第2話 決戦

「警察だけは止めて……。お願いします」

「でも私、犯罪する人と一緒の地域に住みたくないんで」

「出来心なのよ! 旦那もまともに相手してくれないし、周りのママも私がボスママだから従ってるだけで、ボスじゃなかったらきっと離れるだろうし」


 万引きしようとしたのは本当だったのか。頬が持ち上がるのを堪えて下唇を噛んだ。


「そうですか。あ、もしもし、あのですね。うちのポストにご近所の方が万引きしている写真が入ってまして、念のため調べていただけますか?」

「ちょっと!」

「別に通報しませんって言ってませんよね」


 日菜子ママが私のスマートフォンを奪おうともみ合いをしているうちにパトカーがうちの前で止まった。警察官に日菜子ママの万引きの写真を見せて渡し、彼女は警察官に付き添われながらパトカーに乗せられた。ママたちは家の中から顔を覗かせていた。日菜子ママ派のママは唖然としていて、私の派閥のママたちは小さくガッツポーズを取り合っていた。


 でも日菜子ママはすぐに帰ってきた。初犯で猛省しているから許されたのだろうか。それともスーパーの売上を調べたり防犯カメラを確認したりして、万引きしていないわかったのだろうか。何かテレビ番組でそういうパターンをみたことがある。でも日菜子パパはもう家に帰らなくなったようだ。私がポストに写真を入れる前に、日菜子パパに動画を送ってやったからだろうな。


 万引き事件のあと、日菜子ママの周りには誰もいなくなった。


「日菜子ママがあんな人だとは思わなかった」

「今までのこと、ごめんなさいね。困ったことがあればいつでも言ってね」


 かつてコバンザメのように日菜子ママに引っ付きまわっていたママたちは急に私にすり寄ってくるようになった。どこか怯えの混じった声色になっているのが愉快でたまらない。こいつらも日菜子ママと同じように私たちを都合よく扱ってきたというのに。しかし私は票集めを盤石にするために一旦は好意的に接していた。並行して私派のママを集め、私がボスママになったあとの人事を相談し、準備を進めていた。当然日菜子ママ派は一掃し、日菜とことん追い詰めてやるつもりだった。


 日菜子ママは万引き犯という印象がこびりついたにもかかわらず、ボスママを辞任することはなかった。どれだけ支持率が落ちてもボスママの人が辞任しない限り続けることができるのだ。大統領より権力が強い。しかし、もう消化試合をしているに過ぎない。


 そしてとうとう投票日がやってきた。もはや私が次のボスママになることはほぼ確実だ。

「ママ、いってきまーす」

「はーい、行ってらっしゃい。気を付けてね」


 曲がり角で見えなくなるまで手を振り続ける小二の息子。あと数年たつと反抗期に入って汚い言葉を使うことを考えるといつまでもこの歳のままでいてほしいと思ってしまう。


 家に入ろうとするとポケットの中のスマートフォンが震えた。取り出して確認すると、ママ友のライングループに『画像が一件送信されました』と表示されている。


 開くと、私と日菜子パパがラブホテルから手を繋いで出て来るところが日菜子ママから送られている。

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