手慣れてきて30分ほどで捌けるようになった。
「よし、と。これで終わり」
最後に、これもサバイバルキットにあった消毒液で、手とナイフを消毒殺菌しておく。
気が付くと日は真上を少し過ぎた位置にあった。
「それじゃ、出発しますか」
とりあえず、森の外を目指しながら川か水場を探してみる。
日が高いうちに森を抜けられればいいが、そうでない場合は無理をせず水場近くにキャンプを張り、そこを拠点に明日から探索を始める。
ただ、どっちに進めばいいのかはまったく見当がつかないので、とにかくひたすら真っすぐに進んでみるしかない。
こんな地図も目印になる物もない森の中で、本当に真っすぐ進めるのかは怪しいが、幸いこの森の下草は膝丈くらいと短く、歩くのもそれほど苦にはならないし、方向を見失うようなこともなさそうだ。
所々見かける鬱蒼とした部分は、避けて通ってもたいして方向はずれないだろう。
「人でもいないかな……」
そんな淡い期待を打ち砕くように、出くわすのはウサギばかりだった。
人の姿を見かけないのは仕方がないにしても、焚火の跡どころか足跡さえまったく見当たらないとなると、この世界に人が住んでいるのかどうかさえ不安になってくる。
もちろん、メビウス少年からこの世界のお金を貰っているので、文明があるのは間違いないのだろうが。
「間違いないよな? や、まて、ひょっとして、騙された……?」
結局歩き始めてから二時間ほど経つ頃には、18羽のウサギに遭遇してその全部を狩る羽目になってしまった。
できれば避けたかったのだがこのウサギ、かなり獰猛なうえ異常に闘争心が強いようで、漣に気が付くと果敢に襲いかかってくるのだ。
しかもたとえ仲間が死んで最後の一羽になっても、絶対逃げずに向かってくるものだから始末が悪い。
これはもう、ただの動物では有り得ない習性だ。所謂、魔物というものかもしれない。
「でかいし、角とか牙とかあるしな……」
何となくウサギにも慣れて、そろそろ他の生き物も見てみたい、と思ったのがいけなかったのだろうか。
ガサガサと低木が揺れ、ウサギではない何かが目の前に飛び出してきた。
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