第30話 アリスとガルガンディ海岸にて1
「どこにいるんだよ、アリス!」
俺は日が暮れかかっているスターティアの街中を駆け回っていた。
街のいたるところを探したが、アリスの姿はどこにもない。
街中にはいないということは、まさか外に出たのか?
おいおい、今の時刻から郊外を捜索したら夜になっちゃうぞ。
いやいや、暗くなったからどうしたんだ。アリスがいなくなってんだぞ。
今から郊外に出て探すべきだろ。
しかし、街の外に出ると捜索範囲が広すぎる。
ある程度の目星は付けないといけない。
考えろ。そもそも、どうしてアリスはこのタイミングでいなくなった?
昨日のダンジョン攻略が何か影響しているのか?
以前、一人で隠しダンジョンに行って魔法石を壊した後、ユウジとアリスに記憶が戻っていたことを思い出した。
もしかしてアリスは新しい記憶が戻ってきて、それに影響されて悩んでいるかもしれない。
考えろ。悩んでいるアリスが行きそうな郊外の場所。
もしかしてあそこかもしれない。
俺は一か所に目星を付けると付けるとその場所に急いで向かった。
街から南西に行くとガルガンディ海岸という海岸線沿いに崖がある。
以前サキと夕日を見たスポットの近くだ。
俺は最初、砂浜の方に来たがそこには見当たらず、途方に暮れていた。
しかし、その近くの崖の上にアリスはいた。
崖近くでは波が打ち付けられ、水しぶきが舞っていた。
海岸沿いの崖はところどころ断崖絶壁になっており、高さが数十メートルに及ぶところもある。
探すのに手間取ってしまい、とっくに夕暮れの時間を過ぎてしまった。
この海岸沿いは夕日の時間は綺麗なのだが、日が落ちると暗くて寂しい風景になる。
アリスは崖の上でそこから打ち付けられる波を覗き込んでいた。
まさか、飛び降りる気じゃないだろうな。
もし、ここから飛び降りたら命の保証はない。
そんなアリスから目を離さず、注意深く後ろから近づいた。
「アリス」
俺が呼び掛けるとアリスはゆっくりと振り返り、安堵した表情になった。
「こんなところで突っ立ったままどうしたんだよ」
アリスの体は微かに震えている。
「ハジメさん、私は元の世界に帰りたくないんです」
その声は悲壮感にあふれ、声も消え入りそうだった。
「アリス、何かあったのか?」
「過去の記憶が戻ってきたんです。今まで見てきたのは夢じゃなくて本当の記憶だったんです」
アリスは体を震わせると上擦った声で言葉を吐きだす。
やはり、あのダンジョンで魔法石を壊した影響でアリスの記憶が戻ってきているようだ。
しかも、どうやら戻ってきたのは良い記憶ではなかったらしい。
「アリス、落ち着け」
いつものアリスは内気だが決してネガティブではない。
そんなアリスからこのような言葉が出てくるのは珍しかった。
「もうちょっと具体的に喋ってくれないか?一体あっちの世界で何があったんだよ」
「私を理解してくれる人はあの世界にはいないんですよ。お父さんだってお母さんだって友達だって。私はそのことに耐えられないんです。だから、あの世界に戻りたくないんです」
アリスは悲痛な顔で言葉を吐きだした。
「きっと私だけなんです。どうせみなさんは現実世界でうまくやってるに決まってます。私だけ一人で私だけ仲間外れ」
「アリスはいつもみんなと楽しく一緒にやってきたじゃないか。これからもそうだろう?」
「いいえ、違います。私と皆さんの違いは見てれば分かりますよ。ハジメさんとサキさんはいつもイチャイチャしてるし、ユウジさんはいつも笑ってて楽しそうじゃないですか。私はずっと陰で魔法とか研究だけやってる理解されない変な子なんです」
潤んだ瞳が長い前髪から少しだけ見える。
「それは深く考えすぎだと思うぞ、アリス」
「私が擬人化スライムを作ってる時だって、ハジメさんは私に引いてましたよね。私は気づいてましたよ」
「あれは引いてると言うか、個性的な趣味を持ってるなと思っただけだ」
「でも、擬人化スライムを見て私がにやけてたのを引いてましたよね?」
「ちょっとアリスの笑顔が怖いなとは思ったけど」
「ほら、やっぱりそうでしょう!」
しまった、正直に言ってしまった。
アリスは繊細で打たれ弱いのだ。
下手に刺激しても何をしでかすか分からないので丁寧に接しないと。
「アリス、俺たちは今この世界で生きてるんだ、元の世界で何かがあったとしても今すぐ戻るわけでもないんだし、こんなことする必要はないんじゃないか?」
そう言いつつ、一歩ずつアリスに近づいた。
なんとかしてアリスを崖から移動させたかった。
「来ないでください。思っても無い言葉で私の気を引こうとしても無駄です」
一歩近づくごとにアリスは崖の端まで一歩一歩と近づいていく。
ただ、ここまでの会話で分かったことだが、アリスは本気で飛び降りようとはしてないはずだ。
多分俺が理解さえしてあげられれば、話をちゃんと聞いてあげれば解決するはずだ。
しかし、このままでは埒が明かない。何かアリスを説得する材料が欲しかった。
「今日のところは帰らないか?また話を聞くから」
「私の気持ちが分からないんだったら、黙ってください。ドリアード、汝が霊力を分け与えたまえ、デッドロック」
アリスは静かに呪文を唱えると地面から蔦が伸びてきて俺の体を補足した。
体は蔦でかなりきつく縛られ、そこから俺は一歩も動けなくなってしまった。
「悪いですが、私は本気です。これ以上無意味なことを言ったらハジメさんでも容赦しません」
そう断言するとアリスはそっぽを向いてしまった。
こうなったら腰を据えて根本的な解決を図るしかない。
「アリス、話してくれ。お前、研究室で言ってたじゃないか。どうにか高校生になれましたって」
「その時の記憶ではそうでした。でもそれは最初だけだったんです」
「最初だけ?」
何があったのだろうか。
「もういいんです、私は最初からああいう場所には向いてないんです。だから中学校の時もあまり友達はいなくて、高校生になって変わろうとしても変われなかったんです」
アリスはこの世界では自分の好きな魔法や研究を突き詰めている面白い奴だと思っていたが、元の世界では普通の女の子だったのかもしれない。
「私は現実に戻っても不幸なままなんです」
「でもお前は現実の世界へ戻りたいって言ってたじゃないか」
「みなさんは戻ればいいでしょう、私は戻りたくないです。ハジメさんは学校に来ないし、私は一人ぼっち。誰も助けてくれなくて、誰も周りに理解してくれる人はいないんです」
アリスにも俺が不登校気味の記憶は戻っているのか。
もしかして、俺は現実世界でアリスからの助けを拒んだのではないか?
相談事があると言われたあの時、アリスが助けてほしいと言ったときに見捨てたんじゃないか?
そう考えると過去の自分を殴りたい気分になってきた。
なにかアリスを救える一言が欲しかった。
そのときアリスと研究室にいた時の言葉が頭をよぎった。
『好きなものを好きと言える、そんな人と一緒が良いんです』
アリスが求めているのはこれかもしれない。
「理解されない一人ぼっちでも、それが二人だったら、何とか生きていけるんじゃないか」
アリスは俺の言葉に反応したように振り返る。
「お前が周りから理解されなくても、分かってる奴同士で生きていけばいい。俺だって周りから理解されてないだろうし、アリスと俺は似た者同士だ」
気休めにしかならないことは分かっている。
しかし、何とかしないとアリスが悪い方向にしか進まない。
前の世界でした失敗を繰り返したくない。
その言葉を聞いた一瞬、アリスは心を打たれたような気がした。
「そ、そんなの、ずっと引きこもって、自分の世界にいて、都合の良いものだけを見ていたハジメさんには私の気持ち分からないでしょう!」
アリスのその言葉にこぶしを握った。それは全くの正論だった。
だけど、俺はアリスの気持ちが分かるんだ。誰も自分の周りに味方がいない恐怖を味わっている。
確かに俺は嫌なことから、現実から逃げただけの人間かもしれない。
だけどその痛みには共感できる。
もし誰かを助けるなら、自分と同じ痛みを知っている人間を助けたいんだ。
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