第3話 ここどこ?
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
自分の身体さえ見えない光の中を、延々と流されていた。
気が付くと眩しい虹色の光が消えて、徐々に周りの景色が見えてくる。
危機に瀕した世界。
メビウスと名乗った少年は確かにそう言った。
そこに広がっていたのは、硝煙と血と肉の焼けた匂いの漂う、累々と死体の転がるどこまでも荒涼とした死の世界……。
……などということは全くなく、漣の降り立った地は木々が生い茂り、穏やかな風に木漏れ日が揺れる、森林浴を満喫するのには最適な至って平和な森の中だった。
漣は周りを見渡した後、森の空気を思いっきり肺の中へと吸い込んでみる。
樹の匂い、草の匂い、土の匂い、そしてそれらを運んでくる風の匂い。
「なんか、田舎を思い出すなぁ」
最後に実家に帰ってからもう3年近くになるが、漣はそれほど気にはしていなかった。
往復の飛行機代に金を使うくらいなら、その分で少しだけ贅沢な食事でもした方がましだと、半分は本気で思っていたりした。
両親とも妹とも仲は良い方だったし、電話ではちょくちょく話していたので、親や兄妹なんていつでも会えるさ、程度にしか考えていなかった。
まさかこんなに突然、人生が終わるとは思ってもみなかった。
「……異世界、か……」
つまり、ここは漣の生きていた日本ではないということだ。
生きてはいるけれど、ここは別の世界。元の世界にはもう二度と戻れない。
その事実を考えると、転生したと言っても、ここは死後の世界と大差ないのでは、という思いが強くなる。
家族はいないし親しい友人もいない、世話になった人たちもいないうえに、住む所もなければ、働く所も、そして自分の存在を証明するものもないのだ。
そして、もう二度と帰れない。
死んでいようが生きていようが、その事実に変わりはない。
「ああ、やめやめっ」
やるせない喪失感が込み上げきて思わず泣きそうになり、漣はそれ以上考えるのを止めた。
「それより、これからどうするかだっ」
気持ちを切り替えようと、自分の頬を両手でぱんっと叩く。
こうなった以上、もう受け入れるほかない。
〝人は誰もが、ただ一人の誰かになれる。〟
中学を卒業するとき、何の目的も夢もなかった漣の肩を叩いて、担任の教師が言ってくれた言葉をふと思い出す。
「誰かになれる……か」
自分は誰かになれたのだろうか。
たぶん、誰にもなれなかった。
いろいろと言いたい事はあるが、せっかく貰った第二の人生だ。ここで探してみるのもいいかもしれない。
自分が誰になれるのかを。
メビウス少年は、何をするかは君の自由だと言った。
主役になれるか脇役で終わるかは、漣次第だとも。
今のところ彼の真意はさっぱりわからないが、わかるためにはこの世界の人と接触する必要があるだろう。
ここがどんな世界で、どんな人たちが住み、どんなことを考えているのか。
まずは森を抜けて人の街を探そう。
それから、この世界の情報を仕入れる。
「で、どこだ……ここ」
森の中だというのはもちろん分かっている。
問題はここが森のどの位置になるのかと、この森がいったいどの位の広さなのかだ。
森を抜けるにしても、ただ闇雲に歩いていては迷いかねない。
それにこの森が安全だとは限らないし、十分用心した方がいいだろう。
ここが日本ではない以上、狼や熊、それ以外にも危険な野生動物がいるかもしれない。
そうなると最低限でもいい、身を守るための武器が欲しいところだ。
「そうだ、グランゼイトの力……」
メビウス少年の言葉を思い出し、漣は自分の服装を確認する。
赤と黒を基調に、白いラインの入ったジャケットと黒のカーゴパンツ。足元は編み上げのコンバットブーツ。
これは『時空騎行グランゼイト』の主人公、『早瀬右京』の変身前の恰好だ。
左手の甲から手首にかけて、白いタトゥーのようなグランゼイトの
意識を集中させると、そのエンブレムが赤く光った。
「あ、これ、マジでいけるやつ?」
少し興奮気味に左手のエンブレムを顔の前にかざす。
「レイズ・オン!!」
掛け声とともに左手を引き、斜め前方に突き出す。
グランゼイトの変身ポーズだ。
「……」
が、何も起こらない。
「えっと……なにコレ? まさか、騙された、とか……?」
調子に乗っておもいっきり叫んでしまった。
誰かに見られていたら、完全に不審者だと思われたことだろう。
漣は何事もなかったように腕を下ろし、きょろきょろと辺りを見渡す。
良かった、誰もいない。
ほっと胸を撫で下ろして視線を落としたら、こちらをじっと見上げているウサギと目が合った。
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