第3話 気がついていなかった

 ボーッとする頭を振って、眠い目を擦る。

 なんとか起き出して、事務所を開ける支度を始めた。


 昨日、家に帰ってこれたのは、真夜中。

 馬車に乗せられたあと、以外に早く解放されたのだ。


 馬車に揺られているあいだ、何故か隣に座ったハンスクロークと肩が触れ合わないように必死だった。隊員さんもいたから、四人掛の馬車にどう座っても誰かは隣どうしになってしまう。魔法使いが二人もいると、何かと不便だ。

 ガチガチに固まったまま連れていかれて、ハンスクロークだけが馬車を降りる。


 しばらくすると、ハンスクロークが戻ってきて、馬車の扉が乱暴に開けられた。


「おい! 何を話していた??」

「やだなぁ~。副隊長がすごいって話ですよ」


 ハンスクロークが隊員さんを睨み付ける。


「ふん。マリーベル、出るんだ。ついてこい」


 どうせ、逃げるなと脅されているのだ。本当に危なくなるまでは従うつもりだ。


 その場所は、マリーベルの依頼人の家。こんな遅い時間に訪ねて、大丈夫だったのだろうか?


「私の依頼人を知っていたのね?」

「知っているわけないだろ。二人しか捕まっていないんだ。尾行していたのは、そのどちらかだろ? 片方は家族がいなかった」

 依頼人の女性が、家の入り口で青ざめて待っていた。


「あぁ、黒猫さん。大変なことに巻き込んでしまって、ごめんなさい。あの人が裏取引などしているとは知らなかったの。あぁ~!! 私は、どうしたらいいのかしら?」


「私のことは、気にしないでください」

 オロオロとする依頼人に、マリーベルは優しく微笑む。


 ハンスクロークが、血液が通っているのかと疑いたくなるような冷たい顔をした。

 ズイッと依頼人に顔を向ける。

「今回の依頼について、彼女に伺ってももよろしいでしょうか?」


「えぇ、えぇ、それは、もちろん」

 怯えて肩を震わす依頼人を庇うように、ハンスクロークとの間に入った。


「奥さま。お気持ち、お察しいたします。困ったことがあったら、ぜひ、黒猫魔法探偵事務所に」


「私、黒猫さんに迷惑かけてしまったのに……」


「困ったときはお互い様でしょ。落ち着いてから、後払いで受け付けますわ」


 依頼人は、うっすら口許に笑みを浮かべた。

「ふふふ。黒猫さんったら、しっかりしているのね」


 その後、もう一度馬車に乗せられて、その中で話を聞かれた。マリーベルの知っていることなど、最近不自然に帰りが遅かったことと、飲み屋で男に会っていたことだけだ。


 事務所まで送り届けられらのだが、あまりにあっさり返されて、拍子抜けしてしまったくらいだ。

 マリーベルの疑いよりも、奥さんが共犯者であることを疑っていたと聞いたが、それにしては逃げることを警戒されていた気がする。




 トン、トン、トン。


 お店のドアノッカーが叩かれた。

 気持ちを入れ替えて、扉を開ける。


「…………」


 ハンスクローク……。


 まだ、聞くことがあったのかしら? それとも、まだ、容疑は晴れていなかった?


「昨日は捜査協力、感謝する。今日は別件で依頼があるのだが、入れてくれないのか?」


 青い瞳で覗き込まれる。

 マリーベルと同じくらいしか寝ていないはずなのに、どうして、こう爽やかなのか?


「こちらへどうぞ」

 応接スペースに案内し、お茶を準備した。


「たしか、黒猫魔法探偵事務所では、探偵らしい依頼以外にも、困り事に対応してくれるのだろ?」


 浮気調査や遺失物捜索などが多いが、占いだったり子供のお世話などもしている。


「はい。私にできることであれば、依頼を受け付けます」


「では、俺の依頼は受けてもらえるな。このパーティーに私の同伴者として来てほしいんだ」


 そういうと、籠の中で見た封筒を取り出した。王家の紋章が押されている。


「いや、いや、私には無理です!! 同伴者ってことは、腕を組んで歩くのですよね?? ハンスクロークさんはご存じでしょうが、魔法使いなので」


(貴方も魔法使いだからわかるでしょう!)


「もしかして……。気がついていない??」


「えっ?? 何に??」


「失礼」

 そういうが早いかソファーから立ち上がり、驚いているマリーベルの隣に座った。そのまま手をとり、反対の腕で肩を抱く。


「えっ、えっ、えっ!!」

(そんなに密着したら、気持ち悪くなるんじゃ?)

 

「あ、あれ? あれ? えっ!! えぇ~~!!!」


(気持ち悪くならない……。ま、まさか……)


「気づいていなかったのか……。しかも、驚きすぎだろ?」


 あのときは容疑者になっていると思って焦っていたし、もしかしたら、まだ酔いがあったのかもしれない。


「だって、ハンスクロークさんは、魔法使いですよね? 魔法使い同士の相性って……。それに、昨日はほとんど触れていないですし」

「はぁ~?? 猫の姿のとき、膝に乗っていただろ?」


(………言われてみれば……。猫のあいだ、ずっと抱き抱えられていたわ……)


「んで、できる依頼は受けてくれるんだろ? 困っているときは、お互い様だよな。助けてくれるよな」


 私が、依頼人に言った言葉まで引用して、横から顔を覗き込むようにする。

 心臓がキュッと音を立てるくらい端正な顔で見つめられて、視線をそらす。同伴者としてパーティーに行ってしまったら、そういう仲だと思われてしまうのではないか??


「私と噂になってしまうのは、困るのではありませんか?」


「何を困るんだい? 俺は、なにも困らないさ。さて、パーティー当日と次の日、ドレスを選ばなければならないから、この日。後は、お互いのことを知らないとならないから、この日とこの日。この五日間だ。頼むな。愛しのマリー」


 パーティーだけじゃないのか……。愛称で呼んでいるし。お互いのことを知る必要があるのか……? っていうか、パーティーの次の日まで、必要なのか??


「あの、でも……」


「マリー以外には、俺の同伴者はいないよ。同伴者がいないと、困るんだがな」


 困るのはわかる。でも……。


「さて、明日はドレス選びだ。午前中に迎えに来るよ。それから、俺のことはハンスと呼んでくれ」


 私の予定を勝手に確認し予約をいれると、「今日はゆっくり休むんだ」と言い残し、帰っていってしまった。

 あれだけ触れて大丈夫ということは、ハンスクロークとは普通の恋愛ができるということ。


 久しぶりに感じた人の温もりが肩に残っていた。



「ふふふ」

 これから始まる慌ただしい日常を思うと、自然と笑みがこぼれる。


 たしか魔法使いには、一途に溺愛されるのではなかったか? あのハンスクロークに敵う気がしないのだが……。

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黒猫魔法探偵事務所の浮気調査からの、運命の出会い 翠雨 @suiu11

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