第32話 ユウジの葛藤1

 アリスを何とか救えたのをほっとするのも束の間、今度はサキの行方が分からなくなっていた。

 終日、俺たちはサキの行方を捜しているのだが見つけられていない。

 

 自分が原因だと分かっているが、サキも隠しごとをするのは悪いではないか。

 そんなことを考えながら俺はもやもやと考えながら過ごしていた。


 アリスはサキの行方が分からないと伝えると「私は見つかるまでサキさんを探し続けます」と言っていた。

 俺たちも何日か探していたが、たまには休むことも必要だろうとユウジが提案して俺とユウジは共通の趣味である一緒に釣りをしていた。


 スターティアから北東に歩くと存在する、ルアナ湖。

 「さすがにサキはここらへんにはいないよな」

 ユウジが湖を見渡して冗談めかしてぼやく。

 

 なぜこんな時に釣りをするのかと俺はユウジに文句を言いそうになったが、ほどなく意外と釣りは考え事や会話をしながらやるのに最適だということに気がつく。

 俺たちは適当な携帯食と飲み物を携えて並んで座っていた。


「ハジメ、アリスは大丈夫なのか?」

 ユウジにはアリスの件の一部始終を話していた。


「ああ、さっき宿屋の前で会ったんだけど元気そうだった。念のためこれから毎日アリスに会おうと思う」

「ああ、それがいい。アリスは繊細だからな」


「それよりユウジ、お前はどれくらい記憶が戻ってきたんだ?」

「そりゃもうはっきりと戻ってきたぜ」


 ユウジは自慢するかのように、自分の胸を叩く。

「以前なんて全く記憶に興味なかったんだ。けどよ、戻り始めると意外と興味が出てきてな」


 そう前置きをするとユウジは自分の記憶の話をし始めた。


「もう現実の記憶がほとんど戻ってきた。正確には自分が高校生の記憶で、アリスと一緒のクラスで生活してる記憶なんだ」

「そうか、同じクラスだったな」


 俺は自分が引きこもりでゲームをずっとやっているという記憶しか戻ってこない。ユウジの話は現実世界の生活で何が起こっているのか把握するためにも聞いておかなければならない。


「最初は高校に入学したての記憶が戻ってきた。俺たちは何の問題もなく過ごしてたんだ。むしろ、うちのクラスは学校のイベント事とか結構まとまりが良かった方だったと思う」


 ユウジは真剣に釣り糸の先を見据えている。

「なんなら俺はそれを誇らしく感じてた。みんなでイベントとか行事をすることが好きだったから、クラスの団結が深いことは良いことだったと思ったんだ」


「ユウジ、そういうの好きそうだもんな。俺はできないよ」

 ユウジは俺が返した言葉に苦笑する。


「でも、みんな仲良くなり始めた矢先に事件は起きたんだよ」

「なんだよ、事件って?」

 ユウジの顔が一瞬暗くなる。


「発端はくだらないことだった。入学してすぐの体育祭でアリスが転んじまって怪我したんだ。あいつも周りの奴もその時は気にしてなかったし、その場は別に何ともなかったんだ。」


「結果的に体育祭で俺たちの組は2位になった。1位と僅差で負けたんだよ。その結果が発表された後に誰かが余計なこと言ったんだ」

 ユウジは苦虫を潰したような顔をすると、こぶしを握った。


「誰かがアリスのせいで俺らは負けたんだって言い始めたんだ。アリスが転ばなければ、ウチの組は優勝できたのにって」


 なるほどな。内気なアリスはそういった標的にされやすいかもしれない。


「アリスも勘違いされやすい性格だろ?人見知りするし自分の意見は言わない。でも自分の好きなものに関しては譲らない」


 アリスは仲が良くなるまでは長いが、仲が良くなったらどんどん話すタイプだ。

 俺たちはアリスとずっと一緒だから、それに慣れている。

 しかし、前の世界の周りの奴らはどうだろう。

 アリスは初対面の周りとうまく関係性を築けなくても不思議ではない。


「アリスも黙っていればかわいい方だろ。それで男子にもそこそこ人気があったから一部の女子が嫉妬したんだろうな。それで一気に仲間外れにされちゃってな」


 女子が転んじゃって可愛いと言われるか、転びやがってドジなとろい女と思われるかは周りの匙加減だろう。

 アリスはそれまでは前者の対応をされていたかもしれないが、その体育祭を境に後者側になったということかもしれない。


「ハジメは許せないと思わないか?」

「もちろん許せないけど」

「俺は許せない」


 珍しく感情的になっているのか、ユウジは声のトーンが低くなる。


「だから俺はアリスを助けようとした」

「え?」

「アリスが苦しんでいるのは間違ってる。俺らはゲームの仲とは言え中学の頃からの知り合いだろ?そんなの見捨てられねぇよ」


 ユウジはそう断言すると話を続けた。


「アリスはずっとお前のことを尊敬してたんだ。なんなら好きかもしれない。だから一緒の高校に行けたことを誰よりも喜んでた。だけどハジメは引きこもって学校に来ないし助けてくれない。だったら、俺がアリスを助けるしかない。そう思ったんだ」


 そのユウジの言葉が胸にチクリと刺さった。


「でも女子の反応はおかしかった。俺がアリスを庇う言動をした後に狂いはじめた」

「狂ったってどういうことだよ」

「そこからアリスのいじめはもっとエスカレートしたんだ。俺が悪いんだ。仲が良いとか、団結が大事とか思って、中途半端に助けようって思ったらこんな結果になっちまった。だからアリスが元の世界に戻りたくないって気持ちが痛いほど分かる」


 ユウジはアリスを庇おうとしたが、その行動自体が女子の反感を買ったのかもしれない。

 ユウジみたいな正義感があり、気が使える奴がアリスの味方をしたことが女子にとっては悪い影響しか与えなかったのだろう。


 ユウジとアリスがどういう関係なのか、という噂話が広まる可能性だってある。そうなるとアリスにまた嫉妬が集まる。

 もし、自分がいたら助けになったかもしれない。

 そう思うと胸が締め付けられた。

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