第2話 正体がバレている

 首を掴まれ持ち上げられると、四肢が伸びてされるがままになってしまう。こんなとき、猫そっくりに変身できるのも、どうかと思ってしまう。変身魔法なんだから、猫の習性まで真似なくてもいいと思うのだが。


 恐る恐る薄目を開けると目の前には、焦げ茶の髪で青い瞳の端正な顔が!!


 今まで何度も、女性達にキャアキャア言われているのを見たことがある。しかも、マリーベルの縄張りと彼の仕事場が同じなのか、よく目が合うのだ。


(私の首をつかんでいる彼が、ただの美形ならよかったのだが……)


 若くして警ら隊副隊長にまで上り詰めた、冷酷無情のハンスクローク。彼に目をつけられた犯罪者は逃れられないと噂される。剣の腕も確かな魔法使いで、どんな暴漢でも青ざめるのだと。


(あぁ、この男に捕らえられたらおしまいだ……)


 そのまま狭い籠に入れられ、逃げ出すこともできなくなってしまった。


 慣れないお酒で酔ってしまったのだろう。今さら後悔しても遅い。


 ハンスクロークに抱えられた籠に閉じ込められたまま、警ら隊本部の中まで連れてこられた。そこへ、他の隊員が近づいてきた。

「ハンスクローク副隊長。これ、届いてましたよ」

 横目で見れば、白い封筒のようなものを渡している。

「あぁ、気が重いが、なんとかなるだろう」

 ハンスクロークの視線を感じる。マリーベルは、さらに小さくなって、きつく目を閉じた。

「それ、どうしたんですか?」

「ネズミがいたんでな」

「どう見ても猫ですけどね。あれ? もしかして……。それって……」

 隊員が、籠の中を覗き込んでいるのがわかる。

「まさか、副隊長が捕まえたんですか??」

「あぁ」


「マジですか!! それで、副隊長は、自室で尋問ですか?」


 マリーベルは、籠の中で身を固くする。


「あぁ」

「うわぁ~。黒猫さん、かわいそ~」

 隊員の声に、マリーベルはビクッと震えた。


「お前は部屋の前で見張ってろ」

「マジっすか!? あっちは大変そうで嫌だったんすよ」

 隊員の示す方向には、大声で叫びながら連行されている二人の男の姿があった。


 そのまま、ハンスクロークの自室だという部屋に連れていかれた。部屋の中は、とても綺麗に片付いている。

 中央のテーブルに置いた籠の中から、首を掴まれて引っ張り出された。

 ソファーに座ったハンスクロークの膝にのせられたが、今なら逃げられるのではないかと、視線を巡らせる。


「おっと、逃げるなよ。黒猫魔法探偵事務所、所長のマリーベルだろ。警ら隊に抵抗したら、どうなるか、わかっているよな」


(うわぁ~。正体、バレているじゃない……。この場は大人しくしているしかなさそうね。でも、変身を解くわけにはいかないのよ)


 魔法を使って仕事をすると届け出てはいるが、それにしても正体を見破るのが早すぎではないか?


 抱き抱えられながら、せめてもの抵抗として、目を細くしてハンスクロークを睨み付けた。


「それで、そろそろ説明してくれないかな?」


(今のままじゃあ、元に戻れないのよ!!)


「では、仕方がないか……」


(何をする気よ??)


 ハンスクロークが立ち上がると、瓶の並んだ棚を開ける。その間も抱き抱えられたままなのだが、そろそろ放して欲しい。


「あった、あった」


(まさか……!!)


 ソファーに戻ると瓶を開け、マリーベルの頭の上から垂らす。


(冷た!! これって、変身解除のポーションなんじゃ??)


 ボフン!!


 強制的に変身が解けて、元の姿に戻ってしまった。しかも、ハンスクロークの膝の上。


「ひゃあ!!」

 慌てて飛び降りて、自分の姿に赤面する。


 変身スーツは着ているものの、ポンチョや巻きスカートは脱ぎ捨ててしまったので、身体のラインがはっきりと出てしまっている。


 自分の胸を隠すように身体を掻き抱いて、床にしゃがみこむ。ハンスクロークを恨めしそうに睨むと、真っ赤な顔で視線をさ迷わせていた。


「すまない」

 額に手を当ててから、自分のコートをとって肩に掛けてくれた。


 ハンスクロークが扉の方を向いている間に、コートに袖を通してボタンを止める。ブカブカだが、膝丈のスカートくらいにはなった。


 「ふぅ」っと息をつくと、ハンスクロークは扉を開けて外にいる隊員に呼び掛ける。


「マリーベルの服を回収してきてくれないか?」


 ハンスクロークに場所を聞かれたので説明する。マリーベルが隊員に直接説明した方がわかりやすいと思うのだが、ソファーに座っていなさいと、怒られてしまった。


(私は、容疑者なのかしら??)


 ハンスクロークは、長い足を組んで目の前に座る。


「何故、あの場所にいた?」


 尋問とやらが、始まったらしい。


「仕事です。依頼内容は依頼人の許可がない限り極秘です」


「話さないと、自分の立場が悪くなってもか? もしかしたら探偵事務所を続けられなくなるかもしれないぞ」


 これは、探偵としての意地だ。依頼人が許可を出してくれれば一番だが、もし、容疑が晴れなければ……。この国を出ていくしかないだろう。

 悪いことはしていないわけだし、容疑が晴れるように努力はするけれど。


 呼吸を整えて、ハンスクロークの青い瞳をまっすぐに見据える。

「依頼内容は、お話しできません」

 視線が絡まる。何故か、フワリと微笑まれた。


「高尚なのか、ただ強情なのか。では、質問を変えよう。夕方から、何をしていた?」


 「う~ん」と話していいことを考えてから、

「ビールが有名な飲み屋で、ビールと牛肉のワイン煮込みをいただきました」

「ビールか? イメージではないな」


 確かにあまり飲まないが、何故、知っているのか?


「普段はあまり飲みませんが、仕事の都合で。……少し酔ってしまったようです」

「それで、君は、私に捕まったのか」

「不覚にも」

 酔ってさえいなければ、捕まらなかったかもしれない。


「それでは、もう君は、外で飲んではいけないよ」


 何故、この男に禁止されなければいけないのか。


 その後、脱ぎ捨てた服が届けられ、逃げるなとさんざん脅されたあと、馬車にのせられた。

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