第7話 酒場での4人の会話2

「やっぱり、サキさんとハジメさんはそういう仲だったんですか?」

 アリスは静かに圧をかけるように問いかけた。


「ちょっと待ってくれアリス。最近俺とサキはよく一緒にいるけど、それには大きな理由があるんだよ」

「一体どういう理由なんでしょうか」 

「言ってなかったけど俺は転移前の記憶を取り戻したいんだ。そのためにサキと一緒に行動してたんだよ」


「転移前の記憶、ですか?」

「ほら、最近ギルドでも絡まれるだろ。あれもあるし、何となく前の世界がどんな風なのか気になってな。サキだったら前の世界に居た時の記憶を取り戻せるかもしれないなって思って頼んでたんだよ」


 俺は宥めるようにアリスに説明する。


「ハジメが深刻そうな顔してるからさ、手伝ってやってんのよ。『記憶が無いと居心地が悪い』とか言っててさ」

 サキが全く似てない誇張された俺の真似をして茶化した。


「でも、そんな簡単に記憶って取り戻せんのかよ。そんな魔法聞いたことねーぞ」

 ユウジが酒をあおりながら聞く。


「まあ難しいわね。私がいくら女神と言っても記憶を取り戻す魔法なんて知らないし」


 それを聞くと、なにやら考え込んでいたユウジがいきなり、きょろきょろとあたりを見渡した。


「ユウジ、どうした?」

「いや、そういえばこのオールドアロウって、俺たちが一番最初に出会ったところだよなって思って」


「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」


 俺とユウジ、アリスはこの騒々しい酒場オールドアロウで出会った。

 気が付いたら全く見知らぬこの酒場に座っており、目の前にドワーフがいた。


『ようこそ皆様方、アイディールワールドへ』

 そのドワーフの言葉は今も忘れていない。

 俺たちはそこで初めて、アイディールワールドという名のゲーム世界に転移したのだと理解した。


「思ったんだが、俺たちがこの世界に来た時からサキはいたのか?」

「んー、私も気づいたら天界で女神やってたわね、あいにく私も前の世界の記憶がないのよ」


 サキはいきなり話を振られてにべもなく言う。

 確かにあのときあの場に居たのは俺とアリスとユウジだけだった。


「お前の女神って自称じゃないのか?あの変な宗教のやつらが勝手にそう言ってるだけかと思ってた」


 俺はサキの話に驚いた。


「自称じゃないわよ、さすがにその発言は私と私の信者に失礼だわ。私はれっきとした女神なんです」


 サキが俺のぼやきを聞いて睨んできた。


「ずっと天界から見てたんだけど、あんたたちを見て、面白そうなパーティがいたから天界から降りてきたのよね」


 サキは当時の事を懐かしむように言葉を口に出す。


「それで俺たちのパーティに女神さまが加わったってわけか」


 サキは教会であんなふざけたことやってて知らなかったが、真面目に女神だったらしい。


「今は教会で広報活動をやらせてもらってますけどね」


 持ち前の艶のある白い髪を振り上げて自嘲気味に笑う。

 その見てくれで信者を何人も狂わせてきたのだろう。


「広報活動ってお前な、アイドルの真似事やって信者どもから金巻きあげるのもほどほどにしろよ。顔が良いだけでやってること最悪だぞ」

「あー聞こえない聞こえない。でもなぜか、こんな私の事をみんなが応援してくれるのよね。なんでだろう?」


 目をぱちくりさせながら手で顔を覆う。この女神、良い性格をしている。

 中身のない会話に熱中して気づかなかったが、隣を見るとアリスはテーブルでぐったり眠っていた。


「おい、大丈夫かアリス」


 会話を中断すると俺はアリスを軽くゆすってやる。完全に寝ているのか分からないが「うひひ・・・仲が良すぎるので天罰です・・・エクレール・・・」と寝言が返ってきた。


 魔法使いは寝言でも詠唱するらしい。そんなアリスを見て俺たちは顔を見合わせ苦笑した。


 時間があっという間に過ぎ、そろそろお開きの雰囲気になりかけた時。

 左腕の端を何かにつつかれた。何だろうと視線を巡らすとそこには子供の姿があって紙とペンを差し出してきた。


「おにいちゃん、魔女を倒したパーティでしょ?」

「おう、そうだぞ」

「じゃあね、ここにサインして!」

「もちろん」

 少年から紙とペンを受け取ると笑顔で適当にサインしてやる。


 この世に魔物をもたらした災厄の魔女を討伐した当初は、どこに行っても老若男女関わらず、声を掛けられた。


 一時期に比べるとこういった行動はだいぶ落ち着き始めた。

 昔は気分よくそれに応じていたが、今は逆に恥ずかしさや後ろめたい気持ちが勝っている。


 それは尊敬されるほどの人間じゃない、という気持ちと今は昔ほど立派なことをしてない、という気持ちが強いからだ。

 特に俺は最近張り合いの無い怠惰な毎日に流されており、あのときと比べると充実感が無くなっているのだと、はっきりと自覚するようになっていた。

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