黒猫魔法探偵事務所の浮気調査からの、運命の出会い

翠雨

第1話 浮気ではなかった!!



 ガタン!!


 重たい音を立てて、ビールが並々と注がれたジョッキがテーブルに置かれた。その勢いで、白い泡が飛び出す。

 牛肉のワイン煮込みが、鼻をくすぐる匂いと共に湯気を上げている。


 ビールに口をつけると、ほろ苦さが口に広がった。


 あまり得意ではないお酒を飲んでいるのは、仕事のためだ。


 ワイン煮込みにナイフを入れれば、ホロホロと崩れる。口に含めば、ワインの香りがフワリと香り、柔らかい肉が崩れて旨味が口に広がる。お酒をあまり飲まないマリーベルにも食べやすく、ビールを飲まずに平らげそうになった。


 さすがに、頼んでおいてほとんど飲まずに席を立つわけにはいかない。

 こんなに料理が美味しいお店、仕事関係なしに来たかった。


 ビールをチビチビと飲みながらターゲットに意識を向ける。


 マリーベルの後方に座る、グレーのパンツに黒い上着の男。

 奥さま曰く、最近不自然に帰りが遅いらしい。


 浮気調査だ。


 こんな仕事ばかりしているからだろうか。恋への憧れなど、とうの昔に失くしてしまった。どうせ浮気されるのだ。


 恋に恋する乙女が憧れは、魔法使いと運命的な出逢いを果たし、一途に愛されること。

 魔法使いは身から発する魔力のせいで、相手を選ぶ。相性の合わない相手に触れると、不快感をもたらす。

 自分が好きになった相手が、魔力の合う唯一無二の相手となれば、執着し溺愛するのも頷ける。もちろん、浮気などしない。というより、相性が合う相手を探してまで浮気するなど考えられない。


 かく言うマリーベルも、魔法使いだ。

 魔法使い同士の恋愛など、相性が合うことなどほとんどない。

 魔法使いでない恋人なら見つけられるとは思うのだが、せっかく見つけた相性の合う彼に浮気をされたらと思うと、恋に夢など持てなくなるのも当たり前と言うものだ。


 恋人なんていらない。黒猫魔法探偵事務所の所長として働いているわけだし、っと逸れてしまった気持ちを仕事に戻す。


 背後のターゲットは、男性客とは会話をしたものの、女性の影は見えない。


 ビールにチビッと口をつけると、他の男性客と目があった。

「お嬢さん、一人なら一緒に飲みませんか?」


 紳士的な態度だが、ジトッとした値踏みするような視線が隠せていない。


「君、すっごい美人だね。そんな男、放っておいて、俺と飲もうや」

 他の男が、肩に手を掛けてきた。


 バチッ!!!


 静電気のようなスパークが起こる。

 ここまで魔力が反応するなんて、相当相性が悪かったようだ。普通はジワジワと気持ちが悪くなる程度なのだが。


 マリーベルは、魔法使いの証である紋章を取り出した。


 紋章を目にした途端、顔が険しくなる。

「なんだよ!! 先に言えよ!!」


 言う間もなく触れてきたのは、そっちではないか。


 男は悪態をつき、他のテーブルに向かう。

 理不尽な態度ではあるが、それ以上魔法使いに関わる気はないようだ。


 マリーベルは、ターゲットに意識を戻した。

 ターゲットは、ジョッキをおいて「ふぅ」と息をつく。

 そのまま席を立ち、支払いをして店を出ていった。


 マリーベルも立ち上がると、店員さんにお金を渡す。

「お釣りはとっておいて。美味しかった。また来るわ」

 店員さんの明るい返事を背に受けながら、ターゲットを追って店をでた。


 人の少ない横道に入ったところで、建物と建物の隙間に身を滑り込ませる。急いで羽織っていたポンチョと巻きスカートを脱ぎ捨てると、変身魔法で黒猫に化けた。


 音も立てずに、闇に紛れてターゲットを追う。


 どんどんと人気のないところまで移動して、大きな倉庫の裏に出た。


 こんなところで逢い引き??


 到底、女性と会うとは思えないところで、立ち止まった。


 浮気……じゃ……ない??


 あれ?

 ジョッキ一杯のビールで酔いが回ってしまったのだろうか?

 少し頭がボーッとして……。


 あれ? 会っているのは、男の人??

 懐から、何か取り出して……。


 まさか、裏取引??


 変な容疑とか掛けられたくないし、浮気じゃないならそう報告すればいいかな。

 とにかく、立ち去らないと。


 頭がボーッと……。


「動くな!!」

「しまった!」


 マリーベルが黒猫の姿のまま小さくなっていると、たくさんの足音に周りを囲まれてしまった。

 この町の犯罪を取り締まっている警ら隊。


「動くな!! 捕らえろ!!」

 男二人は、大声でわめきながら連れられていく。


 マリーベルは、目をきつく閉じて、息を殺す。


 このまま見つからなければいい。

 


 無情にも、足音が近くに止まる。




 ガシッと首を掴まれて、持ち上げられた!!

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