異世界に転生した俺が、姫勇者様の料理番から最強の英雄になるまで

水辺野かわせみ

第1話 ささやかな夢?

 翌朝の新聞にはきっと、こんな見出しの文字が書かれるのだろう。



『正義の変身ヒーロー、子供を庇い暴漢に刺されて死亡』



 特に気にする人もいないくらい、目を引くこともなく三面記事の片隅にひっそりと。


 そして、その記事を読んだ幼い子どもをもつ親たちは、「やっぱりヒーローだね」と、小さな声で呟くのかもしれない。


 もちろん、現実にそんな正義の変身ヒーローなど存在しない。


 子どもを庇った雨宮漣は、所謂【中の人】だ。


 ただし、テレビに出ているホンモノのスーツアクターではなく、漣が出演しているのは、イベントや祭りで催される子供向けのヒーローショー。


 今年で25歳になる漣は、未だにアルバイトを掛け持ちして生活費を稼ぎながら、いろいろな役のオーディションを受けて、いつかは一流の俳優になることを夢見る、特に珍しくもない劇団員だった。


 同じ団員のなかには、若手の登竜門といわれるそのヒーローシリーズの主役や準主役に抜擢され、すでに一流の俳優として活躍している者もいる。


 それに比べて、漣がもらったことのある役といえば、推理ドラマの死体とか、主人公と廊下ですれ違うモブのサラリーマンとか、台詞もない、役ともいえないものばかり。


 そんな漣がようやく掴んだ主役が、このヒーローショーの中の人だった。


 ただし、台詞はすべて録音されたもので、彼はその声に合わせていかにも喋っているように動くだけ。


 それでも一応主役は主役だ。役者として、貰った仕事に一切手は抜かない。


ショーを見に来てくれている子どもたちにとって、スーツを着た漣は本物の『時空騎行グランゼイト』なのだ。


 と、意気込んではみるものの結局は顔出しなし台詞なし、どちらかといえばアクションができるから採用になったのであって、けっして自分の演技が認められた訳ではない。現実を考えると、なんとなく虚しくなる事もある。


「せめて台詞のある役、欲しいよなぁ……」


 同じ境遇の者たちは、早々に諦めて就職したり田舎に帰ったりして、もうほとんど残っていない。


 漣にしても、そろそろ田舎に戻って家業の電気工事店を継ぐように、両親からは言われているけれど、今まで頑張ってきたのにそうそう諦めのつくものでもない。


 ただ、妹だけは今も変わらずに応援してくれているが。


「才能、ないのかな……」


 演技は悪くないが、光るモノがない。


 同じような系統で、もっと才能のある役者は大勢いる。


 もう何度も言われてきた言葉だ。


 そんなふうに自分の才能と限界を覚え始めた、いつもと変わらないはずの日だった。


 いつもと同じ段取りでショーが終わり、いつものように子どもたちとの握手会が始まったとき。


 いきなり、訳の分からない事を喚きながら、ナイフを持った中年の男が会場に乱入してきた。


 そして、咄嗟に子どもを庇ってその男の前へと立ち塞がった漣は、気づいたら腹を刺されていた。


 男の鼻を思いっきり殴ってやったのは、せめてもの意地だ。


 警備員に取り押さえられ鼻血をだらだら流している男を、マスク越しに見ながら、漣は「ざまあみろ」と呟いて笑っていた。


 自分は、腹からどくどくと血が溢れているのにも関わらずだ。


「あれ? 俺……もしかして、死ぬのかな……?」


 ほどなくして、全身に力が回らなくなり地面に崩れ落ちる。


 不思議と、痛みさえ感じない。


「なんだ、これから死ぬっていうのに、意外と落ち着いてるな俺」


 落ち着いているというよりも、あまりに唐突すぎて実感がないというこが本当のところだった。



 あぁ……だんだん意識が朦朧としてきた……。


 俺の顔を不安そうに覗き込んでいるのは、司会の奈々さんか。何か言ってるみたいだけど、よく聞こえない。


 あ~あ、一度ぐらいデートに誘ってみれば良かったかなぁ、今更だけど……。


 やばい、もう目の前が真っ暗で何にも見えない。


 いよいよ死ぬのか、俺……。


 せめてドラマの主役、やりたかったな……。


 できれば、映画……。


 主演男優賞とか取ったりして。


 それでハリウッドにも進出とか……。


 ささやかな夢だったのになぁ……。


 …………。



「いや、とんでもなく壮大な夢だよね、それ。少なくともささやか、ではないよ」


 透き通るような声にツッコまれて漣が目を開けると、そこはすべてが真っ白な世界だった。


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