第2話 説明なし?

 目を開いた漣が見たのは、『世界』としか言い表せない、どこまでも続く白。

 

 上も下も、右も左も無限に広がる白。


「何ここ……死後の世界?」


「違うよ」


 声がした方を振り向くと、背景に溶け込むような白いフードを被った少年が立っていた。


「でもまあ、ある意味そうかもしれないね。人間は生きたままここに来る事はできない。ただ君のように、死んだ者の魂が迷い込んで来るなんて、珍しいんだけどね」


 少年の言葉から、やはり死んだのは間違いないようだ。だが死後の世界ではないのなら、ここはいったいどこなのだろうか、と考えていると、


「ここは『終わりなき連なる流れ』。君たちの世界よりも高次元の世界、といったところかな」


 少年は明らかに漣の考えを読み取り、そう答えた。


「さあ、あるべき所へお帰り」


 すっと挙げた手を、途中で止める。


「いや、うん……ちょっと君の記憶を見させてもらうよ」


「はあ? 記憶を見るって……」


 きんっ、と甲高い音が聞こえて、少年の指先が光った。


「そうか、子供を庇って刺されたんだね。でもどうしてかな? 君はそれほど正義感が強い訳でも、自己犠牲の精神に溢れている訳でもない。それなのになぜ、命懸けで子どもを助けたんだい?」


 改めて聞かれても、そこは漣にもよく分からなかった。咄嗟に身体が動いただけで、何かを意識していた訳でもない。


 でも……ああ、そうか。


「俺は……役者なんだよ」


 役者志望といった方が正しいのだろうが、気持ちの上ではいっぱしの役者のつもりだった。


「ほう?」


「あそこに集まった子どもたちはさ、俺を本当の『時空騎行グランゼイト』だと思ってるんだ。だから俺は、その役を演じきった、ってトコかな」


 キラキラと眼を輝かせて、スーツを着た漣に握手をねだる子供たち。


 子供の傍らで、それを微笑ましく見つめる親たち。


 あの時、漣は確かにグランゼイトを演じていた。


「そのために、命を落としてもかい?」


「いや、まあ、それは正直考えてなかった」


 空手をやっていたから、なんとかなるかと思った。だが、マスクを被ると視界が悪くて、実際何もできなかった。


「いやホント、まずったな。ガラにもないことをやるもんじゃないわ。まさかこんなことで死ぬなんてさ」


 でもまあ……いいか。


 ふと、漣は思った。


 人に夢を届けるのが役者だって、往年の名優も言っていた。


 俺なんか、箸にも棒にも掛からないカスだけど、子どもの夢くらいは守れたんじゃないかな。


 守れていれば、いいな……。


 と。


「なかなか興味深いね、君は」


「そう思うなら、主役の仕事くれない?」


「残念だけど、君を元の世界に生き返らせることはできないんだ。だけど今、危機に瀕している世界があってね。君には、そうだな……その『時空騎行グランゼイト』と同じ力をあげるよ。力の使い方は、分るよね」


 きぃぃぃん。


 少年の指先がさっきよりも眩しく光り、漣の全身を包む。


「ちょっと待って少年。俺は役者になりたいんであって、ヒーローになりたい訳じゃ……」


「君をその世界に転生させるよ。何をやるか、誰になるのかは君の自由。主役になれるか脇役で終わるか、それも君の選択次第だ」


 この少年、全然人の話聞かないタイプらしい。


「当面の生活には困らないように、幾らかその世界のお金と時計を進呈するよ」


 ああ、それはありがたいかも。


「それから、いろいろと馴染めない文化もあるだろうから、僕からの特典も付けておくよ」


「特典? 文化? え?」


 馴染めないほど文化に隔たりがあるのだろうか。


 危機に瀕しているぐらいだから、相当危ない所なのかもしれない。


「じゃあ行っておいで。きっと退屈はしないと思うよ」


「いや、そうじゃなくて……」


 白い世界が虹色に変わると同時に、少年の姿もすうっと薄くなって消えてゆく。


「や、マジでっ。詳しい話っ!?」


「あ、そうそう、僕はメビウス。世界の管理者だよ」


 今更自己紹介とかどうでもよかった。


 一切の説明を端折られまくり、漣は自分の意思に関係なく異世界に飛ばされる事になった。



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