第31話 アリスとガルガンディ海岸にて2
「アリス、これを解いてくれ。こんなことされたらちゃんと話せない」
俺はそう言いながらきつく絡みついた蔦を指さす。
アリスは黙っていたが、渋々杖をかざすと体に絡みついた蔦を切った。
そして、俺はアリスに一歩一歩近づいた。
「何ですか?」
アリスは怪訝な顔をした。
「そんなに嫌なら一緒に死ぬか?」
「え?」
「そんなに辛いんだったら一緒にここから飛び降りるか?俺だって元の世界に戻ってもろくに学校には通ってないし、嫌なことはたくさんあるんだ」
「い、いや」
アリスは否定の言葉を口に出したが、その後になかなか言葉は続かなかった。
「私は色々嫌になっただけで、ハジメさんは死ぬ必要ないです」
それはいつもよりか細い声だった。
これはやりすぎだろうか、いや、今取れる選択肢はこれしかないはずだ。
そう思うと、不意にアリスの事を抱きしめた。
「う、うう」
アリスは短い鳴き声みたいな声を出し、腕の中で顔をうずめた。
暗闇が周りを大きく占める中、海岸線沿いの崖の上でしばらくの間ずっとそうしていた。
「ハジメさん、ちょっと長いです」
そう言うとアリスは足早に腕の中から逃げた。
急に恥ずかしくなったらしく少しだけ顔が赤い。
アリスはそのまま俺の横を通りすぎ、立ち止まるとまっすぐスターティアへの帰り道の方向を見た。
「でも、ハジメさんが言いたいことは分かりました」
「ハジメさんのためなら、できるだけ言うことを聞いてあげましょう」
アリスは俺の方を振り返って確認するように言葉を紡ぎ出す。
「ハジメさんがダンジョン攻略をしたいと言うのであれば私もついていきますし、現実世界に戻りたいんだと言うのであれば、私もついていきましょう。できるだけハジメさんの話を全部聞いてあげましょう」
良かった。とりあえずアリスの精神状態は良い方向に転がっているようだ。
説得は無駄じゃなかったのだ。
「ああ、助かるよ。これで今まで通りアリスとダンジョン攻略できるってわけだな。ありがとうな、アリス」
とりあえず最悪の状況から脱したことに安堵した。
「話はまだ終わりではありません。一つ条件を聞いて欲しいのです」
「条件ってなんだ?出来ることならなんでも言ってくれよ」
「これからずっと私の事を守ることです。この世界でも、元の世界に戻れることになっても、ずっとです」
アリスは満面の笑みになる。
「中学生の頃に私を救ってくれたように、もし現実に戻れたとしても私のことを救ってください。私がこうなったのはハジメさんが原因なのでこの責任を取ってください」
その言葉が終わったとき、やけに周りの音が静かに感じた。
現実世界で引きこもりの人間にそんなことが出来るのだろうか。
声を出そうとしてもうまく出なかった。
結果、情けない擦れ声で答える。
「わかった。約束する。お前の事をできるだけ守ってやる」
その言葉を聞くと満足そうに笑みをこぼすアリス。
「それでは約束ですよ。もし、元の世界に戻ったとしても忘れないでくださいね」
そう言うとアリスはスターティアまでの帰り道を鼻歌を歌いながら歩いて行った。
「なあ、アリス。もし、元の世界に戻れる方法があっても、俺多分引きこもりだぞ?常に守ることなんてできるとは思えないんだけど」
「ハジメは学校なんて行かなくていいですよ。でも私ともっと話して欲しいです。好きなゲームの話、今日あった話、今日食べたご飯の話。あっちに帰ったら色々とお話しできるでしょう?好きなことを好きなだけ話しましょうね。毎日電話かけますからね、ハジメ」
アリスは楽しそうだった。何やら束縛が激しそうな気がするが、まあいいだろう。
「ちなみにこの世界では魔法使いとの契約は絶対なので、この約束を破った時には穴という穴から血が噴き出て爆発四散するらしいので注意してください」
「おい、その話は聞いてないぞ!いきなり怖いこと言うなよ!」
そんな冗談なのか嘘なのか分からない事を話しながら俺たちは帰路に就いた。
スターティアの街に入る直前でアリスが周りを注意深く見渡しながら、小声で尋ねてきた。
「そそういえば最後にもう一つ、どうしても聞きたい重要な事があるのですが」
「なんだ?」
アリスは口元を手で押さえながら内緒話をするように目で訴えかけてくる。
「研究室で渡した擬人化スライムの出来はどうでしたか?」
「ああ。あれはすごかったぞ。さすが天才魔法使いだな。いやもうほんとにすごい。お前は天才だよ。あ、もうこんな時間か、じゃあなアリス。ダンジョン攻略までちゃんと休んでおけよ」
俺は早口にまくしたてると、アリスから離れようとする。
「ちょっと待ってくださいハジメ、顔が赤いですが、どうしたんですか?」
アリスは俺の腕を掴んで、首を傾げている。
「うるさい、さっさと帰りたいんだ」
「あ!もしかして、私があげた擬人化スライムでやらしい使い方しましたね?やっぱりそういう使い方をしたんですか?ねぇハジメ!」
「そんな使い方してないし、大丈夫!じゃあな!」
俺は逃げるように自分の宿屋に向かって走った。
後ろからアリスの声が聞こえてきたが無視した。
擬人化スライムの件はともかく、俺はアリスのことを救えてほっとしていた。
今までアリスとはなかなか本音で喋る機会が無かったので、今回の件で少しでも分かり合えた気がする。
アリスもまた、自分の好きなものと周りの人間関係に苦労していたのかもしれない。
俺と同じく自分を理解してくれる人間が周りにいなかったんだ。
ともかく今回の件で目標は固まった。
今はあのダンジョンに行くことしか現実の記憶のヒントはないのだ。
返ってきた記憶の中に現実に戻る方法のヒントは必ずあるはずだ。
あのダンジョンを攻略したとしてもみんなの現実世界に帰る旅は続くだろう。
先が見えない道のりだが、やるしかない。
俺はアリスの為にも、現実に帰るために努力することを決めた。
一時期は惰性でずっとこの世界にいることが出来ればいいなと思っていたが、もはやその選択肢はなかった。
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