第29話 サキの告白2


 サキは俺の問いかけに今までと同じ返事をする。


「私は何回も言ってるけど、あんたたちとは違う世界の住人だから、同じ世界の記憶は無いのよ」

「それは嘘だ」

 サキにかぶせるように俺は断言する。


「何かそう言い切れる証拠はあるの?」

「ユウジは中学生の頃、サキも含めた4人でゲームをやっていたと言ってる。しかもこの世界と全く同じ内容のゲームだ」

「それはユウジの思い違いじゃない?きっと現実と夢の世界がごっちゃになってるのよ」


「この前、ユウジが隠しダンジョンで言ってたことを覚えているか?『記憶は無いって言っても俺たち同士で、何となく会話は成立するじゃねーか』って」

「それがどうかしたの?なんの証拠にもならないと思うけど」

「そもそも考えてみれば分かるんだよ。なぜ俺たちはこの世界に居ながら前の世界の言葉が通じるんだ?『中学生』とか『ゲーム』とかそういう言葉や概念が通じるのは同じ世界から転移してきた証拠なんじゃないか?」


 サキとみんなが一緒の世界から転移してきたのではないかと考える理由はこれだ。  

 なぜ俺たちは元の世界の単語を覚えていて会話できてるんだ?


「そんなの知らないわよ」

 サキは俺の言葉にいつも通り冷たく言い放つ。


「それにこの前、教会の前でアルフォンソと話していて気付いたんだ。この世界では『アイドル』って言葉の概念が無いだろう。この言葉はアルフォンソに通じなかったんだ」


「この世界の住人には通じない言葉や概念が確かに存在するように思える。でもお前には『アイドル』って言葉が通じるだろ?これが俺とお前が同じ世界で、同じ国の出身だという証拠じゃないか?」


 俺の持論をサキは黙って聞いていたが、やがて唇を噛み始めた。


「なるほどね、あんたはいつもしょうもないことしか言わないのに今回はちょっと考えてるみたいね」


「あとはお前の名前だな、サキという名前の住人はこの世界では珍しい。この世界には全くいないとは言えないが、サキという名前は日本人の名前に聞こえる。そしてこれは俺たちの名前にも言えることだ」


 サキの反応を見ながら俺は証拠を説明した。


「どうなんだサキ。ここまで証拠が出そろって、まだ俺たちとは全く無関係だっていうのか?」


 サキはしばらく考え込んでいたが、深いため息をつくと決心したように俺の眼をまっすぐ見た。


「ハジメ、今から本当のことを言うからちゃんと聞いてほしい」

「おう、何だよ?」

「私、実はこの世界を作った女神なの」


 サキが突然そう言うと、俺は鼻で笑ってしまった。


「何だよ、またその話かよ。俺はもっと真剣に話したいんだよ。冗談ならあとにしてくれ」

「黙って聞いて。私は目の前に不幸な人間がいたとしたら救い出したいと思う人間なの。この意味が分かる?」

「意味が分からない。お前は何を言ってるんだ?」

「私にはその能力があった。だからその能力を使ってこの世界が出来ている。あんたは私の言うことを聞いていればずっと幸せになれる」


 サキは真剣に喋っているようだが、抽象的すぎていまいち言葉の意味が理解できなかった。


「私の作ったこの世界で一生ずっと一緒に生きていきましょう。もうダンジョンの攻略なんてやめてね。元の世界の記憶を取り戻すなんて馬鹿なことはやめましょうよ。そもそも過去の記憶なんて掘り返して何になるの?」


 サキは段々と半ば懇願するように諭し始めた。


「それは無理なお願いだな。もう俺は元の世界に興味を持ち始めてる。ユウジやアリスも元の世界に戻りたいって言ってる。この前ダンジョンの中でその話をしただろ?」


 サキはその言葉を聞くと、苛立ちを隠すように腕を組んだ。


「世の中には知らなくても良いことがあると思わない?」

「それは場合によると思うけど、今の話と何の関係があるんだよ?」

「あなたたちが前の世界の記憶を取り戻しても、良いことは起きないってことよ。これは断言できるわ」

「それでも俺は知りたいんだ、前の世界で俺たちが何をしたのか」

「誰かが傷ついたとしても?取り返しのつかないことになってもそう言えるの?」

「それでも俺は前の世界の事を知りたいと思ってる」


 サキも苛立っているが俺も苛立っていた。

 話せば話すほど俺はサキの話を以前のように素直に聞けなくなっていることに気づく。

 なぜこんなにもサキの言葉に反感を持っているんだ?

 そう考えているとある理由に俺は思い当たった。


 ああ、分かった。

 サキの言動は記憶の中の嫌いな人たちの言動と似ているんだ。

 それは過去の記憶を見ることによって分かった。

 あの人たちもこう言ってたじゃないか。


『そんなことばかりして何になるんだ』

『お前は俺の言うことを聞けばいいんだ』


 サキは悪くないかもしれない。

 でも記憶の中の嫌な人たちと一緒の事を言うサキは嫌いなんだ。

 それが決定的な理由になっていた。

 他の人間の事を考えない、自分勝手な言動に見えてくる。

 そして、俺はついにそれを言葉にしてしまった。


「なあサキ、今のお前は好きになれない。むしろ嫌いだ」


 サキは俺の言葉に驚くと表情がこわばった。

 しばらくして意味が理解できたのか、じっと俺の顔を見ると表情が消えやがて目を潤ませた。


「じょ、冗談でしょ?」


 しかし、既に心は決まっているんだ。

 この世界に転移したあの日からずっと心の中でわだかまりがあるんだ。

 何も記憶を持たずにこの世界に来た自分は何者なんだろう、と。

 なんでも完璧にこの世界でこなしているサキは何者なんだよ、と。

 そして今はそのわだかまりに加えてお前の言葉があの人たちと重なって聞こえる。


 サキは沈んだ眼をして、明らかに動揺した声で話し始めた。


 「わ、私はあの世界が嫌い。ずっとこの世界で生きていけばいいと思ってる。そんなに元の世界がいいの?私には分からない。こんな酷い事言ってまで何がしたいの?」

「それでも俺は、元の世界に帰ってみたいよ。それに元の世界でもサキと会えるかもしれないじゃないか」


 そう告げるとサキはテーブルにうつ伏せて静かにまた泣いた。


「わ、私はあの世界に戻って、も」


 サキが嗚咽交じりに言葉を口にしようとしたとき宿屋の扉が勢いよく開かれた。

 朝っぱらからどんな不届き者だろうかと振り返ると、その扉を開けた人物はユウジだった。

 談笑をしたり軽食を食べている客の中から見渡し、俺たちを見つけ出すと足早に近づいてくる。


「おい、お前らここにいたのか」

「ユウジ、そんな急いでどうしたんだよ」

 俺は突然焦ったように現れたユウジに驚いていた。


「どうしたもこうしたもないんだ」

 ユウジは息が上がっていた。


「アリスがどこにもいない、一緒に探してくれねぇか」


 そうまくしたてるとユウジは息を整えた。

 アリスがいなくなった?どうして?

 俺はその一言に立ち上がり、宿屋をすぐさま出ようとした。

 ふと後ろを振り返るとユウジがサキのことを見ていた。


「おい、サキも魔法を使ってアリスを探して欲しい。ていうかお前なんで泣いてるんだ?」


 ユウジが泣いているサキを見ると困惑した表情になる。

 サキが俯いたまま黙っていたので耳打ちをした。


「ユウジ、サキはちょっと体調悪いから俺たちだけでとりあえず探そう」

「そうなのか、悪い」


 ユウジはその言葉を疑いもせず、一回頷くと宿屋から出ていった。

 少し迷ったがサキをその場に残し、宿屋を出ると外で待っていたユウジと捜索の確認をした。


「俺は結構探したんだが、もう一回酒場の方に行こうと思う」

 ユウジが焦りながら話す。

「じゃあこっちは訓練所に行ってみる」


 俺たちはアリスを探すべくそれぞれスターティアの街へと散った。


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